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日々の「ハッ、そうなのか!」を書き留める職遊渾然blog

新聞には“家族メディア”の側面がある。

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藤村「新聞を読まなくなったかというと、僕は読みますね。購読紙を増やそうかとも思っている。新聞には“家族メディア”の側面がある。家族で何となく共有されているので、勝手に持ち出したりすると怒られるじゃないですか。ただ、社会が変化する中で、“マイメディア”への需要がすごく大きくなり、誰と住んでいようが、メディアは自分が見るものという志向が強まった。(略)
― 『【産経新聞創刊75周年対談】(上)ネットとの融合は可能か

当グループブログの番長は鈴木さんですが、その番長の番長の…番長にあたる藤村さん(アイティメディア株式会社会長)の対談を読みました。

言い得て妙ですね、“家族メディア”としての新聞。ハッとしました。我が家は毎日小学生新聞を購読していまして、これがまさに家族メディアです。家族メディアで同じ知識を共有し、それぞれがマイメディアから持ち寄った知識が食卓の話題になる。毎日とはいきませんが、週イチくらいで。

例えば…今日は木曜。毎週木曜の一面は「教えて!池上さん」です。ジャーナリストの池上 彰さん(偶然にも、アイティメディアの取締役でもありますね)が時事問題の要約記事を載せていて、これがまた素晴らしく分かりやすい。

今日の「教えて!池上さん」は洞爺湖サミットの話でした。すると朝食の話題も何となくそういう話になります。ママが「交通費は各国持ちらしいよ」と言えば、長女Mちゃんは偶然にも洞爺湖サミットの会場に行ってきたばかりだったりして、何かと披露するネタがあるわけです。

意外に、PCにかじりついるのでマイメディアをたくさん持っているはずのパパが、提供できる話題を持ってないんですね。苦しまぎれに「洞爺湖にはほらふきじいさん(洞ふき爺さん)がいたんだよ…」と言ってハズしたりしています。

Comment(6)

コメント

藤村

藤村です。ついのこのこ出てきてしまいました。
お取り扱いいただき、感謝します。

自分としては「メディアの変化」ではなくて、「社会の変化」が重大なんだと思っています。
最近では、元旦の食卓にさえ、4割の家庭で家族が集合しなくなっているという調査結果があるそうです。

ことの善し悪しを措いて言えば、家族がここまでバラバラになっている今日にあっては、家族メディアとしての生き方に困難があるのだろうと想像します。

もっとも、そうは言っても膨大な読者がまだまだ存在しているんだから、すごいと言えばすごいのですが。

藤村さん、コメントありがとうございます。
今日たまたま雑誌記者の方と話をしていましたら、雑誌も(無くなりこそしないものの)先行きは厳しかろうという見通しを持っていらっしゃいました。雑誌はネットと新書の両方と競合しているというのがその理由。
> 自分としては「メディアの変化」ではなくて、「社会の変化」が重大なんだと思っています。
なるほど。編集された情報の必要性が減じることはないでしょうから、社会の変化をよく追っていけばメディアの立ち位置も見つかるはず…ということでしょうか。

たまに、このブログを拝見しております。確かに、「家庭内」と言う意味での新聞の意義は大きいですね。子供が新聞に書いてあることを親に聞いて話題にしていたら、その子の教育にもいいでしょう。そうやって、社会に興味を持っていけば、教育上すばらしいですね。

知識収集家さん、コメントありがとうございます。
最初はA社の小学生新聞を購読しておりましたが、受験の記事が多いように感じて毎日に切り替えました。こちらの方が普通の新聞に近い感じです。

セブン

こんにちは。全ての新聞がそうとは言いませんが、新聞の時代はすでに終わりました。もし以下の内容をご存じなければ、一企業の代表として非常に危険な状態であるといえるのではないでしょうか。

GIGAZINE
http://gigazine.net/index.php?/news/comments/20080721_mdn_mainichi_jp/

ITmedia
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0807/22/news032.html

Internet Watch
http://internet.watch.impress.co.jp/cda/news/2008/07/22/20326.html

セブンさん、こんにちは。
> 全ての新聞がそうとは言いませんが、新聞の時代はすでに終わりました。
僕には難しい文章です……。「新聞の時代」とは具体的に何を指すのか、それが終わったことをどのように把握されたのか、ご教示いただけると嬉しいです。

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