AIに頼るほど人間はバカになる? 〜現場がAIを使って「仕事を取り戻す」〜
「AIをぶっ壊せ」。
2026年8月31日、渋谷で開催されたAIBBのセッション「『AI駆動開発』で、現場が自動化を動かす──Claude Codeの実装知」で、Coopel代表取締役の橋本久茂氏が冒頭で紹介したのは、今年のハーバード大学卒業式でのスタンドアップコメディアン、ロニー・チェン氏のスピーチだった。
「Your generation's mission is to destroy AI(お前たちの世代の使命はAIをぶっ壊すことだ)」
その方法とは、AIを開発してタイムマシンに乗せ、過去に戻って最初のAIを壊すこと――。映画「ターミネーター2」の審判の日を阻止する再現のオチで会場を笑わせた。AI駆動開発のセッションなのに、いきなり「Destroy AI」のジョーク。一体どういうことなのか。
橋本久茂氏
AIにつくってもらった文章で大失敗
橋本氏は、三井物産、マクロメディア、DeNA、ブライトコーブ、AOLなどを経て、現在は業務自動化SaaS「Coopel」を展開し、これまで800社以上を支援してきたという。
そんな橋本氏がまず紹介したのは、AIを使って「失敗した」話だった。
大学時代に所属していたラクロス部が1部リーグから2部に降格した際、後輩たちを励まそうと、「負けることもある。これを糧にして、また頑張ってほしい」といった200字余りのメッセージを書いた。しかし、「ちょっと簡単すぎて威厳が足りない」と考え、AIに「ことわざっぽい表現を入れて体裁を整えて」と依頼した。
すると、AIは「逆境は意外な精神の糧である」「臥薪嘗胆の思いで」といった、いかにも立派そうな文章を生成した。文字数も2.7倍の575字程へと増えた。それを送ったところ、後輩たちは「ドン引き」だったという。
「一瞬、いい文章かなと思ったんですけど......」
AIが作った、妙に格調高く、しかし本人らしさのない文章。橋本氏はこれを「AIっぽさ満載のおっさん文面」と笑った。
「使いどころを間違えると、人間は大失敗します。」
AIは、頼めば何かを返してくれる。しかし、それが自分の目的に合っているか、相手にどう伝わるかまで保証してくれるわけではない。AI活用の重要な落とし穴だ。
5人月、500万円の仕事が「12時間」に
従来のシステム開発では、現場が要望を出し、それを情シスや開発会社が受け取り、実装し、テストしてリリースする。現場からすると、ちょっとした改善でも長いプロセスを経なければならない。AI駆動開発では、これが変わる。
「現場が要望を出して、そのまま実装する」
橋本氏が紹介したのは、三井物産のアルムナイ(同窓会)組織の名簿・CRMアプリ。10年以上続く組織で、以前にも「こういうアプリを作ったらいいのではないか」という話があった。しかし、見積もってもらうとエンジニア約5人月で500万~600万円になった。
ところが今回、橋本氏自身がClaude Codeを使って作ったところ、かかった時間は約12時間。「文系出身で、あまりコードを書いたこともないIT起業家みたいな感じですけど」と本人は笑う。
しかも、単に安く作れたという話ではない。もともとノーコードSaaSで作られていた見本をベースに、「こういう機能を追加して」とClaude Codeに指示していくことで、従来のノーコード版よりも使い勝手がよく、高機能なものができたという。
これはエンジニアが不要になるという話ではない。むしろ、これまでエンジニアに依頼しなければできなかった"小さな開発"の主導権が、業務を最も理解している現場に移る。つまり「開発の主役が、エンジニアだけではなく現場にも広がる」ということだ。
「これまで、いちいちエンジニアに頭を下げてお願いしなければいけなかったものが、だいたい何でも自力でできるようになってしまう」
AIは人間の仕事を奪うだけではない。むしろ、これまで組織の中で誰かにお願いしなければできなかった仕事を、現場に返してくれる可能性がある。
この変化こそが、橋本氏のいう「AI駆動開発」の本質なのだろう。
しかし、AIを使いすぎると「バカが余計バカになる」
ところが、ここから話が一転する。
橋本氏の会社に、社内で最もAIを使いこなす新卒社員がいるが、商談の前には、顧客情報をAIに調べさせ、話す内容のシナリオもAIに作らせる。一見すると、AIをフル活用するスマートな社員に見える。
しかし、顧客と話したら、シナリオにない質問をされると、対応できず、完全にフリーズした。つまり、実際の商談では悪しき結果となった。
AIに答えを作らせることと、自分で考えるためにAIを使うことは、似ているようでまったく違う。
「AIを使いこなしてスマート気取りだった彼が、実は考える力を失っていた。AIに頼りすぎることで、バカが余計にバカになるという現象が起きていたんです。」
そして、橋本氏は、MITのCognitive Debt研究(AIへの思考の外注による認知的負債は構造的に起きる現象)を紹介し、「一番使いこなしている人が、一番蝕まれている。」と、AIに思考を委ねすぎることの危険性を指摘した。
同様の例は、私もいたるところで聞く。ただの一例と思わない方がよい。
10時間、時には3日かかった調査が5分に――AIで変わるCSの問題解決
一方、Coopelのカスタマーサポートでは、AIによって問題解決能力が上がった事例がある。
ある顧客から「自動化した処理で特定のセルがコピーできず、結果が空になった」という問い合わせが来た。以前なら、開発担当者に調査を依頼し、原因究明まで数時間から数日を要していた。
ところが現在は、Claudeを使ってエラーログを解析する。結果、わずか5分で「システムのバグではなく、ユーザー側の日付設定が間違っている」という原因を特定できた。顧客が設定を直すと、問題は解消した。
「AIが開発を駆動する」のではない
思考を丸投げしてフリーズした営業マンと、AIをツールとして使って5分で問題を解決したCS担当者。同じAIを使っているのに、結果は正反対だ。一方では「考える力」が弱くなり、もう一方では「自分ではできなかった問題解決」が可能になっている。この違いは何なのか。
橋本氏は言う、「AI駆動開発とは、AIが開発を主導・支配することではありません。現場の人間が主導権を握り、AIを『駆動』して業務を動かすことです」
定型処理や繰り返し作業はAIに任せていい。しかし、「何を、なぜ自動化するのか」「何を優先するのか」を決めるのは人間だ。AIに何を任せるかを決めること自体が、これからの現場の重要な仕事になる。
橋本氏が最後に放った言葉は強烈だった。「本当にクソ食らえなのは、AIではなく、考えるのをやめた人間です」と。
AI駆動開発が私たちに突きつけているのは、実は「AIをどう使うか」以上に、人間は何を自分で考え、何をAIに任せるのかという、古くて新しい問いなのかもしれない。
AIに仕事を奪われるのか。AIに仕事を丸投げするのか。
そのどちらでもない。
AIを使って、現場が自分たちの仕事を取り戻す。
「Destroy AI」という冒頭の冗談は、そんな意味だったのかもしれない。