日本の大きな転換点
今、バングラデシュに来ている。いつも数日の滞在で、ダッカ周辺だけを仕事で動き回っているだけなので、本当のこの国の実情は分からないが、昨日はイスラムの休日なので、空いた時間で郊外に行ってきた。ショナルガオンというかつてのベンガルの首都だが、一応観光地になっているようだが、訪れる人も少なく、そもそも運転手自身がどこにあるか良く分からないという様子だった。
この国は、ずいぶん昔から文明が栄えたようだが、仏教、ヒンズー教と宗教も変遷し、その後イスラムとなって東パキスタンとなり、更に独立して現在に至る。ベンガル人というのが、国家としての最大の特質であるはずだが、あまりに複雑な歴史的変遷と、そもそもの経済状況などから、上記のような現状なのだろう。
ただ、東インド会社時代は、インドの綿を使って繊維産業が発達し、英国王室への生地の提供という意味では、当時は世界をリードしていたようだ。ふと思ったのは、では何故インドではなくバングラデシュにおいて繊維産業が発達したのか?東インド会社が、ジャカルタからカルカッタに主要拠点を移したという事実はあっても、今一つピンと来ない。
ウェブでちょっと調べてみたが、この過去の経済史的な観点について記載されている文献はすぐには発見できなかった。何かベンガル人の特質などが関係しているのか、歴史的経緯があるのだろうと思うが。国を知るに、政治的な流れも大事だが、このような経済的な流れを理解することも大事だなと、改めて思った次第だ。
話を転じて、米国大統領選挙だが、共和党の候補はトランプ氏に決したようで、マスコミも騒がしい。確かに、彼の発言には過激なものがあるし、これをもてはやす米国は、今や世界の盟主というより自国の利益を重んじるポピュリズム国家となり果ててていると思う。一方で、民主党のクリントン候補は、ある意味でこれまでの米国を代表する政治家と言え、我が国にとっても安心感がある人物と言える。
だが、私的メール事件でFBIの聴取も予定されており、政治が司法を動かす我が国と異なり、ある意味で法の支配、法治国家の理念が徹底されている米国においては、これがアキレス腱になりかねない。
かたや、トランプ氏は、私が米国にいた際も、プラザホテルの買収劇など、まさに米国の資本主義を代表する形で活躍をしていた人物で、その経済至上主義、収益至上主義には、私も眉をひそめる一人だが、一つ我が国に関わりあることで彼の主張を理解できる点を言えば、日本の安全保障に関する点だ。もちろん沖縄をはじめとした米軍の存在は、我が国を守るだけが目的ではなく、太平洋地域を重要な防御領域と考える米国自身のためでもある。
だが、より内向きになる米国として重要なのは、中国の進出が目立つ昨今の情勢下、誰とどう組んで自国の最大の利益を追求するかであり、今や沖縄、日本が重要な拠点なのか、日本、韓国が重要なパートナーなのか、それとも中国と何らかの更なる関係構築を目指すのか、など様々な選択肢を検討すべき状況にあり、その中で例えば日本において継続的にかなりの自国の予算を使って、自国の若者を危険に晒して現状を維持すべきかという命題が彼の指摘だとも言える。
我々が良く考えなくてはならないのは、私がいつも指摘していることだが、本当に米国は、自国の若者の命を犠牲にして、我が国を守ってくれるのか、という点だ。確かに、我が国自身自衛隊を持っているが、その行動には様々な制約がついており、ある意味本当に自国を守る防衛権を自衛隊が全うできるかは疑問だ。だが、そのような自国を自ら守ることすらできないものを、そもそも国家と呼ぶだろうか?
憲法改正論がまた議論の対象になっているが、交戦権を持つとか、核を持つとかいう短絡した議論ではなく、我が国が一国家として世界に向き合い、その存在を継続していくために、国として何が必要なのか、一方で先の大戦の経験を生かして、何を戒めるべきなのか、そして現行憲法の指し示す方向は一体何なのか、きちんと結論を出すべきである。
総理が、欧州へ行って、ドイツ首相とEUの安定化のための財政出動の議論をしたとのこと。そして是非日本に投資してほしいと言ったとのこと。だが、世界最大の債務国である我が国が、財政出動をする余裕はあるのか?そもそも財政出動して、ただただ経済を膨らませることが、本当にこれからの人類社会にとって良いことなのか、どうも政策には財政と金融しかない、しかもそれは経済の拡大方向にしかない、という極めて単純な論理のようにしか思えない。
アベノミクス自体が成功しているかどうかは別にしても、では何故日本に投資することが有意義だと胸を張って言えるのか?少子高齢化で人口も減少し、市場としての魅力は減退している、一部に素晴らしい技術は残されているが、大企業は内部統制すら取れず、過去の栄光にすがって新たな努力もせず、そのひと頃誇った技術力は地に落ちている。株式市場は、海外投資家の利食いのための道具となっており、自立性に乏しい。
もう一度、日本が自国を守り、世界に貢献していくために、何が必要なのか、考えてみることが必要であり、そこには、防衛政策、経済政策、外交政策を含めて、大きな転換が求められるのではないかと思うのだ。
折しも、海外において我が国製品の良さが見直されつつあるとの記事があった。そうだ、確かに例えば果物は日本のものは値段は高いが品質が良い。おむつなどがよく俎上に上るが、私は例えば鉛筆や消しゴムは、日本のものが世界一だと思っている。一つ一つは小さなものだが、でも誰もが素晴らしいと思えるものを世界に提供する、これも一つの方向ではないか?