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戦略と業績評価を一致させる"ことが企業変革の原動力になる 2/2

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前回は、多くのSIerが、人月ビジネスからクラウド化やストック型ビジネスへの戦略転換を掲げる一方で、経営層が示す戦略と現場に対する評価が乖離するダブル・スタンダードによって、社員のモチベーション低下や思考停止を招いてしまい、うまく進まないことを示しました。

この問題を解決するには、評価制度と報酬体系を見直し、事業戦略と整合させる必要があります。今回は、この具体的な方法について考えます。

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ダブル・スタンダードを解消するための具体策

では、どうすれば事業戦略と業績評価を一致させることができるのでしょうか。「事業戦略と営業の業績評価」を例に解説します。

1. OKRObjectives and Key Results)の導入

近年、多くの企業でOKRObjectives and Key Results)を取り入れる動きが広がっています。OKRは「Objective(目標)」と「Key Results(主要な成果指標)」を設定し、その達成度合いを定期的に振り返りながら組織の方向性を合わせていく仕組みです。例えば、「クラウド契約件数を四半期で20%増やす」といった明確なObjectiveを掲げ、そこから逆算したKey Results(新規顧客〇件、既存顧客への追加契約数〇件など)を細かく設定します。

  • 事業戦略との連動
    • 経営が掲げる「クラウド売上拡大」や「サブスクリプション型サービスへの移行」などの大目標を、各部門・各個人レベルのOKRへと落とし込むことで、会社全体の優先順位をブレさせずに行動指針を示すことができます。
    • これにより「会社の戦略」と「個人の成果指標」が一致しやすくなり、従来の売上重視型評価に縛られない柔軟な目標管理が可能になります。
  • 定期的なフィードバックと修正
    • OKRは四半期など短いサイクルで進捗を確認し、必要に応じて目標の修正を行います。事業環境が急変しても素早く新たな重点施策を設定し、評価にも反映できるため、戦略と評価のギャップをタイムリーに埋められます。

2. ポスティング制度による社内異動の活性化

ポスティング制度(社内公募制度)は、部署やプロジェクトを募集し、社員が自発的に応募できる仕組みのことです。人事異動というと従来は「上司や人事部門の辞令によるトップダウン型」が主流でしたが、近年は「自ら手を挙げて新規部署や重要戦略を担うポストに移る」という柔軟な仕組みが注目されています。

  • 事業戦略に即した人材配置
    • たとえば「クラウドサービスの開発・運用部門」「サブスクリプション型ビジネスの営業チーム」といった、今後伸ばしたい部署やプロジェクトを社内公募します。そこへ自発的に応募した社員は「事業戦略を推進する最前線で働きたい」という強い動機を持っている場合が多く、結果的に組織の変革スピードが加速します。
  • 社員のキャリア意欲と企業戦略の合流
    • 社員にとっては、自らが興味を持ち活躍したい領域へ手を挙げることができるため、モチベーションや当事者意識が高まりやすくなります。企業側にとっても、必要な人材を適所に配置し、クラウドや新規事業の推進力を強化できるメリットがあります。
  • 評価との連動
    • ポスティング制度を活用し、戦略部門で成果を出した社員がきちんと評価される仕組みを用意しておくことが重要です。具体的には「新規事業部門に応募し、一定のKPIを達成した場合、評価を上乗せする」「ポスティング制度の活用者にはスキルアップ研修やリーダーシップ研修を優先的に受けられる」など、キャリアパスと評価制度をセットで設計します。

3. 戦略商品やサービスへの重みづけ変更

従来の売上・利益重視の評価をそのまま適用すると、クラウドやサブスクリプション型サービスは初期売上が小さく見え、営業から敬遠されがちです。これを避けるには、戦略商品やサービスに対して特別に重みづけを行う仕組みが欠かせません。

  • 長期的収益の評価
    • 例として、クラウドサービスの受注時に「3年分の契約をまとめて評価する」「売上単価が低く見える代わりに、継続率やアップセル分を加味して高ポイントを設定する」など、長期的な見方でインセンティブを設計します。
  • 短期成果に偏らない評価制度
    • 「売上が大きい商品はポイントが高いが、戦略商品はさらにその何倍ものポイントを設定する」など、企業が重点を置いているサービスに自然と力が注がれる仕掛けが有効です。

4. 担当営業の役割分担と指標の細分化

全営業が同じ指標で評価されると、たとえば新規開拓営業は既存顧客の売上増に注力しづらくなり、既存顧客担当は新規案件を追うインセンティブがないなど、ミスマッチが起こります。これを解消するためには、担当業務や顧客特性に応じた評価指標の細分化が有効です。

  • 新規顧客開拓
    • 「年間〇件の新規クラウド案件獲得を目標とし、達成度合いをOKRに組み込み、かつ業績評価に直結させる」など、明確なルール化でモチベーションを高めます。
  • 既存顧客担当
    • 「対前年比〇%の継続率を達成」「アップセル率を〇%超え」などの指標を設けることで、既存顧客の深耕に適正な評価が得られるようにします。
  • プロジェクトリーダーやアライアンス営業
    • 戦略事業の立ち上げや協業推進担当には、「事業連携数」「新サービスリリース数」「収益貢献度合い」といった指標を設定し、これらもOKRに落とし込むことでプロセスと成果を可視化します。

