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エンタープライズコラボレーションの今と今後を鋭く分析

ソーシャルゲーム=女の子のいる飲食店という説について

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 日経ビジネスの『「虚栄心を買う」キャバクラシステムの限界』という記事が面白かった。実は最初キャバクラという言葉を含んだタイトルから、「確かにソーシャルゲームには女の子の出てくるゲームが多くて、中にはなぜか戦国武将が皆性転換して女性になっているやつなんかもあるからなぁ」なんて勝手にそっち系の話に振るのかと思っていたが、読んだらまったく違っていて自分の不明を恥じた。
 この記事では、ソーシャルゲームで大金を使ってしまう心理は、キャバクラなどの「女性がいる飲食店」でお金を使う心理と同じではないかという仮説を述べており、例として以下のようにシーンを描いている。

 大金をパーッと使って、羽振りのいいところを見せると、店の女性たちからちやほやされる。いつも一緒に連れて行く友人たちからも、「○○さん、御馳走様でした!」「また連れてってくださいね!」と、心地よい言葉を浴びることができる。かくして、お金を使い続けるかぎり、いい気持ちになれる、という状況にはまっていく。

 なんとなく判るし、実際に自分もそういう心理状況になりかけたこともある。この仮説はあたっているように思う。

 そして実際に昔に比べてこうした「認知欲求」に飢えている人が増えている気がするのだ。日本では、一昔前よりも価値観が多様化していろいろな考え方が許されるようになったのに、むしろ逆に「認められたい」と思う人が増えているということは、コミュニティやコミュニケーションがむしろ同質化・均質化しているのではないか。
 昔に比べていろんな人が入り乱れる集まりが減って同じような層で群れるようになったり、あるいはそういった組織での運営手法も洗練化されてきて個人の力でなんとか強引に動かしていくシーンが減っていて「認知される」機会が昔より少なくなっているのではないか。また、もしかすると若い年代の場合「差をつけにくくする(差を目立たせなくする)」という、教育現場でのちょっと間違ってしまった方針なども影響しているかなlとうがってみたり。
 だとすると、こうした根本的なところが解決できないと、単に今たまたまそのはけ口になっているソーシャルゲームを規制しても、いずれはまた別のところへ歪みがでるだろう。そしてもし、こうした認知欲求を満たすサービスを適正に提供できれば、そこが次の成長産業になるのかもなぁと・・・

 なんて休日に女の子の出てくるソーシャルゲームをやりつつ、いろいろな事が頭をよぎる。

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