原子力論考(77)家庭で風力発電?の検証
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本業は文書化能力向上コンサルタント、余技で原子力論考を書いている開米瑞浩です。
さて、前回、「デマ情報に振り回されないための思考習慣」について書いたところで、早速その実例をひとつやってみるとしましょう。
まあ、世の中には善意の誤解に基づいて誤情報を振りまいてしまうケースも多々あります。原発事故以来広まった誤情報も大半はそういうもので、悪意ある「デマ」と呼ぶのはかわいそうなので、ここでは特に具体的にどことは名指しせずに書くことにしましょう。
先日、一仕事終えてtwitterを眺めていたところ、ある人が「これいいねえ、こういうのが広まればもう原発いらなくなるね」と嬉しそうに書いているのが目にとまりました。
いったい何だろう、と、リンク先を読んでみると、だいたい次のようなことが書かれていました。
という、こういう話です。
直観的に、「できるわけねえじゃんか。うさんくせえな・・・」と思うわけですが、しかしそれを説得力をもって主張するためにはエビデンス(証拠)が必要です。
といっても、↓こういうレベルの情報ではエビデンスになりません。
↑こういう情報は自分の記憶に頼ったもの、つまり「ソースは俺」なので、エビデンスになりません。記憶は間違うことがあり、古くなっていることがあります。「信頼のおけるエビデンス」は、専門の調査機関の発行しているデータから見つける必要があります。
というわけで、まずはこのへんから行ってみましょう。
D.平均風速4m/s程度の風があれば年間3000kWhの発電ができる
果たしてそれは東京でも成り立つのでしょうか? 電力の大消費地はやはり東京なので、東京で使えるならそれは大いに期待が持てます。
なんといっても、私の記憶によると
X2. 東京都内は風が弱い
はずなのです。たぶんダメでしょう。その「多分ダメ」に説得力を与えるためにはエビデンスが必要になります。
ということで、東京都内の平均風速が4/sに達するかどうか、それを調べてみましょう。
こういう情報は調べやすいです。たとえばNEDO(独立行政法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構)が公開しています。
↓
局所風況マップ 関東・中部
↑これを見ると東京地方の大半は年平均風速4m/s以下なんですね。しかもこのデータは地上30mで計測したもので、地表に近いほど風速は落ちます。小型風車が想定している地上10m程度ではどうなることやら。
おいおい、困ったもんだな・・・ということで今度はこっちのデータを見ます。
東京気象官署における年平均風速の経年変動
1984~2003年の20年間の年平均風速は 3.4m/s で、一度も4m/sを超えていません。
一般的に、風力発電の発電量は風速の3乗に比例するので、
( 3.4 / 4 ) ^3 = 0.61
つまり4m/s を想定した地域と比べると発電量は6割に落ちるであろう、と推定できます。
もうひとつ、気象庁で東京の平均風速の月平均値を見てみましょう。このデータは、「東京 平均風速」というキーワードでgoogle検索するとすぐに出てくるので、NEDOが風況マップを公開していることを知らなかったとしても見つけやすいです。
東京の平均風速の観測開始からの月平均値
2008年~2012年の5年間を見てみると、一度も3m/sを超えていません。それ以前のデータとの差が激しいので、観測条件が変わった可能性がありますが、何にしても「東京では4m/sはとても期待できない」のは確実です。
ここまで調べてあれば個人の記憶に頼った情報ではなく、専門の調査機関のデータですので、「信頼のおけるエビデンス」になります。
こうやって「エビデンスをたどっていく習慣をつける」と、書かれていない情報がいろいろと見えてきて、「これはおかしい・・・」とわかることが増えてきます。
たとえば、
D.平均風速4m/s程度の風があれば年間3000kWhの発電ができる
大元のこの情報自体が、調べてみると疑わしくなってきました。というのは、該当する小型風力発電機を提供している会社(あえて、どことは特定しませんが)の資料を調べてみたところ・・・・
風速4m/s での発電電力は 0.2kW 程度でした。ということは、
一年中、4m/s の風が一定して吹いたとすると、
0.2 * 24 * 365 = 1752 kWh
です。3000kWhには遠く及びません。
まあ、実際には年中一定の風が吹くのは現実的じゃないので、仮に総時間のうち
60% は3m/s
10% は4m/s
10% は5m/s
10% は6m/s
10% は7m/s
の風が吹くと仮定して計算すると、細かいデータは省略しますが
2100kWh/年
程度になりました。強い風が吹くと発電量が風速の3乗比例で増えるので、年中通して4m/sを保った時よりは増えるにしても、3000kWhというのはかなり難しそうです。ということは、その数字はよっぽど理想的な条件下を想定した「相当に盛った数字」の可能性が高いわけです。カタログスペックはあてになりませんね。商品を売りたい会社が数字を粉飾したい気持ちはわかりますが、それを当てにしてエネルギー計画を立てるわけにはいきません。
現実には東京の平均風速は4m/sには届きませんので、実際の発電量は1500kWhもいけば良い方ではないでしょうか。
それでも、ないよりはまし、やったほうがいい、と思うかもしれません。1本ではダメでも、風車を2本3本と立てればどうでしょうか。
そう期待したい気持ちはわかりますが、残念ながら
H.これが普及すればもう原発はいらなくなるね!
