■ 歯科医の高額治療とガソリンスタンドの意外な共通点
すこし前の話です。ガソリンスタンドを利用するたびに店員さんから言われることがありました。
「水抜き剤はどうですか」
「オイル交換がお得です」
「洗車すぐですよ」
とはいえ今どきの車に水抜き剤は要りません。エンジンオイルはディーラーで半年ごとに交換していますし、洗車は近くの洗車専門店へ持っていきます。
「ガソリンスタンドって、ガソリンを売るだけで儲かるんでしょう?」
行くたびに売りこまれるのが不快だったので素直に聞くと思わぬウラ事情を知ることになりました。
「いやいや~そんなことないんすよ。実はですね...」
人件費や税金、維持費などを払うと、ガソリンを入れるだけでは赤字だそうです。
それで水抜き剤とか色々と売らないと成り立たない。
そんな苦しい台所事情を告白してくれました。
「えっ、ここもなんだ?」
そんな経営の苦しさは歯科医と同じでした。
大学を卒業後に私は実家のいとう歯科医院に戻る前に数軒ほど都心のデンタルクリニックに勤めたことがあります。
どこに勤めても、売上、家賃、人件費、借金などのリアルな数字を目にするのですが、そこでわかったのは多くのデンタルクリニックは「保険治療だけでは赤字になる」厳しい現実でした。
保険が適応されるのは、高額治療を対象外としているので、大きな金額がかからないようになっています。
クリニックに給付される金額には限度があって、そこから家賃、人件費、借金などの固定費を差し引くと保険治療だけでは赤字になってしまうのです。
その他にも歯科医が自費治療に走る理由としては
・駅前の一等地など家賃が高い場所で開業している
・スタッフを数多く雇っている
・無謀な借金をしていまう
などがあげられます。
私が勤務していたデンタルクリニックにおいて課せられていたノルマ(金額)を父に話したことがあります。
父はとても驚いて
「俺はバブル時代を知っているて、その時は羽振りが良かった。そんな自分でも、お前の言っている金額を、どうやって稼げばいいのか見当もつかないぞ」
と言われたものです。
ガソリンスタンドの現状も、ほとんど同じ構造なのではないかと推測しています。
ガソリンは歯科の保険治療と違い、世界情勢などに伴って価格の上下動が大きくなりがちです。
そんな価格高騰のあおりを受けたのかもしれませんが、その売りこみに熱心だったガソリンスタンドは数年ほどで廃業してしまいました。
また当時勤めていた歯科医院も、私が辞めてから数年後に保険治療の不正請求が発覚して廃院となっています。
手練手管でひとつでも多く売ったり、少しでも高額な商品を売らなければ維持できないようなシステムは経営が難しいとわかりました。
いっぽう当院は80年以上前に開設した祖父の代から固定費が最小限で済むシステムで経営し続けています。
スタッフを雇わないので人件費ゼロ。
開業時から移転や大きな改装をしないので借金もゼロ。
だから患者さんにとって経済的な負担が大きい高額な自費治療を売り込む必要はなく、低額な保険治療をメインにしていても医院を継続できます。
私の知り合いで関西の大都市で支店を2軒出して拡大経営をしている医師がいます。
当院が入れ歯治療、虫歯治療、歯周病治療など、すべて保険治療で行なっていると言ったら
「それで、どうやって生きていけるの?」
と心底不思議そうな顔でした。
そこで家賃ゼロ、人件費ゼロ、借金ゼロの話をしたところ
「えーっ! 借金ゼロ、めっちゃいいなあ」
と今度は心底うらやましそうな表情に変わりました。
やっぱり苦しい台所事情みたいです。
私は保険治療だけを行うことが100%良くて正しいなどとは言いません。
立地条件などで高額な治療をやらなければ維持できない歯科医院があることくらい、身をもって知っています。
ですが歯科医院の多くが「右にならえ」で高額な自由診療に積極的に切り替える必要があるのかと疑問を感じています。
当医院の周辺地域でも保険の適応範囲内での治療を希望する患者さんは数多くいらっしゃいます。
だからこれからも一台数千万円という最先端の医療機器などなくてもできる、保険治療を中心とした歯科医院であり続けようと思います。
西荻窪 いとう歯科医院 ホームページhttps://www.ireba-ito.com