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 セールスジャパンの経営を始め、様々な事業活動に携わるマイク丹治が、日々仕事を通じて感じていることをつづります。国際舞台での活動も多いので、日本の政治・社会・産業の課題などについて、グローバルな視点から、コメントしていきたいと考えています。

「変わる」ことの難しさ

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この間、ベンチャー支援で特定の起業について、政府関係機関から年間650万円の給与を起業者に払って促進するという政策がニュースで出ていた。

そもそも政府関係機関が対象事業を選ぶのだろうから、行政が選ぶ能力があるかという問題もあるし、そのような段階になった事業を支援しても、その前段階のそもそもの起業者が増えるということにはならないのではないかという問題が指摘できる。

だが、その前にもっと根本的に、そもそも起業とはリスクを伴うものであって、それを給与という形で支援すること自体が、全くの勘違いであることに何故思い至らないのか?そして、起業が出来ないのは、生活の安定などという問題ではなく、そもそも新たな事業に資金を出すだけの資金的余裕を持つ社会層が限られていることに加え、金融が極めて保守的であること、そしてそもそも挑戦をしようという社会的風土にないことなどなどが主要因であるであることに気づくべきだ。

もう一つニュースで報道されていたのが政治における女性の活用の問題。男性側の嫉妬があるとか、閣僚や政党の要職に適した経験、年齢層の女性が少ないなどの問題が指摘されている。

それなら、国会議員の選挙もクォータ制にして、女性半数にすればと思うが、この間も首相に近い議員にそのことを指摘したら、立候補の自由に触れるので難しいと言う。立候補の自由であれば、選挙区を含めた選挙制度だってある意味制限しているのであって、集団的自衛権では憲法解釈を簡単に変えるのに、選挙になった途端に既得権益を守ろうとするという点に大きな疑義を感じる。

是非国会議員の半数を女性にし、しかも現状のようなどちらかというと男性的な方々だけではなくて、本当に一般的な働く女性、主婦の方々などにも積極的に国政に関与していただき、国民全員の意思を反映できる民主主義とすべきではないか?

そして、ベンチャーにしても、女性の社会参加にしても、うまく行っていないことに対する指摘はあるものの、これを自ら変革できないところが、わが国の根本的な問題であると言わざるを得ない。「自分で変われない国」に将来はない

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