北朝鮮飛翔体発射の発表が遅れた問題を考察するの巻
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前回記事 「北朝鮮飛翔体に関するJアラート発令が無かった件を考察してみるの巻 」の続きです。
(注:本稿に掲載しているチャートは転載可です)
前回は、Jアラート警報を発令しなかったことで日本政府を責めるのは無理筋であると書きました。
しかし、官邸対策室において A2 状況の認知 が適切に出来ていたか、またその発表が適切だったかどうかという点では問題があるようです。
この問題については、状態遷移図という手法で考えてみることにします。
状態遷移図というのは機械を制御するプログラムでよく使われる手法で、たとえば次の状態遷移図は昔の黒電話で「電話を受ける時」の状態遷移図の例です。(「状態遷移図」の用法を例示するためにそれっぽく書いただけのものなので、実際と違う、とツッコまないよーに)
S1 から S4 までのハコが「状態」で、例えば 「S1 接続待機中」 に「E1 接続要求受信」というイベントがあると、つまりどこかから電話がかかってくると、「A1 呼び出しベル鳴動開始」というアクションをとって「S2 呼び出し中」という状態に変わります。
こんなふうに、「どの状態でどの出来事(イベント)が起きたら、どんな対応(アクション)をとってどの状態に変わる」・・・という形で機械装置類の挙動を説明するのが「状態遷移図」という手法です。
機械に組み込んで使われるプログラムではこの種の手法がよく使われます。有限個数の「状態」をハコで表し、イベントとアクションの組み合わせを [ E1 / A1 ] のように書きます。何らかのイベントに応じてアクションをとって状態を変える、という制御を書くことに特化した記法であり、状態遷移図という名前で呼ばれます。
さてそれでは北朝鮮の飛翔体に対する警戒モードの状態遷移図をもし作るとしたらこういう感じではないか、という例を挙げてみましょう。
S1は「待機中」の状態。発射前の今か今かと待ち構えているところですね。
そこに米軍の早期警戒衛星からの情報が入ってくる(E1)と、「S2 熱源感知後軌道検出待ち」になります。E1にともなう対外的なアクションはありません。
その後、自衛隊のレーダーが飛翔体の軌道を検出すると(E2)、発射されたものと断定して公表し (A2)、S3 軌道追跡中(安全未確認)に移ります。
正常に飛行すればそのまま沖縄上空を越えて行くはずで、その段階で安全を確認し(E3)、安全宣言をして(A3)、SZ 警戒解除 となりますが、もし軌道が変わって危険なコースに入ったと認知されたときは(E4)、Jアラートを発令して(A4)、S4 緊急退避モード、つまり国民に屋内退避を呼びかける状態になります。
このS4 緊急退避モードは一時的なもので、長くて10分もすれば落ちてきます。国外に落ちたときは問題ないですが、もし E5 領土・領海内に墜落したと確認された場合、またはその恐れがある場合は、引き続き「S5 継続警戒モード」をとる必要があります。継続警戒、というのは、新しく落ちてくる恐れはないが、落下物(=危険物)がそのへんに転がっている恐れはあるから不審物にはむやみに近づかないように、というモードですね。S4, S5 のいずれも、安全が確認された段階で SZ へ遷移します。
・・・・というふうに、「どの状態で何が起きたら何をする」という計画を立てておくわけです。
なお、上記のチャートはあくまで私が推定した簡略なもので、実際に今回政府当局が立てた計画とは関係ありませんのであしからず。
さて、今回の飛翔体事案では、政府発表が遅れたことが問題視されています。
具体的には
7時38分ごろに発射されて米軍の早期警戒衛星がそれを探知し
7時42分にはその情報(つまりE1)が官邸にも届いていた(*4 時事 0413-13:42)
しかし8時3分の段階で「政府としては確認していない」と発表し (*2)
日本政府として「発射」を公表したのは 8時 23分だった(*4時事 0413-13:42)
というわけですね。
この経緯をみると、S2 → S3 の遷移がうまく行かなかったようです。
S2からは →S3 軌道追跡中 と →SZ 警戒解除 という2つの遷移先があります。
E2 軌道検出確定
があれば →S3 を確定できますが、今回の経緯をみるとこのE2という判断が出来なかったことがうかがえます(*4, "政府は「(軌跡が)レーダーから消えた」(藤村長官)などとして確認に手間取り" )。
さて、ここから先は完全に私の仮説ですが、政府発表が遅れた原因として考えられるのは、
1.E2が予想した形で来なかった
2.それを想定した対応シナリオが出来ていなかった
3.現場と官邸の連携が取れていなかった
といったところがあり、これらを踏まえて一言で総括するなら
4.官邸がチームとして機能していない
ということなのではないか。そんな疑いを私は持っています。
以下、どういうことか説明しましょう。あくまでも開米私見であることを前提にお読みください。
E2について、普通の発想で真っ先に想定するのは下記2つのケースでしょう。
E2-1 正常に飛行して沖縄を飛び越える
