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数十人のエンジニアで、千人以上のエンジニアと互角の戦いをした最新低燃費エンジン事例

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一般的に、物量で劣る兵に対し、物量で勝る兵の方が、戦では強いと言われています。

しかし、2011/12/11の日本経済新聞の記事「イノベーション 成功の法則(3)「欠乏」「不足」が新機軸生む」で、改良し尽くされていると思われていたエンジン技術を非常に少人数のエンジニア陣で見直し、非ハイブリッド車ながらリッター30Kmを実現したマツダの低燃費エンジンの例が紹介されています。

---(以下、引用)---

なぜ人員や予算の潤沢な巨大企業ではなく、マツダのような中堅メーカーからイノベーションが生まれたのか。開発を指揮した人見光夫・執行役員パワートレイン開発本部長は「人が足りなかったからこそ突破口が見つかった」と逆説めいた言葉を口にする。

2000年代の初頭、技術者の多くは当時筆頭株主だった米フォード・モーターとの共同開発案件にかり出され、エンジンの独自開発に携わる人数はわずか20~30人にまで減少した。これは自動車開発の常識からすれば非常な少人数。例えば、某大手メーカーはハイブリッド機構の開発だけでも千人近いエンジニアを投入しているといわれる。

「たった数十人の組織ではあれもこれもできない。一方で欧州などで厳しい燃費規制が導入されるのは必至の情勢。エンジンの基本に立ち返って、一から考え直すことにした」と人見氏は振り返る。

注目したのは、圧縮比と呼ばれる基本要素の一つ。ガソリンエンジンの場合、圧縮比を高めれば燃費が良くなるのは分かっていたが、逆にノッキングと呼ばれる不具合が生じる。開発陣は燃焼効率を改善することで、この二律背反を克服し、展望を開いた。人見氏は「リッター40キロのエンジンも射程圏内。頂上からみれば、エンジン技術は五合目の段階。飛躍の余地はまだまだ大きい」という。

---(以上、引用)---

10日程前に、『「人が減ると、本当は不要だった仕事が見えてくる」という自分の体験』でも書かせていただいたとおり、人が減ることで、本質的なことに集中せざるを得なくなります。

マツダの低燃費エンジンの場合は、エンジンの基本に立ち返って、圧縮比に注目して燃費効率改善に集中し、このイノベーションを実現した、ということのようです。

寡兵で大軍と同じ戦いを行えば、必ず破れます。

寡兵で大軍に伍するためには、このように選択と集中が必要ということですね。

記事は、以下のように締めくくっています。

---(以下、引用)---

幸か不幸か今の日本は「不足」や「欠乏」にこと欠かない。冬場と夏場は電力が不足気味になり、少子高齢化で労働力も徐々に減っていく。だが、不足はイノベーションの母でもある。「不足」「欠乏」に独創的に立ち向かうところから、新たな出発が始まるだろう。

---(以上、引用)---

「課題がイノベーションを生む」ということを考えると、「課題先進国・日本」は、まさにイノベーションのネタの宝庫です。

視点を変えて掘り起こしてみると、実は様々な可能性が私たちの身近に眠っているのではないか、と記事を拝読して感じました。

 

 

Comment(4)

コメント

TETSU

必要は発明の母というから、不足も発明のきっかけになるということなのかな?
まぁ実際は課題の絞り込み(不足しているから必然できに絞り込む必要があった)とそこに全力で突き進んだことが大きいのでしょうけど。
絞り込んだからといって必ず成功するわけではないですが、絞り込むことで力を集中することができ、より成功する可能性が高くなるとは思います。

またプロジェクトXになるのかなぁ・・ロータリーエンジンはiPhoneの電子書籍も購入しちゃったけど。

TETSUさん、
ありがとうございます。絞込&一騎打ち、ということで、まさにランチェスターの「弱者の戦略」ですね。
いかにあたりの良い課題に絞り込むかがポイントですね。

通り過ぎ

多勢に無勢というと、奇襲作戦であったり、覚悟の死などがすぐに思い浮かびます。
しかし、必要な部分に体力を傾注することで、正攻法での対抗もできると言うことですね。
勉強になりました。

実は個人的に昔からマツダが好きだったりします。
常に中堅以下でありながら、こだわりのあるクルマ作りをしているのが大好きです。
バブル時代などにとんでもない駄作も作ってしまったのですが、これからも生き残ってもらいたいメーカーの一つです。

通り過ぎさん、
コメントありがとうございました。
見方を変えると、物量だけに頼るのは危険、ということなのかもしれませんね。
おっしゃる通り、マツダ様は、素晴らしい車作りをされていますね。
販売不振を打開するために、開発エンジニアがセールスの現場に駆り出されて、その経験が1980年代前半にファミリアの大ヒットを生み出したのを思い出します。(ちょっと古いですね)

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