「初音ミク」ムーブメントから考えるCGMの弱点
「初音ミク」ムーブメントにおけるCGM(Consumer Generated Media)について、「効用」という概念を使って考察してみたいと思います。「効用」とは、商品を消費したときに得られる「満足」のことを言います。
現在起きている「初音ミク」ムーブメントにおいて観察されることは、「物々交換」や「財・サービスと貨幣の交換」といった経済学の概念、あるいは「蕩尽」や「贈与」といった人類学の概念では捉えきれない性質のものです。
私は、「初音ミク」ムーブメント、つまりCGMは、「効用の交換」、つまり「満足の交換」によって支えられていると考えています。それも、かなり非対称かつ間接的な「満足」の交換の体系によってなりたっていると捉えています。
まず、どういった「効用」、つまり「満足」が交換されているのか、それぞれの局面について考えてみたいと思います。
(1)視聴者とクリエイターの場合
まず、視聴者とクリエイターの関係について考えてみます。もちろん、あるコンテンツについてクリエイターだった人が、別のコンテンツにおいては視聴者になったり、あるいは、その逆のケースも発生します。
・視聴者←クリエイター
コンテンツを鑑賞する、コメントをつけて楽しむ
・視聴者→クリエイター
コンテンツを鑑賞してもらえる、評価(コメント、再生数、マイリスト)やアドバイスなどが得られる
こうやって見ると、視聴者とクリエイター間では、双方向に非対称な効用(満足)が交換されていると言えます。
次に、クリエイター相互の満足の交換について考えてみたいのですが、ここではジャンル(音楽、イラスト、アニメ)が同じクリエイターの場合と、異なる場合、それぞれに分けて考えてみます(一人で作詞作曲し、イラストも描くというマルチ・クリエイターもいますが、それは除外して考えます)。
(2)同ジャンルのクリエイターの場合
まず
・クリエイターA→クリエイターB
AのコンテンツをBがアレンジ・改変して楽しむ
という効用(満足)のフローが考えられます。しかし、この逆方向(A←B)フローについては、どういう効用(満足)が考えられるのでしょうか? これについては、最後に改めて論じたいと思います。
(3)異なるジャンルのクリエイターの場合
・クリエイターA→クリエイターB
Aのコンテンツ(音楽、イラスト、アニメなど)に、Bが、別ジャンルのコンテンツを組み合わせて楽しむ
という効用(満足)のフローが考えられます。そして、この逆方向(A←B)のフローは
・クリエイターA←クリエイターB
Aのコンテンツ(音楽、イラスト、アニメ)が、Bのおかげで、より充実したものとなる(BのせいでAが不満足となることもありますが、それは除外して考えます)
こうしてみると、異なるジャンルのクリエイター間でも、双方向に非対称な効用(満足)が交換されうる、と言うことができます。そして、ある人が作った曲に、別の人がイラストをつけて、さらに別の人が、そのイラストをアニメ化したり、3Dモデル化したり、という流れの中では、非対称の効用(満足)のフローが多方向に発生することになります。
しかし、先に触れた、同ジャンルのクリエイター間の逆方向(A←B)フローはどうでしょうか? 最初にオリジナルの曲を作ったり、イラストを描いたりした人に、その作品を他の人がアレンジ・改変することによって、どういった効用(満足)が流れてくるかが、よくわかりません。
一般的な感覚で言えば、自分の作品を他人がアレンジや改変を行った場合に得られる効用(満足)というのは、良くてゼロで、場合によってはマイナス(不満足)になるのではないかと思います。これは、ソフトウェアの「オープンソース」とは異なる点です。そして実は、これが、CGMの最大の弱点と言うことができます。
したがって、CGMを持続的なものにするには、最初にオリジナルなコンテンツを提供したクリエイターに、不満足を与えない、または、効用(満足)以外の対価が与えられように配慮する必要があると言えます。
[参考]
「初音ミク」のイラストの凄い点
http://blogs.itmedia.co.jp/london/2007/11/post_e142.html