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他人の評価が気になる人へ 坂井直樹氏の心に残るアドバイス

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プレゼンや発表、会議のあと、「どう評価されたのだろう」と落ち着かない──多くの方が経験する悩みではないでしょうか。

レジェンドたるコンセプター、坂井直樹氏にCICでのセッション「常識を壊す人は、何を見ているのか」に登壇いただいた際、この悩みへの回答が印象的だったので紹介します。

【問い:妻・絢子=ピアニストから】 「人前で何かをするとか、何かを発表したり発信したりする時に、他人の評価を受けるということは仕方がない事なので、その評価にいちいち一喜一憂しないということは頭では分かってはいる。けれども、その評価に心がざわついたり、自信を無くす自分もいて。他人の評価に左右されない自分、それでも自分を信じてやり続けられる心の保ち方はどうすれば良いのか。」

これに対する、坂井直樹氏の回答が秀逸でした。

【坂井直樹氏の回答】

絢子さん、初めまして。 その悩みは、たぶん本気で表現している人ほどなくならないと思います。

他人の評価に左右されない人になる必要はないんじゃないでしょうか。 評価されて心がざわつくのは、自分が本気でやっている証拠です。どうでもいいことなら、何を言われても傷つきませんから。

ただ、僕は「評価」と「自分の価値」を一緒にしないようにしています。

評価というのは、その人が、その時、その場所で、あなたの演奏を聴いて感じたことです。つまり、あなた自身の評価ではなく、その人とあなたの演奏との間に起きた、一回限りの出来事です。 褒められたから急に上手くなったわけでもない。批判されたから急に下手になったわけでもない。昨日まで弾いてきた時間は、他人の一言では消えません。

僕は長い間、デザインの仕事をしてきました。褒められたものもあれば、酷評されたものもあります。後に世界的に大ヒットした日産の「Be-1」も、最初は多くの評論家に酷評されました。でも、発売後1週間で一万台を完売して、後になって評価が逆転しました。

だから思うんです。 他人の評価は「判決」ではなく「情報」だと。

役に立つ情報なら受け取る。役に立たなければ、置いて帰る。 全部を心の中に持ち帰る必要はありません。心はゴミ屋敷になってしまいますから(笑)。

そして、もう一つ。 自分を信じるというのは、「私は正しい」「私はうまい」と思い込むことではないと思います。

「間違っているかもしれない。失敗するかもしれない。それでも、私は明日もやる」 それが、自分を信じるということじゃないでしょうか。

僕は78歳ですが、いまだに人の評価は気になります。気にならなくなったわけではありません。 ただ、気になっても、やめない。

表現する人に必要なのは、傷つかない強さではなく、傷ついても続ける力なのだと思います。

この言葉は、音楽やアートの世界だけでなく、ビジネスの現場で新しい挑戦をし、日々様々な「評価」に晒されている私たち全員にとって、心に染み渡るエールではないでしょうか。さまざまな評価があっても挑戦を続けるーー坂井直樹氏の言葉は大切な指針になるでしょう。

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坂井直樹氏

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