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ライフワークとしての学びを考えます。

良きものは無意識の領域に存在する

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私は、ここ一番という日を迎える人に対してむやみに「頑張って」と言わないようにしています。
 
ベストな結果を出して欲しい気持ちは十分あるのですが、理由があります。
 
ピアノの生徒が、コンクールや試験の前日にレッスンに訪れたとき、最後に「じゃあ頑張ってね」と言うと、ものすごく良く仕上がっているのに、なぜか大抵実力が発揮できないということが多かったのです。
もちろん、「頑張って」と言われたほうが良い人もいるかもしれませんね。
 
信頼している人から「頑張って」と言われると、無意識に力が入ってしまうようです。
だからと言って、「リラックスしようね」と言うのも難しいのです。「リラックスか。力が入っているのかな?」とこれも意識してしまい、かえって硬くなってしまう。
 
このようなとき、どのように振る舞い、どのような言葉をかけるか。力量がいることなのではないかと思います。
 
さりげなく送り出しているようで、扉を閉めたあとでも祈るような気持ちでいる自分がいます。しばらく玄関から立ち去れないでいるのです。
 
あるフルーティストと共演したときのこと。大事な本番前でした。ソデで出番を待っているときその人が、「差し入れのケーキ美味しかったね。」とつぶやいたのです。二人の間に「うん、いける」、というような、何故かそんな空気が流れた瞬間を感じました。今思えば、無意識の領域で何かが起こったのかもしれませんね。
 
意識しているところで何かしようとしても、どうにもならない領域があるのです。
 
例えば、リハーサルで何かの間違いで上手く行ってしまう。普通なら「今日は調子がよい」と思いがちなのですが、かえって怖くなります。
体力があるなしに関係なく、「良きもの」は一日に二回も三回も降りてこないからです。これも無意識の領域で行われていることなのではないかと考えます。
 
最後の最後、頑張っても、無理矢理つかまえに行こうとすればするほど、やってこないものがあります。
 
無意識の領域とはなんと奥深く、興味が尽きないものだろうかと思わずにはいられません。

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