マウスピースで噛み合わせを挙げたら、口をクチュクチュ言わせる不随意運動がなくなった症例
杉並区西荻窪で入れ歯治療を数多く手がける歯医者
いとう歯科医院の伊藤高史です。
「クチュクチュ...」
下アゴが勝手に動いて数十秒おきに舌打ちするような音を立てます。
2年前に下アゴの三叉神経痛の手術を受けて以来ずっと続いているこの症状に悩まされているのは60代女性のYさん。
三叉神経痛特有の鋭く激しい痛みがなくなったので手術は成功といえます。
とはいえその副作用としてクチュクチュと音を立てる下アゴの不随意運動が起きてしまった。
痛みもないし食事もできますが、いつも音を立てているのは困ります。
仕事をしているYさんは満員電車やエレベーター内で人の目を常に気にせざるを得ません。
このままではやはり日常生活に支障があります。
しかしYさんはその不随意運動が止め方を知っていました。
それは口の中にガーゼを入れること。
手術後に傷の保護のために術部にガーゼを入れていました。
そのガーゼを入れている間は不随意運動はなかったのです。
問題は常にガーゼを口の中に入れているわけにはいかないことです。
そこで今回は口腔内装置マウスピースを作ることにしました。
それも下アゴの歯にかぶせるマウスピースです。
保険治療で入れ歯調整できます
ちなみに他の歯医者にて上の歯にかぶせるマウスピースを作ったことがあったものの不随意運動は止まらなかったそう。
他の歯医者さまを批判したいわけではありません。
一般的にマウスピースは上の歯に作ることが多いと思います。
私もマウスピースを作ることがありますが、これまでほとんど全部の症例で上の歯にかぶせるマウスピースでした。
ガーゼを入れていた状態を私は当然知りません。
なぜならもうとっくに手術跡はきれいに治っているからです。
推測するとおそらくガーゼを入れていた間は上下の歯が噛まず、咬み合わせが挙がっていた状態だったと思われます。
そうすることで不随意運動が止まったのでしょう。
自分は確定診断ができないので100%そうだとはいえないものの、このような不随意運動はオーラルディストニア、ディスキネジアと思われました。
保険治療で入れ歯と口の機能検査できます。隠れた不調がわかります
診断基準のひとつとして
「何か(ガム、あめ、マウスピースなど)が口の中に入っていると症状が楽になる」
というものがあります。
参考文献:https://dyskaizen.jimdoweb.com/pathology-overview/oromandibular-dystonia-dyskinesia/
マウスピースを着けたYさんは
「あっ、舌打ちが止まりました!」
と笑顔です。
しばらく様子を見たところ、おっしゃる通り不随意運動は止まっています。
先ほどの参考文献によると
「比較的軽症の場合、マウスピース(スプリント)を使うことで、完全には治せなくても、感覚トリックにより症状が軽減する場合があります。
一般には内服治療やボツリヌス治療と併用する治療法と言えますが、なかにはマウスピースだけで症状が消失する人もいます(逆に全く効果が出ない人もいます)。
また、ジスキネジアに対しても効くことがあります。
ただし、残念ながら長期的には効果が減弱してくることも珍しくないようです。
神経内科ではマウスピースを作れないので、神経内科から適切な歯科に紹介していただくしかありません。
今現在、一般の歯医者では口のジストニアとしての治療を受けられませんが、ジストニア専用の物でない普通のマウスピースでも効果が出る場合はあるようです」
とありました。
効果がないこともあるもののYさんには効果ありました。
とくに外出時など必要な場合にマウスピースを使っていただくようご説明して、この日は治療終了。
1週間後に経過をうかがうと
「あれからマウスピースを着けていると舌打ちしなくなったんですよ!」
笑顔で答えてくださいました。
これからも定期的に様子を見ていくことにします。
もっとも長期的には効果が減弱することもあります。
ですからマウスピースの効果がなくなった事態を想定して、大学病院への紹介状も書いて準備しておきました。
ただ今回は必要なさそうなので
Yさんのカルテの底にはさんであります。
オーラルディスキネジアと解決法について
オーラルディスキネジア(口腔ジスキネジア、Tardive Dyskinesia)は主に不随意な口腔や顔面の動きを特徴とする神経学的症状のことを言います。
この状態は、長期間の抗精神病薬の使用によって引き起こされることが多いです。
とくに統合失調症や双極性障害の治療に用いられる薬剤が原因となる場合があります。
ただ今回のように顎顔面領域の外科手術をきっかけとして起こることもあります。
