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失敗のマッピング 〜坂井直樹氏が語った、谷を歩き、次の山に登る生き方〜

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成功か、失敗か。私たちは物事を、その二つに単純に分けてしまってはいないか。

坂井直樹氏のトークを聞いていて、そんなことを考えた。失敗にもさまざまな種類があり、重要なのは、失敗をどう位置づけ、どう経験するかではないか。

印象に残ったのは、「失敗しない限り成功はない」という言葉と、「失敗のマッピング」という発想だった。

8/25下北沢での、坂井直樹氏の自叙伝『ピークではなく、谷を歩く。』の刊行記念イベントでは、坂井氏とコンセプターの吉田将英氏による対談に続き、会場との質疑応答が行われた。そこでは、失敗、偶然、キャリア、教育、そしてブランドについて、坂井氏ならではの、型にはまらない発想が次々と披露された。

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「失敗しない限り、成功はない」

成功者の話は、「いかに成功したか」に焦点が当たりがち。しかし、日産「Be-1」やオリンパス「O-product」など、時代を象徴するプロダクトを生み出してきたコンセプター・坂井直樹氏が、自らの人生を振り返る際に選んだテーマは「ピーク」ではなく「谷」だった。そして、Q&Aでは「失敗」が話題となった。

教育に携わる参加者から、「最近の若者は失敗を恐れる。失敗を面白がれるようにするにはどうすればいいか」という質問が出た。

坂井氏はシンプルに答える。「失敗しない限り、成功ってないんですよね」

重要なのは、単に失敗を肯定することではない。失敗には「度合い」があり、その大きさや質を理解するには、自分自身で経験するしかないという。私には、これはよく言われる「失敗を恐れるな」という言葉より、もう一歩踏み込んだ話に聞こえた。

人は失敗を経験することで初めて、「ここまではやっても大丈夫」「これは本当に危険だ」という感覚を身につける。つまり失敗は、知識ではなく身体感覚を伴った判断力を育てるのだ。そして、「失敗しない人」をつくるのではなく、「失敗から回復できる人」をつくることが大切だと思った。

わざと失敗する? 失敗のマッピング

もう一つ興味深かったのが、「意図的に失敗すること」をめぐる議論だ。

参加者から、ある編集者が雑誌づくりにおいて「絶対に売れない企画」をあえて入れたという逸話が紹介された。売れると分かっているテーマだけではなく、短期的には部数につながらなくても、将来につながる企画を意図的に試す。例えば確実に売れる海外都市ではなく、当時は読者が少ないような地域を取り上げる。目先では外れでも、それが後になって価値を持つ可能性がある。

これは、「谷」をどう考えるかという問いにもつながる。

坂井氏はここで、失敗を単純に一括りにするのではなく、「失敗のマッピング」を考えることを提案する。意図的な実験としての失敗と、予想外の結果として訪れる失敗は違う。避けるべき失敗もあれば、あらかじめ予定しておく失敗もあるだろう。

例えば私は、シリコンバレーの仲間から「Fail fast(早く失敗する)」という考え方を学んだ。スタートアップは、小さな失敗を早く経験することで、早い段階でPivot(方向転換)できる。結果として、大きな失敗を避け、ダメージを小さくしながら成功確率を高めることができる。まさに、失敗も使いようなのだ。

すべての失敗が同じではない。致命傷になる失敗もある。一方で、小さな損失を払ってでも試してみる価値がある失敗もある。問題は、「失敗するか、しないか」ではない。どんな失敗を、どの程度まで許容し、そこから何を得るかだ。つまり、重要なのは「失敗ゼロ」を目指すことではなく、「どんな失敗を経験するか」を選ぶことだ。

企業経営に置き換えれば、これは重要な論点だ。

すべての新規事業に短期的なROIを求めれば、組織は既存事業の延長線上から抜け出せなくなる。一方で、何でも「挑戦だから」と許せば、失敗から学ぶ仕組みがない限り、同じ失敗を繰り返すことにもなりかねない。

必要なのは、成功と失敗の二分法ではない。「どんな失敗なら経験する価値があるのか」「何を学ぶために、どこまでの損失を許容するのか」を設計することだ。失敗もまた、経営資源として戦略化できるということだ。

高いピークには、深い谷がある

坂井氏は、「高ければ谷も深い」と言う。

多くの人はピークを求める。しかし、ピークだけの人生は存在しない。大きな挑戦をすれば、成功の可能性がある一方で、大きな失敗もある。言い換えれば、谷に落ちないことを人生の目的にすると、高い山には登れない。

坂井氏のメッセージは、「失敗しても大丈夫」という安易な励ましではない。私には、大きなものを得ようとするなら、谷もまた避けられないという現実を受け入れよ、と言われているように聞こえた。

ただし、谷にいるだけでは成長しない。

谷をどう意味づけるか。失敗を単なる敗北として終わらせるのか。それとも、次のチャレンジのための経験として蓄積するのか。その差が、次に登る山を変えるだろう。

「谷」を歩く人だけが、次の景色を見る

坂井氏の言葉には、成功と失敗の間をどう生きるか、という問いが表れている。

失敗を避けて最短距離で目的地に着くことでは、人生や創造の価値は追求できない。効率よく正解に到達するのでなく、むしろ正解が分からない世界でどう歩むか。それが、私たちに向けられた問いではないか。

いまAIによって「正解らしい答え」を得ることは以前より容易になった。しかし、AIが示す「もっともらしい答え」を採用するだけでは、新しい山には登れない。どこに登るのかを決めること、そして未知の道に踏み出すことは、依然として人間の仕事だ。

「ピークではなく、谷を歩く」。

高いピークには深い谷がある。失敗なくして成功はない。谷を経験し、その中で考え、また次へ進む。その繰り返しが、人間の創造性やキャリアを形づくる。

79歳のコンセプター・坂井直樹氏の話から、私はそんなメッセージを受け取った。

* 書籍:坂井直樹著『ピークではなく、谷を歩く。 Walking the Valley -- A Life Built with Failure』もご覧ください。

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