「嘔吐するように!」「脳が飛び出すように!」 光り輝く個性
キューバという国のイメージは、ラテンアメリカの共和制国家、社会主義政権、キューバ革命、チェ・ゲバラ、カストロ・・・。
音楽でいうと、他の追随を一切許さないキューバのジャズ。
アフリカ的なリズム、ソ連との繋がりによるクラシック的な技術体系が反映されたハイレベルな究極のピアノ、チューチョ・バルデース。ブルーノートで行われた来日公演の熱狂と興奮は一生忘れません。
もう一つは、私の中で圧倒的に聳え立つクラッシック・ピアニスト、ホルヘ・ボレット(1914~1990)。
ボレットは、キューバ出身のピアニスト。これだけの素晴らしさを持ちながら、何ということかピアニストとして認められるようになったのはやっと56歳を過ぎた頃からなのです。残された録音の魂をゆさぶるような心に響く音・・・。こんなピアニストはきっと今後出ることはないでしょう。
キューバはぜひ行ってみたい国、と思っていたら、NHKBSプレミアム「アメージングボイス驚異の歌声」にてキューバのソプラノ歌手、バルバラ・ジャネスさんが紹介されていました。
驚かされたのは、全くキューバでのみ学んだその個性あふれる極上の歌声。並みのクラッシック歌手など及びもしない、パワフルで情熱的な声は、チャーミングな容姿とともに私の心を一気にわしづかみにしてしまいました。
パーソナリティ役で歌手の、藤井フミヤさんと元ちとせさんが「私たちはマイクを使うから、口元でいろいろ操作できるけれど、クラッシックの人はマイクを使わないのがすごい。もともとある才能と努力で身につけた技術があわさっているからこそなんだね」とその声を絶賛していました。
キューバの音楽学校で教鞭をとるバルバラさんは、声楽の生徒に「嘔吐するように!」「脳が飛び出すように!」と、美しく豊かな黒髪を振り乱してレッスンを行っていました。この激しさ。情熱。今の音楽指導者に欠けているものを見た思いがしました。
特に印象的だったのは、バルバラさんが生まれ故郷で仲間たちと、自然にセッションを始めた場面。
パーカッションは、明らかにキューバ音楽のリズム。そこに何とバルバラさんは、シューベルトの「アヴェマリア」を歌い始めました。
最初は戸惑いの表情だったパーカッションの人たちも、バルバラさんの「本物」の声に共鳴し、自然に彼女に寄り添うように音をつむぎ始めます。
なんという自然な融合。そして柔軟さでしょう。シューベルトがキューバという味付けでこの世に蘇ったかのように感じました。これこそ唯一無二の個性です。
バルバラさんは、キューバの音楽をもっと子供たちに知ってもらいたい、伝えたいという想いからキューバの音楽を使ったミュージカルの公演を行っていました。
音楽も歌もバルバラさんが担当。2年間かけて準備したものです。
やはり本物の歌声は圧倒的な説得力を持っていて、子供たちは目をキラキラと輝かせながら夢中になって聴き入っていました。
彼女の声と音楽性は、基本はクラッシックの発声ですが、クラッシックだけ学んでいたのでは絶対に出せない個性を持っています。キューバだからこそ出せた音色なのではないかと思うのです。
今、世界は急速に融合しています。
例えば、あるヨーロッパの名門オーケストラは、イギリス人の指揮者に日本人のコンサートマスター。彼の音楽は日本的ではなくインターナショナルです。他の楽員も外国人が増えています。オーケストラの特徴に合わせられる人たちが集まっているに違いないはずなのですが、伝統的な個性あふれる音色が希薄になっていくように感じています。
グローバル化とは一体何なのか?
もちろん良いこともあります。
しかし、芸術にとっての一律化とは良いことなのか何なのか。
考えさせられました。