営業は終わった(3)AIを使う者だけが、利他に立てる
前回、普遍はAIに委ね、個別を人間が引き受ける、という線引きをしました。そして、個別を引き受けるとは、自分が描いたあるべき姿と、お客様と合意したありたい姿が、お客様にとって最善であることに責任を負うことだと申し上げました。
そのうえで、問いを二つ残しました。個別を、どこへ向けるのか。そして、その責任を、どうすれば果たせるのか。
あるべき姿は、何に照らして描くのか
あるべき姿は、理念と状況と課題から論理的に導かれます。しかし、論理だけで一意には決まりません。どの理念を重く見るか。どの制約を動かせないものと見るか。誰にとっての最善を最善と呼ぶか。ここには必ず、価値の選択が入ります。
そして、この選択をするのが人間です。何を大切にするのか。お客様にとって何が譲れないのか。この根の質が、その先に生まれるすべての上限を決めます。
では、営業は何を根に置くべきなのでしょうか。
私の答えは、お客様を幸せにすること、です。青臭く聞こえるかもしれません。しかし、これを精神論として語るつもりはありません。営業の仕事において、利他は心構えではなく、工程の順序として制度化できるものだからです。
利他を、規律として置く
守るべき順序は、ひとつです。
あるべき姿を描くときには、自社にできるかできないかを問いません。 お客様にとっての最善とは何かだけを追求します。そのうえで、そこに至る道筋のなかに、自社の可能性を探ります。
この順序が逆になった瞬間、すべてが崩れます。自社の商材から逆算して描かれたあるべき姿は、提案書の顔をした作文にすぎません。お客様は、それを見抜きます。
そして、結果として自社よりも他社のほうがお客様の利益になるのであれば、それを勧めるのも営業です。その案件は取れません。しかし、信頼は確実に残ります。そういうお客様を多く持てば、数字に困ることはありません。
ただし、これは安易に負けを認めてよいということではありません。むしろ逆です。ここにこそ知恵を絞る。製品を知り、技術の動向を知り、市場を読み、そのうえで最善の解決策を描き、自分たちの可能性を最大限に探る。その努力を尽くしてなお他社に及ばないのであれば、それは仕方がない。この順序が大切です。
利他とは、この順序のことです。心の持ちようではなく、手順です。だから、教えることも、点検することもできます。
共通善へ、射程を一段伸ばす
お客様を幸せにするとは、目の前の担当者を満足させることではありません。
あるべき姿の射程を、契約の範囲より一段外へ伸ばすということです。この投資は、お客様の事業をどう変えるのか。それは、お客様のお客様にとって、何をもたらすのか。そして、その先の社会にとって、どういう意味を持つのか。
ここまで射程を伸ばして描かれたあるべき姿は、強い。なぜなら、お客様の経営者が、自分の言葉で社内に語れるようになるからです。決裁は論理では下りません。語れるようになったときに下ります。
そしてこれは、AIには持てない視点です。射程をどこまで伸ばすかは、価値の選択だからです。AIには、引き受けるべき「私」がありません。
どう見出すか ── 対話の作法
では、お客様にとっての幸せを、どうやって見出すのか。これは対話の作法の問題です。
第一に、語らせること。 お客様に悩み事を蕩々と語らせる。混乱した頭の中を整理し、「なるほど、そういうことだったか」という気づきを与える。そこではじめて、お客様は「こんなことをしたい」「こうなりたい」と語り出します。
第二に、足元から入ること。 お客様が提示する課題には、真摯に向き合わなければなりません。全力で解決の道筋を示す。それが先です。提言を聞いてもらえる立場は、目の前の課題に応えた実績によってしか得られません。
しかも、別立てで「では本題を」と切り出すのは得策ではありません。提示された課題への回答そのものに、あるべき姿の片鱗を織り込むのです。「ご指摘の課題はこう解けます。ただし、この解き方を選ぶと、その先でこうなります」──回答の射程が、そのまま提言を聞く価値の証明になります。
第三に、仮説として出すこと。 あるべき姿は仮説です。ですから、否定されることを歓迎してよい。営業が責任を負うのは仮説の的中率ではなく、そこから起きる議論の質のほうです。当たったかどうかよりも、お客様が自らの言葉でありたい姿を語り始めたかどうかを見ます。
責任は、知識に支えられる
ここで、前回残したもうひとつの問いに戻ります。あるべき姿とありたい姿が最善であることへの責任を、どうすれば果たせるのか。
この責任は、覚悟だけでは果たせません。最善だと言い切るためには、お客様以上に、お客様のことを考えていなければならないからです。
お客様は、自らの置かれた立場や状況に縛られています。日々の業務に追われ、社内の力学に囲まれ、業界の常識を疑う余裕がありません。ですから、提示される課題が真の課題であるとはかぎりません。だからこそ営業は、大所高所から、お客様自身が気づいていない前提まで含めて考える役割を担うのです。お客様の事業を、その業界の構造を、競合の動きを、技術の行く先を。そして、お客様の幸せを、自分のことのように考える。そこまでやってはじめて、「これが最善です」と言う資格が生まれます。