E2-2 異常な飛行ルートをとって日本領に近づく
このどちらの場合にしても、レーダーには1個(または1段目切り離し後は2個)の飛行体がはっきり検出されるはずで、→S3へと遷移するシナリオが組まれていたはずです。
一方、イレギュラーなケースとしては
E2-3 発射直後に空中分解 (レーダーにはまったく検出されない)
E2-4 ある程度飛行してから空中分解(レーダーに多数の断片が映る)
があり、E2-3 はそのまま →SZでケリが付きます。
ところが今回起こったのは E2-4でした。第1~第3想定のいずれにも当てはまらないものが来てしまった、というのが「1.E2が予想した形で来なかった」という意味です。
ただ、自衛隊がE2-4のような事態を予想していないとは考えにくいです。ロケットの打ち上げ失敗なんて普通にあることで、空中分解するのも「当然予想される範囲」であり、それを自衛隊が想定してないはずがない。
では、「2.それを想定したシナリオが出来ていなかった」と「3.現場と官邸の連携が取れていなかった」というのはどういうことかというと、要は「官邸側の準備不足」ではないかということです。
こういう危機管理シナリオを作って対応のシミュレーションを行う場合、先に考えるのは、発生確率が高くわかりやすいE2-1から3までの3ケースで、E2-4のようなレアケース(っぽい)ものはどうしても手薄になりやすいのが現実。
かつ、こういう、分単位で時々刻々変化する事態への対応というのは、事前に同じ関係者を集めてシミュレーションをして何度も演習を繰り返さないとたいていうまく行きません。完璧な「シナリオ」だけが用意されていてもダメで、それが身体に染みつくぐらいに予行演習されていないとうまくいかないものです。それも極力本番の時と同じ人間が行う必要があります。
今回の官邸対策室は果たしてそれができていたのだろうか・・・・?
というとこれはかなりの疑問なのですね。
民主党政権については従前から「官僚支配の脱却」「政治主導」を旗印に「官僚を信用しない」という傾向があります。もちろん、官僚機構にもいろいろと問題点があるのは事実でしょうがそれにしても「政治主導も行き過ぎている」という批判がかねてからあります。
官僚を信用しないというのは業務現場を信用しないということでもあります。現場を信用しなくなったトップがどうなるかというと、よくあるのがトップ自ら現場の細かい情報をチェックし、自分で現場の判断に介入しようとする、という現象。
もちろん、そんなことをしようとしても、素人なわけですからそもそも生データの評価ができるはずもなく、むやみに時間がかかって結局判断できずに放り投げるのが関の山なのですが。「ミサイル発射」の発表が遅れた背景はもしかしたらそんなところにあるのかもしれません。
ちなみに実際、昨年の原発事故後の管直人首相(当時)および官邸がこの「トップによる現場への直接介入」という罠にはまったという指摘が福島原発事故独立検証委員会報告の中にあります。
「官邸による現場のアクシデント・マネジメントへの介入が事故対応として有効だった事例は少なく、ほとんどの場合、まったく影響を与えていないか、無用な混乱やストレスにより状況を悪化させるリスクを高めていた」(福島原発事故独立検証委員会 調査・検証報告書 p.98)
野田内閣もその轍を踏んでいるのかどうかはわかりませんが、その可能性については留意しておくべきでしょう。
*1時事ドットコム 届かぬ軌跡「何だこれは」=打ち上げ失敗に安堵も-防衛省
http://www.jiji.com/jc/c?g=pol&k=2012041300346
*2官邸対策室お知らせ(3) 「北朝鮮が、人工衛星と称するミサイルを発射したとの一部報道について」
http://www.kantei.go.jp/jp/kikikanri/northkorea/2012/240413osirase.html
*3宮古島基地 発射情報で信号弾 「今回の発射を巡っては、国から自治体などへ情報を伝えるJアラートは使われませんでしたが、防衛省・自衛隊の内部では情報が伝達されていたことになります」
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20120413/k10014417691000.html
*4政府、ミサイル発射公表遅れ=前回誤発表で慎重、裏目に
http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2012041300277
*5官房長官会見の要旨=北朝鮮ミサイル
http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2012041301060
*6政府関係者「不意を突かれた...」官邸は情報出さず
http://news.tv-asahi.co.jp/news/web/html/220413051.html
*7 宇宙クラスタ(一部軍事クラスタ)による北朝鮮ロケット打ち上げ失敗の考察
http://togetter.com/li/287683
*8 「10カ所のレーダーで確認。約10分間飛行」防衛省
