営業は終わった(2)普遍はAIに、個別は人間に
前回、営業を支えてきた前提が二つとも失われつつあることを確認しました。情報の非対称性と、供給の希少性です。そして、あるべき姿を構想する作業までもが、かなりの程度AIに寄せられていくことも申し上げました。
では、何が残るのでしょうか。
「人間にしかできないことがある」という言い方は、気休めにはなっても、指針にはなりません。必要なのは、営業の仕事を工程に分けて、どれが機械に移り、どれが人間に残るのかを、ひとつずつ判定することです。そのための物差しを、先に置いておきます。
移転できるものと、できないもの
移転できるものが「普遍」です。 誰にでも共有でき、他者に伝えられ、言葉にして残せる。知識、理論、方法、手順。だからこそ、機械に移せます。AIが極めるのは、どこまでいってもこの普遍です。
移転できないものが「個別」です。 いま・ここの、この状況。この一回きりの局面。それを引き受けている、この私。同じ状況は二度と訪れず、他人にも機械にも代わってもらえません。
ここで、よくある反論を先に片づけておきます。「AIも一人ひとりに合わせて最適化するではないか」。確かにそうです。しかしそれは統計的な個別であり、細かく刻んだ普遍にすぎません。このセグメント、このパターンを精密に当てているだけであって、一度きりの状況をその身で生き、その結果を引き受ける個別ではないのです。
この物差しを、営業の工程に当ててみます。
営業の工程を仕分ける
市場・業界・競合を調べる。 ── 普遍です。AIのほうが速く、広く、漏れがありません。
お客様の理念と状況を読み解く。 ── 普遍です。公開情報、決算資料、業界構造、過去の発言。突き合わせて整理する作業は、機械の得意分野です。
あるべき姿を構想する。 ── 普遍です。理念と状況と課題から理想の像を導く作業は、情報の網羅性と論理の整合性の勝負だからです。ここは後でもう一度触れます。
提案書を書く、見積もりを作る、商談を記録する、フォローの連絡を入れる。 ── すべて普遍です。人間がやる理由は、もうありません。
提示し、対話し、揺さぶる。 ── ここから個別です。この相手が、いまこの瞬間、何に引っかかり、何に目を輝かせたか。それを受けて、次に何を差し出すか。この判断は、この場に立っている人間にしかできません。
ありたい姿を合意する。 ── 個別です。後述します。
座組みを組み、関係者を束ねる。 ── 個別です。誰と誰の利害が、どこでぶつかっているか。それを解くのは、力学ではなく関係です。
結果を引き受ける。 ── 個別の極みです。
こうして並べてみると、これまで営業の一日を埋めていた作業の大半が、普遍の側にあることがわかります。調べること、整理すること、比較すること、そして論理的に構想すること。ここはAIに委ねられます。委ねるべきです。
「あるべき姿」と「ありたい姿」
その上で、ひとつだけ丁寧に分けておきたい言葉があります。
あるべき姿は、営業が描くものです。お客様の経営理念に照らし、置かれている状況と直面する課題を総合して描かれる、お客様にとっての理想の状態です。お客様が求めていること、つまり要望ではありません。それは現状の延長線上にあります。課題を解決した状態でもありません。それは現状の裏返しであり、やはり現状に縛られています。
そして、あるべき姿は普遍の側にあります。理念と状況と課題から導かれ、検証でき、他人にも書ける。だからこそ、AIと共に描くべきです。 むしろこれからは、AIを使わずに描かれたあるべき姿は、質において劣ります。網羅性でも、論理の緻密さでも、勝てないからです。
ありたい姿は、お客様と合意するものです。営業が描いたあるべき姿をたたき台として議論を重ね、お客様自身が「そうありたい」と引き受けたときに、はじめて生まれます。これは論理ではなく、意志です。
ありたい姿は、個別の側にあります。この経営者が、この状況で、自らの意志として引き受けるもの。ここは移転できません。AIがどれほど精緻な理想像を描いても、それを「我々の姿だ」と引き受ける主体を、AIは持てないからです。
営業の仕事は、この二つをつなぐことにあります。あるべき姿を描き、それを提示し、議論を通じてありたい姿へと至り、その実現を共に進める。
意志には、責任が伴う
そして、ここが決定的な点です。
ここまで「個別を引き受ける」と申し上げてきましたが、これを平たく言い直せば、責任をとるということです。
では、何についての責任でしょうか。案件が予定どおり進むことでも、納品物が仕様どおりであることでもありません。それは請負の責任です。営業が負うのは、その手前にある責任です。すなわち、自分が描いたあるべき姿、そしてお客様と合意したありたい姿が、お客様にとって最善であるということについての責任です。
この責任は、契約書には書かれません。誰も点検してくれません。それでも、これを負う覚悟がなければ、あるべき姿を提示する資格がないのです。
だからこそ、お客様が最後に買っているのは、判断の正しさではありません。間違えたときに、共に責任を負う相手がいるという状態です。
どれほど優れた答えをAIが出しても、「AIが言ったから従っただけだ」という言い逃れは、社会では通用しません。取締役会でも、株主総会でも、現場に対する説明でも、通用しない。決めた人間が責任を負う、という構造は、AIの性能とは無関係に残ります。
これは能力の問題ではなく、立場の問題です。だからこそ、揺らぎません。
そして、信頼とはリスクを引き受ける主体のあいだにしか成立しません。あるべき姿への決断を迫られたお客様が最後に求めるのは、正解の候補を列挙する知性ではなく、共に賭けてくれる相手なのです。
プロデューサーという言葉
ここから、営業の役割を言い直すことができます。
営業が提供しているのは、答えでも解決策でもありません。お客様の意志が立ち上がる場です。お客様が自ら決める瞬間に立ち会い、その帰結を共に引き受ける。
営業とは、お客様のあるべき姿を描き、ありたい姿を共に合意し、その実現を共に引き受けるプロデューサーである。私はそう定義しています。
この言葉は、ここで比喩ではなくなります。プロデューサーとは、座組みを組み、リスクを負い、結果に責任を持つ人のことだからです。そしてもうひとつ言えば、プロデューサーとは、他人の決断を育てる仕事でもあります。
この定義は、AI前提の時代になって新しく生まれたのではありません。ようやく、言い訳のきかない形で、剥き出しになったのです。 これまでは、普遍の作業が営業の日常を埋めていたので、それをこなしているだけでも仕事をしている気になれました。その覆いが剥がれました。
では、個別をどこへ向けるのか
ただし、ここで新しい問いが立ち上がります。
個別とは、「この状況を引き受けている、この私」です。しかしそれだけでは、まだ方向がありません。自社の数字のために引き受けるのも個別なら、お客様のために引き受けるのも個別です。個別であること自体は、善でも悪でもないのです。
何のために引き受けるのか。あるべき姿を、何に照らして描くのか。
そしてもうひとつ。この最善への責任を、どうすれば果たせるのか。覚悟を口にするだけなら誰にでもできます。
次回は、この二つに答えます。そして、その答えを実現するために、なぜAIが必要なのかを解説します。
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