内なるものの声に耳をすます
文章に想いを込め書き綴る。
しかし、想いを込めるあまり、さまざまな感情やイメージにがんじがらめになり、一歩も進めなくなるときがあります。
そんなときふと思い出す音楽家がいます。
ラドゥ・ルプーです。
ルプーは1945年生まれルーマニア出身のピアニスト。
「千人に一人のリリシスト」とも呼ばれ、繊細で叙情的な演奏が特徴です。
私がルプーから感じるのは、深い内面との対話。
楽譜から受けるインスピレーションにより、自己の無意識の領域まで踏み込んだ音楽を表現する演奏家なのだと思います。
無意識とは意識できない領域。
人が感じたくてもなかなか感じることさえできないような境地です。
2010年のリサイタルが急病のためキャンセルになってしまいましたので、私がルプーを聴いたのは、2001年に来日したときが最後だったように思います。
まだまだ音楽について不勉強だった私でも、そのときのシューベルト作曲ピアノソナタの印象は、いまだに記憶に残っています。
内なるものの声に導かれ、すべてを弱音主体で進めている。しかし、自分を追い込み、あまりにもたくさんのものを感じすぎてしまって何も表現できない状態。
少しでも動かそうものならまったく違うものになってしまう。そんなギリギリの精神状態が伝わってくるようでした。
そこまでしなくても、と痛々しい気持ちになって聴いていました。
幻のピアニストと言われて、もう何年もたってしまいました。
今の自分なら、もう少しルプーの音楽を味わえるかもしれないと思えます。
その想いが深ければ深いほど、言葉は少なくなります。
心はたくさんの物をかかえきれないほど持っているのに、書くことがなくなってしまいそうに思えることさえあります。
消え入りそうな音に耳をすまし、すくいあげ、聴こえてくる真実を紡ぎだしていきたい。
いつかそんな音楽をしてみたい、そんな文を書いてみたい。
見果てぬ夢を追い続けています。