http://news.tv-asahi.co.jp/ann/news/web/html/220413029.html
(注:本稿に掲載しているチャートは転載可です)
前回は、Jアラート警報を発令しなかったことで日本政府を責めるのは無理筋であると書きました。
しかし、官邸対策室において A2 状況の認知 が適切に出来ていたか、またその発表が適切だったかどうかという点では問題があるようです。
この問題については、状態遷移図という手法で考えてみることにします。
状態遷移図というのは機械を制御するプログラムでよく使われる手法で、たとえば次の状態遷移図は昔の黒電話で「電話を受ける時」の状態遷移図の例です。(「状態遷移図」の用法を例示するためにそれっぽく書いただけのものなので、実際と違う、とツッコまないよーに)
S1 から S4 までのハコが「状態」で、例えば 「S1 接続待機中」 に「E1 接続要求受信」というイベントがあると、つまりどこかから電話がかかってくると、「A1 呼び出しベル鳴動開始」というアクションをとって「S2 呼び出し中」という状態に変わります。
こんなふうに、「どの状態でどの出来事(イベント)が起きたら、どんな対応(アクション)をとってどの状態に変わる」・・・という形で機械装置類の挙動を説明するのが「状態遷移図」という手法です。
機械に組み込んで使われるプログラムではこの種の手法がよく使われます。有限個数の「状態」をハコで表し、イベントとアクションの組み合わせを [ E1 / A1 ] のように書きます。何らかのイベントに応じてアクションをとって状態を変える、という制御を書くことに特化した記法であり、状態遷移図という名前で呼ばれます。
さてそれでは北朝鮮の飛翔体に対する警戒モードの状態遷移図をもし作るとしたらこういう感じではないか、という例を挙げてみましょう。
S1は「待機中」の状態。発射前の今か今かと待ち構えているところですね。
そこに米軍の早期警戒衛星からの情報が入ってくる(E1)と、「S2 熱源感知後軌道検出待ち」になります。E1にともなう対外的なアクションはありません。
その後、自衛隊のレーダーが飛翔体の軌道を検出すると(E2)、発射されたものと断定して公表し (A2)、S3 軌道追跡中(安全未確認)に移ります。
正常に飛行すればそのまま沖縄上空を越えて行くはずで、その段階で安全を確認し(E3)、安全宣言をして(A3)、SZ 警戒解除 となりますが、もし軌道が変わって危険なコースに入ったと認知されたときは(E4)、Jアラートを発令して(A4)、S4 緊急退避モード、つまり国民に屋内退避を呼びかける状態になります。
このS4 緊急退避モードは一時的なもので、長くて10分もすれば落ちてきます。国外に落ちたときは問題ないですが、もし E5 領土・領海内に墜落したと確認された場合、またはその恐れがある場合は、引き続き「S5 継続警戒モード」をとる必要があります。継続警戒、というのは、新しく落ちてくる恐れはないが、落下物(=危険物)がそのへんに転がっている恐れはあるから不審物にはむやみに近づかないように、というモードですね。S4, S5 のいずれも、安全が確認された段階で SZ へ遷移します。
・・・・というふうに、「どの状態で何が起きたら何をする」という計画を立てておくわけです。
なお、上記のチャートはあくまで私が推定した簡略なもので、実際に今回政府当局が立てた計画とは関係ありませんのであしからず。
さて、今回の飛翔体事案では、政府発表が遅れたことが問題視されています。
具体的には
7時38分ごろに発射されて米軍の早期警戒衛星がそれを探知し
7時42分にはその情報(つまりE1)が官邸にも届いていた(*4 時事 0413-13:42)
しかし8時3分の段階で「政府としては確認していない」と発表し (*2)
日本政府として「発射」を公表したのは 8時 23分だった(*4時事 0413-13:42)
というわけですね。
この経緯をみると、S2 → S3 の遷移がうまく行かなかったようです。
S2からは →S3 軌道追跡中 と →SZ 警戒解除 という2つの遷移先があります。
E2 軌道検出確定
があれば →S3 を確定できますが、今回の経緯をみるとこのE2という判断が出来なかったことがうかがえます(*4, "政府は「(軌跡が)レーダーから消えた」(藤村長官)などとして確認に手間取り" )。
さて、ここから先は完全に私の仮説ですが、政府発表が遅れた原因として考えられるのは、
1.E2が予想した形で来なかった
2.それを想定した対応シナリオが出来ていなかった
3.現場と官邸の連携が取れていなかった
といったところがあり、これらを踏まえて一言で総括するなら
4.官邸がチームとして機能していない
ということなのではないか。そんな疑いを私は持っています。
以下、どういうことか説明しましょう。あくまでも開米私見であることを前提にお読みください。
E2について、普通の発想で真っ先に想定するのは下記2つのケースでしょう。
E2-1 正常に飛行して沖縄を飛び越える
E2-2 異常な飛行ルートをとって日本領に近づく
このどちらの場合にしても、レーダーには1個(または1段目切り離し後は2個)の飛行体がはっきり検出されるはずで、→S3へと遷移するシナリオが組まれていたはずです。