とはなりません。
というのは、仮に風車が一本ならば計算上の性能を発揮できたとしても、それを都内の住宅地にまんべんなく敷き詰めた時には確実に性能が落ちるからです。たとえば、私の住んでいるマンションは9階建てで約60戸が入居しています。そこで屋上に60本の風車を立てたら・・・・そんなスペースがあるわけがないですね。
風車というのは「風のエネルギーで発電する」もので、発電した分、風のエネルギーを奪うため、何本も連続して立てることができません。一定の間隔を置かなければいけないため、人口密集地で使うには向かないのです。
それでは・・・と、田舎に建てて都会に送電すればいいじゃないか、と思うかもしれませんが、そうすると今度は送電線に負担がかかります。
小型風力発電機を使う場合、「自分の家の庭先に立てて、発電した電力はすべて自家消費する。商用の送電線は使わない」というのであれば意味がありますが、遠方に立てて長い送電線を通して消費地に電力を送るのではそのメリットがまったくなくなり、逆に送配電網への投資が必要になってしまいます。
というわけで、この話も現実には不可能です。日本の大電力消費地、たとえば東京、大阪、名古屋はいずれも風が弱く、風力発電には向いていません。そもそも都会というのは地上の障害物に引きずられて風が弱くなるため、風力発電に向かない地域です。小型風力発電機は、障害物のない開けた地形の場所でこじんまりと独立して使うような種類の仕組みであって、それで「原発を代替できる」可能性はゼロです。
こういう種類の「善意に基づく誤情報」が、原発事故以来至るところに溢れています。そうした誤情報は、ひとつひとつは善意であったとしても、社会的に広まってしまった場合は政策判断をミスリードしてしまいます。くれぐれも気をつけたいものです。
■開米の原子力論考一覧ページを用意しました。
→原子力論考 一覧ページ
さて、前回、「デマ情報に振り回されないための思考習慣」について書いたところで、早速その実例をひとつやってみるとしましょう。
まあ、世の中には善意の誤解に基づいて誤情報を振りまいてしまうケースも多々あります。原発事故以来広まった誤情報も大半はそういうもので、悪意ある「デマ」と呼ぶのはかわいそうなので、ここでは特に具体的にどことは名指しせずに書くことにしましょう。
先日、一仕事終えてtwitterを眺めていたところ、ある人が「これいいねえ、こういうのが広まればもう原発いらなくなるね」と嬉しそうに書いているのが目にとまりました。
いったい何だろう、と、リンク先を読んでみると、だいたい次のようなことが書かれていました。
A.すごい小型風力発電の技術が既に実用化されている。
B.一般家庭でも設置できるレベルの小型で、
C.特殊な形状によって弱い風でも発電できるので、
D.平均風速4m/s程度の風があれば年間3000kWhの発電ができる
E.一般家庭の年間消費電力はだいたい3600kWhなので、
F.少し節電すればこの小型風車ひとつで家庭の電気がまかなえそうだ
G.しかも騒音も少なくバードストライク(鳥が風車の羽根にぶつかって死ぬ事故)も起きない
H.これが普及すればもう原発はいらなくなるね!
という、こういう話です。
直観的に、「できるわけねえじゃんか。うさんくせえな・・・」と思うわけですが、しかしそれを説得力をもって主張するためにはエビデンス(証拠)が必要です。
といっても、↓こういうレベルの情報ではエビデンスになりません。
X1. 風力発電では一般的に6m/s 以上の平均風速がないと採算に乗らないと言われている
X2. 東京都内は風が弱い
X3. 日本では夏は風が弱い
X4. 電力の需要に合わせた発電はできない
X5. 蓄電システムを入れるとコストが跳ね上がる
↑こういう情報は自分の記憶に頼ったもの、つまり「ソースは俺」なので、エビデンスになりません。記憶は間違うことがあり、古くなっていることがあります。「信頼のおけるエビデンス」は、専門の調査機関の発行しているデータから見つける必要があります。
というわけで、まずはこのへんから行ってみましょう。
D.平均風速4m/s程度の風があれば年間3000kWhの発電ができる
果たしてそれは東京でも成り立つのでしょうか? 電力の大消費地はやはり東京なので、東京で使えるならそれは大いに期待が持てます。
なんといっても、私の記憶によると
X2. 東京都内は風が弱い
はずなのです。たぶんダメでしょう。その「多分ダメ」に説得力を与えるためにはエビデンスが必要になります。
ということで、東京都内の平均風速が4/sに達するかどうか、それを調べてみましょう。
こういう情報は調べやすいです。たとえばNEDO(独立行政法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構)が公開しています。
↓
局所風況マップ 関東・中部
↑これを見ると東京地方の大半は年平均風速4m/s以下なんですね。しかもこのデータは地上30mで計測したもので、地表に近いほど風速は落ちます。小型風車が想定している地上10m程度ではどうなることやら。