症状としては、舌の突出し、唇の smack(吸うような音)、咀嚼運動、顔のしかめっ面などが挙げられ、これが日常生活に支障をきたすことも少なくありません。
オーラルディスキネジアの概要とその解決法について詳しく説明します。
オーラルディスキネジアの原因
オーラルディスキネジアは、主にドーパミン受容体の過敏性が関与していると考えられています。
抗精神病薬はドーパミンD2受容体を遮断する作用を持ち、これが長期間続くと脳が代償的に受容体の感受性を高め、不随意運動を引き起こす可能性があります。
第一世代の抗精神病薬(ハロペリドールやクロルプロマジンなど)でリスクが高いとされていますが、第二世代の薬剤(オランザピンやリスペリドンなど)でも発生する可能性はゼロではありません。
また、高齢者や女性、薬物使用歴が長い人ほど発症リスクが高い傾向があります。
症状の特徴
この症状は、薬の使用を中止してもすぐには改善しないことが多く、持続的または不可逆的な場合もあります。
動きは無意識に起こり、本人が気づかないこともあります。
周囲からは奇妙に見えるため、社会的な孤立や心理的ストレスの原因にもなり得ます。
まさに今回の症例のとおりです。
診断は、症状の観察と薬歴の確認に基づいて行なわれ、他の運動障害(パーキンソン病やハンチントン病など)との鑑別が重要です。
オーラルディスキネジア、解決法と治療アプローチ
オーラルディスキネジアの解決法は完全な治療が難しい場合もありますが、症状の軽減や管理を目指すアプローチが取られます。
以下に主な方法を紹介します。
薬剤の見直し
まず原因となる抗精神病薬の減量または中止が検討されます。
ただし急に中止すると精神症状が悪化する恐れがあるため、医師の管理下で徐々に調整します。
可能であれば、第二世代の抗精神病薬への切り替えが試みられることもあります。
薬物療法
最近では、バルベナジン(Valbenazine)やデューテトラベナジン(Deutetrabenazine)といった薬が、オーラルディスキネジアの治療に有効とされています。
これらはVMAT2阻害剤として働き、ドーパミンの放出を調整することで症状を抑えます。
米国ではFDA承認を受けており一定の効果が報告されています。
支持療法
ビタミンEやGABA作動薬(クロナゼパムなど)が補助的に使用されることもあります。
ビタミンEは抗酸化作用で神経保護を試みるものですが、効果は限定的との研究もあります。
非薬物療法
ボツリヌストキシン(ボトックス)の注射が、重度の局所的な症状に対して行われる場合があります。
また認知行動療法やリハビリテーションで、症状への対処法を学ぶ支援も効果的です。
予防の重要性
発症を防ぐためには、抗精神病薬の必要最低限の使用と定期的なモニタリングが推奨されます。
長期間の使用が見込まれる場合は医師とリスクについて十分に話し合うことが大切です。
生活への影響と対処
オーラルディスキネジアは今回のように外見上の変化から羞恥心や不安を引き起こすことがあり、QOL(生活の質)に影響します。
家族や周囲の理解とサポートも重要で、必要に応じてカウンセリングを受けるのも一つの手です。
また、症状が軽度であれば、マスクの着用や意識的なリラクゼーションで対処する人もいます。
結論
オーラルディスキネジアは、抗精神病薬の副作用として現れる可能性のある複雑な症状です。
完全な解決は難しいものの、薬剤調整や新たな治療薬の活用で症状を軽減できるケースが増えています。
発症リスクを最小限に抑えるためには、治療の初期から医師と密に連携し、適切な管理を行うことが鍵となります。
もし自身や周囲の人がこの症状に悩んでいる場合、早めに専門医に相談することをお勧めします。
ちなみに当院は入れ歯治療を数多く手がける歯医者です。
入れ歯の咬み合わせを変えて使い勝手を向上させる修理をよく行ないます。
その際、多くの場合で下の入れ歯で咬み合わせをコントロールします。
なぜなら上の歯並びは機械的に決定できることが多くて、後から変える余地があまりないからです。
機械的とは、たとえば
・一番前の歯の切端と鼻の下の距離は平均25mm
・上の前歯の切端や奥歯の山の頂上を全て結ぶと一つの平面ができます。
その平面を咬合平面といいます。
また両耳の穴の下の部分と鼻の下を結んだ平面をカンペル平面といいます。
咬合平面とカンペル平面は平行とされています。
この二つのことから上の歯並びは機械的に決まります。
いっぽう下アゴの位置は人によって著しく変わります。
上アゴのような法則的なものがありません。
だからこそ変える余地があるといえます。
そのように下の歯並びを変える治療を数多く手がけていたので今回のような下アゴのマウスピースも比較的抵抗感なく作れたのだと思います。
https://www.ireba-ito.com/→いとう歯科医院