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ライフワークとしての音楽を考えていきます

心を焦がすような憧れと飢えからうまれる情熱が人の心を動かす

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小林研一郎さん(1940~)のチャイコフスキーに恋していました。
小林さんが振るとなれば、行けるところは可能な限り馳せ参じた思い出があります。
 
命をかけたような指揮に、日本のオーケストラが目の色を変えてついていく。海外のオーケストラに匹敵する、いや、それ以上の内容の音楽を聴くことができるのです。その白熱した演奏に感極まり涙が止まらなかったことも多くありました。
 
2011年11月24日日本経済新聞「心の玉手箱」に小林さんの音楽の原点が語られていました。

     ・・・・・(以下引用)・・・・・
 
小学4年生のときラジオから流れてきたベートーヴェンの交響曲第9番で僕の人生が決まった。
(中略)
音楽にばかり没頭しているものだから勉強はおろそかになる。体育教師の父はその様子をみて怒り、僕が書いた楽譜を破り捨てた。作曲家になるという夢を許してはくれなかった。だが中学に入って、「週に一回聴くのならいい」という条件付で、トスカニーニ指揮の「第九」のSPレコードを買ってくれた。夜中3時ごろに起きては蓄音機でこっそり聴いた。家族を起こさないよう、竹の針をそっと盤に落とす。窓から差し込む街頭の光で、付録の楽譜を見ながら音楽を学んだ。
 
     ・・・・・(以上引用)・・・・・

小林さんの心を焦がすような音楽への憧れと飢え。この情景からひしひしと伝わってきます。現代のように、どんな音楽でも手に入る世の中ではなく、レコードの音質も良くなかったことだと思います。
しかし、そんなことは小林さんには関係ないことだったのですね。
 
本日は、小林さんの指揮、読売日本交響楽団の演奏でチャイコフスキー作曲、交響曲第五番より第4楽章を聴いていただきます。
 
小林さんの気合とともに、オーケストラが万感の思いを込めて演奏し始めます。なんという分厚く温かい響き。熱き血潮が流れる音色。聴きながら目を閉じると、ロシアの地平線の向こうまで永遠に続く雄大な平原が見えてきます。
0:32からのハーモニーへの感受性の素晴らしさ。どんな変化にも意味があるのです。2:07からの金管楽器の伸びのある強奏で、これから始まる激しさを予感し髪が逆立ちそうになります。3:06からの阿修羅のようなティンパニー(太鼓の一種)も単なるこけおどしではなく精神的な強さを感じさせ、なだれ込むように音楽に一気に引きずり込まれます。そして4:07に出てくる木管楽器の何とさわやかですがすがしいことか。心が躍ってしかたがありません。5:38からの管楽器と弦の会話の愉しさ。8:32からチャイコフスキー独特の大袈裟な絶望感を、命がけの大芝居で期待以上に表現してくれる。そして8:44からはクライマックスに向かっていく聴きどころ。ノッているときの小林さんがタキシードの裾を跳ね上げる動作が目に浮かぶようです。そして第4楽章最終楽章、9:07から、とうとう最後の幕が上がります。
一瞬の間合い。9:22小林さんの気合が聴こえます。9:23からは自由と勝利の行進曲。美しいとか、綺麗とかそういうものを乗り越えた魂の歓喜。叫び。メロディに熱い「歌」があり、心が震え、揺さぶられて仕方がないのです。11:01からの最後の追い込みの凄まじさ。さらにアクセルを踏み込み、まったく手綱がゆるまずブレがない。11:31からは、さらに厳しく引き締まった演奏で終わりを告げます。
聴衆の雄叫びが、その白熱ぶりをよく伝えてくれています。しかし、オーケストラもよくついていったものだと思います。

世界に誇る世紀の名演奏です。
 
 
小林さんは、舞台に出て指揮する前は、指揮台から降りて必ずオーケストラに一礼します。それは小林さんのオーケストラに対する感謝と尊敬と、そして祈りなのだと私は思います。

小林さんの素晴らしさはライブでこそ感じられます。ぜひコンサートホールに一度足を運んでみてください。
 
それではチャイコフスキー第五より第4楽章。どうぞお聴きください。

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