5. 期中の目標修正とボーナスポイントの柔軟運用

  • ビジネス環境は刻々と変化するため、四半期ごと、あるいは必要に応じて目標を修正し、ポイントを上乗せする仕組みを設けることが重要です。
  • OKRレビューのタイミングで修正四半期ごとのOKRレビューにおいて、市場環境や技術トレンドを踏まえた新たな重点施策を追加し、その結果をコミッションやボーナスに紐づけることで、スピーディに現場を動かせます。
  • 特別キャンペーンの実施。たとえば急遽浮上した重要戦略案件(新たなクラウドソリューションのリリースなど)に対して、「完遂できたら通常の2倍のポイントを付与する」といったアドホックなキャンペーンを展開し、素早く営業の注力を高める方法もあります。

評価制度を"戦略ツール"として活かすために

これらの具体策を実行するうえで鍵となるのは、経営層や事業責任者が「評価制度の変革」に本気で取り組む意志を示すことです。OKRを導入するにも、ポスティング制度を機能させるにも、相応の手間や仕組みづくりが不可欠です。しかし、その労力を惜しんで精神論やトップダウン型の号令だけに頼っていては、いつまでたっても「ダブル・スタンダード」は解消できません。

  • OKRの導入により、企業の戦略目標を個人レベルにまで落とし込んで定期的にフィードバックを行うことで、迅速かつ柔軟な目標管理が可能になります。
  • ポスティング制度で社内異動を活性化し、自発的に新戦略や新規事業に手を挙げる社員を増やせば、組織内に新たな挑戦やイノベーションの芽が生まれやすくなります。
  • 戦略的重みづけや細分化された指標設計によって、クラウドやサブスクリプションなど将来的な成長ドライバーをしっかりと評価・奨励する仕組みが整えば、短期売上重視の評価から抜け出せるでしょう。
  • 期中の目標修正やボーナスポイントの柔軟運用により、急な市場変化にも対応しやすくなり、戦略と評価のギャップを小さく抑えることができます。

結局、事業戦略と業績評価を一致させなければ、現場は思うように動かないという根本問題は変わりません。だからこそ、OKRやポスティング制度などの新しい取り組みを賢く組み合わせ、企業戦略の転換期にしっかりと評価制度を刷新することで、ダブル・スタンダードを解消し、組織が一枚岩となって変革へと突き進む原動力を生み出していくことが求められます。

上記は、「事業戦略と営業の業績評価」についての取り組みですが、それぞれの組織においても同様のやり方が使えそうです。

経営者・事業責任者が直面するジレンマ

このように、評価制度に手を入れていくことは経営者としても大きな挑戦です。なかには「人事評価をいじるのは簡単ではない」「すべてお財布でコントロールするやり方は日本的企業文化に合わない」という声もあるでしょう。特に、オーナー企業などでは「もっと自発的に、会社のために尽くす姿勢を示してほしい」といった精神論に走りがちな傾向があります。

しかし、多くの現場社員は会社への愛社精神は持ち合わせているものの、評価指標と成果のつながりがあいまいなままでは動きづらいのも事実です。経営者がいくら危機感を煽り、改革を呼びかけたとしても、評価制度が現実にそぐわないままでは実際の行動を変えるインセンティブは生まれません。それどころか、無理な短期目標を課されて疲弊し、結局は保身を優先する「指示待ち症候群」に陥りがちです。

"戦略と業績評価を一致させる"ことが企業変革の原動力になる

戦略と評価制度を一致させることのメリットは、現場が自発的に動くようになる点にあります。単に指示を受けて仕事をするのではなく、自分の評価や報酬にもかかわる「戦略上の重要目標」をクリアしようと、自然に創意工夫が生まれるのです。これは同時に、社員一人ひとりの戦略思考力を鍛えることにもつながります。たとえばクラウド案件の提案を強化するために、パートナー企業との協業や新たなサービスメニューの開発などを積極的に模索する動きが出てくるでしょう。そうした動きは、決して「トップダウンの号令」だけでは生まれません。現場が自発的に知恵を絞ってこそ、真の改革が可能になるのです。

この一連のプロセスは決して楽なものではなく、制度設計や社内外の調整にも相応のリソースが必要です。それでも、「クラウド売上を伸ばす」「フローからストックへビジネスモデルを変えていく」といった大きな転換を成し遂げるためには、ここを避けては通れません。現場にその意義がしっかり伝わり、成果がきちんと個々人の評価に反映される仕組みを構築すれば、組織全体が同じ方向に向かって、自律的に力を発揮できるようになるでしょう。

評価制度を"戦略ツール"として活用する

結局のところ、企業変革を本気で実現したいのであれば、経営者や事業責任者は「事業戦略と業績評価を一致させる仕組みづくり」に覚悟をもって取り組むしかありません。たとえ時間やコストがかかったとしても、その先には今までとは違う収益構造や事業領域が拓けている可能性があります。逆に、この手間を惜しんで精神論に頼り続ける限り、社員のモチベーションは上がらず、組織の変革もままならないまま、停滞感が漂うだけです。

「クラウド案件を増やしたい」「ストック型のビジネスを主力に切り替えたい」などの戦略目標の達成を真剣に考えるならば、まずは現場が報われる評価基準を整え、経営層と従業員の意識を一致させることが鍵となります。

戦略目標と評価制度の統合は、一朝一夕にできるものではありませんが、ここに本腰を入れて取り組めばこそ、企業の変革スピードは飛躍的に高まり、大きな成果を掴むことができるでしょう。

「事業戦略と業績評価を一致させる」

これができて初めて、自律的な行動の変容が促され、変革が達成できることを心得ておくべきです。

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