オルタナティブ・ブログ > 「天下夢想onオルタナティブBLOG」 >

テクノロジーとライフスタイルの未来を夢想しよう

電車やバスで席を譲られた人は素直に受けたほうがいいと思う

»

しばらく前に乗り合わせた電車で、席を譲られた女性がかたくなに拒んで、そのまま遠ざかって行ってしまい、席を譲ろうとした方がまた座るのも気まずい感じで立ちつくしている光景を見かけました。

また、先日は赤ちゃんをだっこ(おんぶひもが前になってる状態)でベビーカートを押したお母さんが、おばさんからここにすわりなさいな、と言われたのに、いや近いですからいいです、とお断り。

これまた譲った方は再び座るでなく、席が空いたまま。

うーん。。


座席を譲ってもらうほど高齢だとか困っているとかでなくても、いいじゃないですか、親切は素直に受けましょうよ。

思いきって声をかけた人に、あれれ、どうしよう・・・ と思わせてもなんにもいいことないし。


譲ってくれてありがとう、譲ってあげてヨカッタ、(見ている人も)いい光景だな、ということになればそれでいいじゃないですか。


思いやりはどしどし表に出せばいいし、好意は素直に受けることで、やさしい空気が広がると思います。

Comment(7)

コメント

「この人は譲っても断るかも」という感じの人が前に立った場合は、次の駅の直前に「どうぞー」と言って席を立っていったん降りて、隣の車輌に移動したりします。その後座ってくれたかどうかは確認していませんが。。。(私も何度か上げた腰を下げそこなって困ったことがあったので。)

pepper

親切の押売りですか? 頭の体操には良いかも。
当事者じゃないので、正解はわかりませんが、
- 本当に近い。
- 座ると立つのが面倒。(子供抱っこしてると重い)
- 自分は弱者じゃない。
- 座る事で回りに迷惑を掛ける。
相手がおじさんだと、親切の押売りお断り、、とも思ったが、おばさん相手では少ないか?
素直に受けるのにもエネルギーは要ります。外野がとやかく言う問題ではないですね。

磯島 大

satoさん

なるほど、そんなテクニックがありましたか!;)

磯島 大

pepperさん

論点としては、できるだけ多くの人が気持よくいられる社会をかたちづくるにはどんなふうにしていけばいいだろう?というところです。
いずれにしても100%は難しいとは思いますが、方向感として。

pepper

磯島さん、
譲られた人が座る義務は無いですね。余計なお世話かも知れないし。子連れは何もなくてもストレスはあるし、余計なストレスを増やしただけかも知れません。他人の為に、ストレスを増やす必要がありますか?
ふと思ったのが一つのゲームと思えば、気が楽かと。座ってくれたら、ゲームの勝ち。もっとも外野はゲームに参加していないので、それ以前ですが。
それより、一人で二人以上の席を占めているいる人にどう自覚させられるかですね。今日、そんな現場に会いました。本人は全く自覚無し。
satoさんの件は昔、そうした事もありましたが、最近は自分がお疲れモードとなっています。例え、座らなくても知った事では無いし、自分的にも納得できるので。

あとり

ありますね。
「席を譲りましょう」というのであれば、「譲られたら素直に座りましょう」というのがセットだと思います。
実際に座ると却って大変な場合もあるのはわかりますが、断り方の問題は大きいですね。
席を譲ろうとして断られた経験は、どうせ断られるので席を譲ろうするなんて無駄なことはしないという行動にもつながりますから。
高齢者や妊婦、具合が悪そうな人の前でタヌキ寝入りを決め込んでる人も、かつて親切を無にされたせいでそうなったかもしれませんし。
自分も面倒なので、見るに見かねて「とにかく座ってくれ」という場合以外は、声もかけずに次の駅で一旦降りて別車両に行くことにしてます。
実際そこに誰が座るかは知りませんが。

pepper

赤ちゃんだっこで、ベビーカートなら、座りたくないのも良く分かります。だって座ったら、ベビーカートどうするの? 譲ってくれた人に期待するの? 読み返して気が付きました。相手の事を考えない親切は、いじめになります。電車を降りるまで面倒を見てあげられるのなら良いですが、親切の押売りは、唯の自己満足です。 相手の迷惑にならない事を気をつけないと。ベビーカート無くても子供を抱っこしていると、抱っこしてる子が両側の人にキックなんてのもあったりして、結構、気を使いました。昔の事です。

コメントを投稿する