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「誰かが教えてくれることを信じるのではなく、自分で考えて行動する」ためには、矛盾だらけの「現実」をありのままに把握することから始めるリアリスト思考が欠かせません。「考える・書く力」の研修を手がける開米瑞浩が、現実の社会問題を相手にリアリスト思考を実践してゆくブログです。

公平な報道を求められたら「公平にやってますが何か?」でよいのでは

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数日前に「NOBORDER」が「自民党による在京テレビキー局に対する報道圧力」の問題を報じたときのこと。

確か、政党から報道機関へのこの手の「要請」は以前の選挙の時もあったよな・・・要請の内容見ても当たり前のことを言ってるだけで、どうせ無視されるだろうけど建前上言わないわけにいかないから形式的に言っておくよ、という程度のことじゃあるまいか。 大した話でもないのに何を大騒ぎしてるんだろう? ・・・と、私が最初に感じた印象はそういうものでした。

実際、11月27日の毎日新聞によると

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20141127-00000081-mai-soci
A) こうした要望は、選挙のたびに各政党が行っている
B) ただし公示前は珍しい
C) ある民放幹部は「ここまで細かい指示を受けた記憶はない」と話した
D) 別の民放幹部は「朝日新聞バッシングなどメディア批判が高まる中、萎縮効果はある」と語った

だそうで、(A)項にあるとおり、選挙のたびにある定例行事のようなものと思われます。自民党だけでもありませんし。

「(B)ただし公示前は珍しい」と言っても別にそれを理由に「報道への不当な圧力」とは言えません。(C)項の「ここまで細かい指示を受けた記憶はない」というのが気になりますが、これは匿名で個人の印象を語っているだけで、具体的に違いが検証されていません。匿名での印象論なら何とでも言えます。

そして最後の(D)項でまた別な民放幹部が「萎縮効果はある」と語っているそうですが・・・・
ざっくばらんに率直に言えば、

この程度の文書で「萎縮」するようなら、報道やめたほうがいいんじゃない?

と私は思いました。

仮にも「権力の監視」を自らの社会的使命と自任するジャーナリズムの人々が、「公平公正な報道のお願い」をされたから「萎縮」するというのは、おかしな話です。
「言われるまでもありません。当社は公平公正な報道をしております」と、木で鼻をくくったような回答をしておけば済む話じゃないですか。

ちなみに毎日の同記事によると "テレビ東京の高橋雄一社長は「これをもらったから改めて何かに気をつけろというものとは受け止めていない」と述べた" そうです。これが普通の対応じゃないでしょうか。(まあテレ東ならそのとおりだろうな、という感もありますが(笑))。実際、他のテレビ局もこの「お願い」についてはことさらに取り上げず、騒いだのはNOBORDERだけでした。騒ぐ口実が欲しいメディアだけが取り上げた、という感があります。

それにしてもこの件に関してつくづく感じたのは、いよいよマスコミがネットに怯える時代が来たんだな、ということです。

仮に「公平公正な報道のお願い」というこの要請を「報道に対する不当な圧力である」としてテレビ各局が大々的に取り上げたとして、それは自民党に対するネガティブなインパクトをもたらすでしょうか。

あんまりそうはならないと思うのですよ。

かえって、テレビ局報道部に対して「おまえがゆーな」という冷たい目が降り注ぎ、至る所でネタにされるだけのような気がしますね。

まあこれは私の印象だけで語っているので、それ以上の根拠はありませんが。

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