しかし、そこまで考えるには、知識が要ります。愛情や熱意では代われません。産業構造を知らずに事業の未来は語れず、技術の動向を知らずに投資の是非は語れないからです。
そして、ここに長らく越えられない壁がありました。この知識を蓄えるには、長い年月と経験が必要だったのです。 だから、多くの営業は最善を描けませんでした。描けないから、知っているものから逆算するしかなかった。そして逆算したものを、あるべき姿と呼んできたのです。
いまは違います。
なぜ、AIが必要なのか
ここまで読んで、こう思われたかもしれません。それは昔から変わらない、優れた営業の姿ではないか、と。
そのとおりです。しかし、決定的に変わったことがあります。これまで、この営業像は、才能と年月に恵まれた一部の人にしか手が届かないものでした。それが、開かれつつあります。 AIによって、です。
理由を、五つ申し上げます。
第一に、時間です。 利他の順序を守るには、自社の商材から逆算しないで最善を描くという、遠回りの作業が要ります。しかし従来の営業は、資料作成、情報収集、社内調整、報告といった普遍の作業に時間の大半を奪われていました。時間がないから、手近な商材から逆算する。役割の再定義は、時間の再配分なしには絵に描いた餅です。AIに作業を徹底的に働かせてはじめて、対話と引き受けに時間を注げます。
第二に、知識です。 ここが最も重要な論点だと考えています。いま申し上げた壁を、AIが外します。最新の技術動向を整理させ、お客様の業界構造を分析させ、競合の戦略を読ませ、自らの仮説を壁打ちし、反論させ、鍛え上げる。一人で百人の専門家と対話するに等しい環境が、すでに手元にあります。長い年月を要した蓄積を、いまは短い時間で足場にできるのです。
大切なのは、その使い方です。漫然と調べるのではありません。このお客様にとっての最善を言い切るために、いま自分に何が足りないのかを立てる。そのうえで、AIを使い倒して、必要な知識を引き出す。 目的は網羅ではなく、責任を負えるだけの足場を築くことです。
つまり、利他の順序を守れなかったのは、心構えの問題である以前に、能力の制約でした。その制約が外れたのですから、もう「知らなかった」は通用しません。AIは、利他を可能にする道具である。 私はそう考えています。
第三に、疑う力です。 AIの答えは流暢です。そして流暢さは、そこに引き受ける主体がいないという事実を覆い隠します。「一般論としては正しい。しかし、この相手、この場面では違う」──これを見抜けるのは、個別に立つ人間だけです。ただし、そのためには、判断の分かれ目になるところについて、AIよりも深く知っていなければなりません。そして皮肉なことに、その深さを最も速く獲得できる方法が、AIとの往復なのです。描かせ、反論させ、こちらの仮説をぶつける。この繰り返しが、疑うための足場をつくります。
第四に、対等性です。 お客様の側もAIを使います。情報の非対称性が消えた相手と対等に渡り合うには、こちらも同じ武器を持つ必要があります。使わない営業は、お客様よりも遅く、狭くなる。それだけのことです。
第五に、説得力です。 AIがビジネスをどう変えるのかを語る本人が、AIを使えていないとすれば、その言葉に誰が耳を貸すでしょうか。自らが実践者であること。自らの働き方の変革をもって、お客様の変革を語ること。それが、これからの信頼の最低条件です。
つまり、こういうことです。営業がAIに置き換えられるのではありません。AIを使いこなし、本質に立ち返った営業が、そうでない営業を置き換えるのです。
ただし、「AI係」になってはいけない
ひとつだけ、境界線を引いておきます。
与えられた仕事をAIに入力し、出てきたものをそのまま渡す。自分の考えも判断も加えない。この使い方は、いくら習熟しても意味がありません。そういう働き方に高い給与を払う経営的合理性はないからです。それはやがて、AIエージェントに任せれば足りる仕事になります。
理由は、はっきりしています。AIが出してくるのは、どこまでいっても普遍だからです。 一般論として正しく、どの企業にも当てはまり、それゆえにどの企業にとっても最善ではない。
そこから先が、人間の仕事です。このお客様の状況、この経営者が使う言葉、この組織がいま動かせる力量、社内で誰が反対するか。それらに合わせて削り、組み替え、優先順位をつけ直す。個別に最適化したうえで、自分の名前で示す。 責任は、この最後の一手にかかっています。右から左へ流しただけの情報に、責任を負うことはできません。
AIを使うこと自体が価値なのではありません。AIに普遍を委ねた分だけ、自分が個別に踏み込むこと。 そこまでやってはじめて、AIは味方になります。
何を身につけるのか
