計測で敵を作っていませんか?
はかって数値化すると数値だけが一人歩きしてしまい、本来期待していた効果が得られないことがある。ソフトウェア開発においても、たとえば工程移行審査や出荷判定に不具合発見数(密度)等の計測値に頼りすぎると、不具合を2つに割ってみかけ上の数を増やしたり、実際に見つかった不具合を記録しなかったりする等、本来想定されていなかったことが起こる場合がある。
さらに、特定のグループや個人を数値だけで判断すると、虚偽の報告だけでなく敵対的な関係を作ってしまうことが多い。かといって計測を一切やめてしまえば状況を把握するための手がかりを失ってしまう。数値をどのように使うかについてコンセンサスを得ておくこと(これも実際には難しいが。。)、数値だけに頼らないこと、数値にはブレがあることを前提としておく必要があるだろう。
ボックスチャートやコントロールチャートを書くなどして大まかな傾向をみることに主眼を置き、メトリクスの微妙な違いに細かくなりすぎないことは、エンピリカル手法やメトリクス利用において重要な点の1つだと思う。誰かを責めるような計測によって敵を作ってしまうと計測自体が無駄な活動になってしまう。まずは、コミュニケーションのきっかけの1手段というレベルにとどめておくという使い方になるだろうし、メトリクス収集が洗練された段階で、意思決定の材料、根本原因の発見、工数配分、プロセス改善につなげることができるようになるだろう。
「敵を作らない計測」と書くのは易しいが、敵を作らないよう計測活動を実施するのは簡単ではない。トップダウンに計測を進めていくのも手だし、大義名分のついた計測をするのも1つの手ではあるが「数値で状況把握しておきたい」「自分が報告や状況説明するときに計測値を裏づけとしたい」という状況を作っていくことは自律的な計測につながり、目指すべき方向の1つではないかと思う。そういうものの1つが透明性のある意思決定だと思っている。