空前絶後の瞬間は苦しみの後にやってくる
小澤征爾さんは、療養のためしばらく休養をとっていましたが、12月14日、15日、18日、ニューヨークのカーネギーホールで、サイトウ・キネン・オーケストラを率いて、本格的な復帰コンサートが行われました。
28日夕方のNHKニュースに、小澤征爾さんのインタビューが放映されていました。
小澤さんは療養中に筋力が衰えてしまい、45分もかかるブラームスの交響曲第一番の最後、第4楽章で腕が思うように動かなくなっていました。
オーケストラは指揮を見るので、演奏がだんだん遅くなってしまいます。
リハーサルで、小澤さんは「指揮を見ないでもいい」「ぴったり合わなくてもいいんだ。合ってないほうが綺麗じゃないか?」と、正確なリズムやテンポで全体の調和を厳しく求めてきた今までのスタイルとは正反対のことを団員に求めていました。
しかしカーネギーホールでの演奏は大成功。
「(団員の)皆がすごかった。ボクが指揮者になって一番大事な3日間だった。」
「音楽家として素晴らしい経験をさせてもらった。本当に、良い作曲家で良い演奏家が演奏したときっていうのは、人間にとって相当大事なモンだなあと思いました。」
「本能的に、音楽にタッチできたと思った。ああいう(凄い)演奏というのは、ああいう特殊なときに出るのかもしれない」
と小澤さんは語っていました。
戦時中のナチ協力を疑われ、演奏禁止処分を受けていたフルトヴェングラーが2年ぶりに音楽界に復帰したときの1947年ベルリン・フィルとのライブ演奏、ベートーヴェンの「運命」を思い出してしまいました。
聴衆以上にフルトヴェングラーの復帰を一番に待ち望んでいたのは、オーケストラのメンバーでした。
「運命が扉を叩く」と言われている、冒頭のテーマからして、尋常ではないテンションで始まります。ピッチも上ずり、興奮のあまりオーケストラの音が合っていないところもたくさんあります。
しかし、63年前のこの録音を越える運命は未だにないのでは、と思います。
私は、この演奏を学生時代初めて聴いたとき、「こんなすごい演奏がこの世にあったのか」と開いた口がふさがらないほどのショックを受けました。
小澤さんが演奏したブラームスの交響曲1番も、ベートーヴェンが生涯のテーマとしていた「苦難を乗りこえて歓喜にいたる」という「運命」の内容と同じものです。
小澤さんは「特殊なとき」と言っていましたが、オーケストラも聴衆も、そして指揮者も、全てが待ち望んで心が一つになったときにしか生まれない演奏。
まさに「空前絶後」。
「この経験を大事にして、これからはコレで行こうと思ってますよ。ボクの中では!」
と、インタビューの最後に力強く話していたのが印象的でした。
75歳にして新しい境地。
勇気がもらえました。
小澤さんの今後の演奏がますます楽しみになってきました。