おいおい、困ったもんだな・・・ということで今度はこっちのデータを見ます。
東京気象官署における年平均風速の経年変動
1984~2003年の20年間の年平均風速は 3.4m/s で、一度も4m/sを超えていません。
一般的に、風力発電の発電量は風速の3乗に比例するので、
( 3.4 / 4 ) ^3 = 0.61
つまり4m/s を想定した地域と比べると発電量は6割に落ちるであろう、と推定できます。
もうひとつ、気象庁で東京の平均風速の月平均値を見てみましょう。このデータは、「東京 平均風速」というキーワードでgoogle検索するとすぐに出てくるので、NEDOが風況マップを公開していることを知らなかったとしても見つけやすいです。
東京の平均風速の観測開始からの月平均値
2008年~2012年の5年間を見てみると、一度も3m/sを超えていません。それ以前のデータとの差が激しいので、観測条件が変わった可能性がありますが、何にしても「東京では4m/sはとても期待できない」のは確実です。
ここまで調べてあれば個人の記憶に頼った情報ではなく、専門の調査機関のデータですので、「信頼のおけるエビデンス」になります。
こうやって「エビデンスをたどっていく習慣をつける」と、書かれていない情報がいろいろと見えてきて、「これはおかしい・・・」とわかることが増えてきます。
たとえば、
D.平均風速4m/s程度の風があれば年間3000kWhの発電ができる
大元のこの情報自体が、調べてみると疑わしくなってきました。というのは、該当する小型風力発電機を提供している会社(あえて、どことは特定しませんが)の資料を調べてみたところ・・・・
風速4m/s での発電電力は 0.2kW 程度でした。ということは、
一年中、4m/s の風が一定して吹いたとすると、
0.2 * 24 * 365 = 1752 kWh
です。3000kWhには遠く及びません。
まあ、実際には年中一定の風が吹くのは現実的じゃないので、仮に総時間のうち
60% は3m/s
10% は4m/s
10% は5m/s
10% は6m/s
10% は7m/s
の風が吹くと仮定して計算すると、細かいデータは省略しますが
2100kWh/年
程度になりました。強い風が吹くと発電量が風速の3乗比例で増えるので、年中通して4m/sを保った時よりは増えるにしても、3000kWhというのはかなり難しそうです。ということは、その数字はよっぽど理想的な条件下を想定した「相当に盛った数字」の可能性が高いわけです。カタログスペックはあてになりませんね。商品を売りたい会社が数字を粉飾したい気持ちはわかりますが、それを当てにしてエネルギー計画を立てるわけにはいきません。
現実には東京の平均風速は4m/sには届きませんので、実際の発電量は1500kWhもいけば良い方ではないでしょうか。
それでも、ないよりはまし、やったほうがいい、と思うかもしれません。1本ではダメでも、風車を2本3本と立てればどうでしょうか。
そう期待したい気持ちはわかりますが、残念ながら
H.これが普及すればもう原発はいらなくなるね!
とはなりません。
というのは、仮に風車が一本ならば計算上の性能を発揮できたとしても、それを都内の住宅地にまんべんなく敷き詰めた時には確実に性能が落ちるからです。たとえば、私の住んでいるマンションは9階建てで約60戸が入居しています。そこで屋上に60本の風車を立てたら・・・・そんなスペースがあるわけがないですね。
風車というのは「風のエネルギーで発電する」もので、発電した分、風のエネルギーを奪うため、何本も連続して立てることができません。一定の間隔を置かなければいけないため、人口密集地で使うには向かないのです。
それでは・・・と、田舎に建てて都会に送電すればいいじゃないか、と思うかもしれませんが、そうすると今度は送電線に負担がかかります。
小型風力発電機を使う場合、「自分の家の庭先に立てて、発電した電力はすべて自家消費する。商用の送電線は使わない」というのであれば意味がありますが、遠方に立てて長い送電線を通して消費地に電力を送るのではそのメリットがまったくなくなり、逆に送配電網への投資が必要になってしまいます。
というわけで、この話も現実には不可能です。日本の大電力消費地、たとえば東京、大阪、名古屋はいずれも風が弱く、風力発電には向いていません。そもそも都会というのは地上の障害物に引きずられて風が弱くなるため、風力発電に向かない地域です。小型風力発電機は、障害物のない開けた地形の場所でこじんまりと独立して使うような種類の仕組みであって、それで「原発を代替できる」可能性はゼロです。
こういう種類の「善意に基づく誤情報」が、原発事故以来至るところに溢れています。そうした誤情報は、ひとつひとつは善意であったとしても、社会的に広まってしまった場合は政策判断をミスリードしてしまいます。くれぐれも気をつけたいものです。
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