安岡正篤は、知識、見識、胆識という三つを分けました。この区分が、いまほど役に立つ時代はありません。
知識は、普遍です。 社会、テクノロジー、ビジネスの構造。これはAIで劇的に加速できます。ただし、持つ目的が変わります。覚えるためではなく、最善を言い切る責任を負うために、そしてAIの答えを疑うために持つ。 判断の分かれ目になる領域については、AIより深く知っている必要があります。
見識は、境界線が走る場所です。 何を大切にするかを決める力。利他と共通善に照らして、どのあるべき姿を選ぶかを判断する力。ここは人間が担います。そして、知識が薄ければ見識も育ちません。だから第一の知識が要るのです。
胆識は、個別の極みです。 自分の名前で決めること。結果が出るまで離れないこと。自社が最善ではないときには、そう言うこと。
この胆識だけは、教わって身につくものではありません。自分が結果を引き受ける選択を重ね、その帰結を我が身で味わうことによってしか育ちません。うまくいけば手柄が自分のものになり、しくじれば痛みも自分に返ってくる。この手応えこそが、判断力を鍛える砥石です。他人の出した答えを右から左へ流している人には、この砥石は当たりません。AIの答えをいくら大量に浴びても、判断する力は一ミリも育たないのです。
組織がしなければならないこと
ここまでは、営業個人の話です。しかし、これを個人の心構えで終わらせれば、精神論になります。
胆識は、結果を引き受ける経験の積み重ねでしか育ちません。ところが、その経験の入り口にあるのは、日々の小さな判断です。そして小さな判断こそ、AIが真っ先に肩代わりする領域です。放っておけば、私たちは判断力の供給源を断ちながら、判断力を要求することになります。
ですから、組織は意識して逆のことをしなければなりません。
若手に、早く決めさせること。 小さくてよいので、結果が自分に跳ね返ってくる決定を渡すこと。そして、その失敗のコストを組織が吸収すること。
戦略と評価基準を一致させること。 たとえば、フロー型からストック型への転換を掲げながら、営業の評価基準が短期の売上と利益のままだとします。戦略と数字が食い違えば、営業は二重の基準のあいだで引き裂かれ、士気を失います。制度は、経営の本音を映します。ストックを掲げながら短期の売上で測り続ける組織は、制度設計を誤っているというより、経営自身がその戦略に賭け切れていないのです。
戦略と数字が一致していれば、危機感を煽る必要も、精神論を掲げる必要もありません。営業は自律的に目標の達成へ動き、結果として戦略も遂行されます。
「覚悟を持て」と言いながら、何ひとつ決めさせない組織は、知識ばかりの人を量産します。かつて安岡が憂えたのは人の資質でしたが、いまの課題はむしろ、組織の構造のほうにあります。
そして、言葉を終わりにする
三回にわたって申し上げてきたことを、最後にまとめます。
社会から情報の非対称性が消え、企業は供給ではなく構想と伴走を求めるようになりました。その結果、営業の仕事を埋めていた普遍の作業は、AIに委ねられます。
残るのは個別、すなわち、この一回きりの局面を引き受けること。言い換えれば、描いたあるべき姿と、合意したありたい姿が、お客様にとって最善であることに責任を負うことです。
その責任を負うには、お客様以上にお客様のことを考えなければならず、そのためには知識が要ります。かつて長い年月を要したその知識を、AIが手の届くところまで運んできました。だからこそ、AIを使い倒す。ただし、出てきた普遍を右から左へ流すのではなく、お客様の個別に合わせて最適化し、自分の名前で示す。
そして、この責任に方向を与えるのが、お客様を幸せにするという利他であり、その射程を社会へ伸ばした共通善です。
必要な常識を持ち、未来に至る地図を持ち、そこに至る物語を描くこと。
お客様と対等に渡り合い、対話して、相手の考えや想いを「ありたい姿」に昇華させること。
自社だけではない様々なプレイヤーを束ね、ひとつの方向に向かわせること。
そして、AIを最強の相棒として使いこなし、人間にしかできない役割に、自らの時間と情熱を注ぎ込むこと。
そんな力を持つ人たちを、古くさい「営業」という言葉でくくってしまいたくはありません。「営業」の再定義が必要です。いや、それはもはや「営業」という言葉ではないのかもしれません。むしろ積極的に、この言葉を終わりにして、新しい名を与えるべきでしょう。
AIは、営業を終わらせます。しかし同時に、営業がずっと置き去りにしてきた本来の価値と目的を、これ以上ないほど鮮明に照らし出してもいます。
時代は、いまそんな人材を求めています。
ITプロフェッショナルとして働く喜びを知り、
残り、以下の2回のみとなりました。
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2026年8月26日(水) 9:30〜17:00
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