一方、イレギュラーなケースとしては
E2-3 発射直後に空中分解 (レーダーにはまったく検出されない)
E2-4 ある程度飛行してから空中分解(レーダーに多数の断片が映る)
があり、E2-3 はそのまま →SZでケリが付きます。
ところが今回起こったのは E2-4でした。第1~第3想定のいずれにも当てはまらないものが来てしまった、というのが「1.E2が予想した形で来なかった」という意味です。
ただ、自衛隊がE2-4のような事態を予想していないとは考えにくいです。ロケットの打ち上げ失敗なんて普通にあることで、空中分解するのも「当然予想される範囲」であり、それを自衛隊が想定してないはずがない。
では、「2.それを想定したシナリオが出来ていなかった」と「3.現場と官邸の連携が取れていなかった」というのはどういうことかというと、要は「官邸側の準備不足」ではないかということです。
こういう危機管理シナリオを作って対応のシミュレーションを行う場合、先に考えるのは、発生確率が高くわかりやすいE2-1から3までの3ケースで、E2-4のようなレアケース(っぽい)ものはどうしても手薄になりやすいのが現実。
かつ、こういう、分単位で時々刻々変化する事態への対応というのは、事前に同じ関係者を集めてシミュレーションをして何度も演習を繰り返さないとたいていうまく行きません。完璧な「シナリオ」だけが用意されていてもダメで、それが身体に染みつくぐらいに予行演習されていないとうまくいかないものです。それも極力本番の時と同じ人間が行う必要があります。
今回の官邸対策室は果たしてそれができていたのだろうか・・・・?
というとこれはかなりの疑問なのですね。
民主党政権については従前から「官僚支配の脱却」「政治主導」を旗印に「官僚を信用しない」という傾向があります。もちろん、官僚機構にもいろいろと問題点があるのは事実でしょうがそれにしても「政治主導も行き過ぎている」という批判がかねてからあります。
官僚を信用しないというのは業務現場を信用しないということでもあります。現場を信用しなくなったトップがどうなるかというと、よくあるのがトップ自ら現場の細かい情報をチェックし、自分で現場の判断に介入しようとする、という現象。
もちろん、そんなことをしようとしても、素人なわけですからそもそも生データの評価ができるはずもなく、むやみに時間がかかって結局判断できずに放り投げるのが関の山なのですが。「ミサイル発射」の発表が遅れた背景はもしかしたらそんなところにあるのかもしれません。
ちなみに実際、昨年の原発事故後の管直人首相(当時)および官邸がこの「トップによる現場への直接介入」という罠にはまったという指摘が福島原発事故独立検証委員会報告の中にあります。
「官邸による現場のアクシデント・マネジメントへの介入が事故対応として有効だった事例は少なく、ほとんどの場合、まったく影響を与えていないか、無用な混乱やストレスにより状況を悪化させるリスクを高めていた」(福島原発事故独立検証委員会 調査・検証報告書 p.98)
野田内閣もその轍を踏んでいるのかどうかはわかりませんが、その可能性については留意しておくべきでしょう。
*1時事ドットコム 届かぬ軌跡「何だこれは」=打ち上げ失敗に安堵も-防衛省
http://www.jiji.com/jc/c?g=pol&k=2012041300346
*2官邸対策室お知らせ(3) 「北朝鮮が、人工衛星と称するミサイルを発射したとの一部報道について」
http://www.kantei.go.jp/jp/kikikanri/northkorea/2012/240413osirase.html
*3宮古島基地 発射情報で信号弾 「今回の発射を巡っては、国から自治体などへ情報を伝えるJアラートは使われませんでしたが、防衛省・自衛隊の内部では情報が伝達されていたことになります」
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20120413/k10014417691000.html
*4政府、ミサイル発射公表遅れ=前回誤発表で慎重、裏目に
http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2012041300277
*5官房長官会見の要旨=北朝鮮ミサイル
http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2012041301060
*6政府関係者「不意を突かれた...」官邸は情報出さず
http://news.tv-asahi.co.jp/news/web/html/220413051.html
*7 宇宙クラスタ(一部軍事クラスタ)による北朝鮮ロケット打ち上げ失敗の考察
http://togetter.com/li/287683
*8 「10カ所のレーダーで確認。約10分間飛行」防衛省
http://news.tv-asahi.co.jp/ann/news/web/html/220413029.html
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