コネクト+デベロップでイノベーションを量産するP&G
「コネクト+デベロップでイノベーションを量産するP&G」日本マーケティング協会の月刊会員誌『マーケティングホライズン』2011年vol.10 p.22-24に加筆修正した。
「中小企業の集まりに日本全国足を運んでます。日本の中小企業の技術にはポテンシャルがあるからです。」技術者でありながら人なつこい笑顔のJ.ラーダーキリシャナン・ナーヤ氏(P&Gイノベーション合同会社 グローバル事業開発部 研究開発本部 プリンシパルサイエンティスト コネクトアンドデベロップ マネジャー)は言う。プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)は、まだ満たされていないニーズやアイデアの実現のために、アクティブに社外の技術を探索している。
「NIH」(not invented here:自社開発にこだわる傾向)から「PFE」(proudly found elsewhere:堂々と社外から見出す)に大転換し、コネクト+デベロップ(C+D)という戦略を実行するP&Gは、2000年に最高経営責任者(CEO)となったアラン G.ラフレイがイノベーションの半分を社外調達するという目標を掲げた(P&Gのラリー・ヒューストン,ナビル・サッカブ著「P&G:コネクト・アンド・ディベロップ戦略」ダイヤモンド・ハーバード・ビジネス・レビュー 2006 年8 月号に詳しい)。そして、社外で開発された要素を含む新製品は15%から50%超に上昇し、R&D効率は劇的に改善した。2015年にはC+Dから売上増30億ドルを見込んでいるという。
しかし、単に技術を買う、あるいは外注するといったR&Dのアウトソーシングではなく、「創造性のインソーシング」とP&Gは呼んでおり、外の技術を導入してP&Gの製品開発・マーケティングと組み合わせることで、イノベーションを起こそうというものだ。
これは、もちろん社内のイノベーションの体制ができているからこそ実現できることだ。ニュー・グロース・ファクトリーと呼ばれるビジネス・プロセスにより、組織的にイノベーションを量産している(P&Gのブルース・ブラウン,スコット・アンソニー著「P&G:ニュー・グロース・ファクトリー」ダイヤモンド・ハーバード・ビジネス・レビュー 2011 年10 月号に詳しい)。
いまやP&Gは、(本業界でのイノベーションのランキング)シンフォニー新製品ペースセッターレポートで、この16年で132製品をトップ25に送り込み、競合上位6社計を上回っている。また、フォーチューン誌「最も尊敬される企業」2011年5位に輝いているモデル企業だ。
P&Gのオープン・イノベーション
C+Dは、一つはP&Gが社外資産を活用し、もう一つは社外にP&Gの資産を活用してもらうという、2つのオープン・イノベーション活動からなる。社内で使われない技術を他社に使ってもらえれば、それは技術者のヤル気にもつながる。また技術分野に限らず、トレードマークやパッケージ、マーケティングモデル、エンジニアリング、ビジネスサービスやデザインと多岐に渡る。
「コネクト・アンド・デベロップ」ウェブサイトには、P&Gの技術ニーズが掲載(日本語もあり)され、誰でもそれに応えることができる。C+D戦略は、すでに千契約以上を生み、個人発明家から中小企業、大企業、さらに競合他社にまで及ぶ。
消臭芳香剤「置き型ファブリーズ」は、ベンチャー企業など複数の日本のパートナー企業との共同開発で生まれた。また、ファブリーズアロマは、イタリアの浸透膜の技術により、一定の香りが長持ちすることを実現した。
日本ではライバル企業でもあるユニチャームのウエーブ(掃除用品)を「スイファー・ダスター」として海外でP&Gブランドで流通させている。
かつてP&Gがジュース事業を持っていたころ吸収性の良いカルシウムを発見したが、これは富永貿易株式会社の飲料「カルシュウムパーラー」に採用されている。
また、社内がつながることも大切だ。例えばオムツでの成功を他の紙製品へも波及させるなど、社内の経験を横展開することをリ・アプリケーションと呼び、奨励している。
神戸の日本本社玄関そばでもC+Dをアピール
部門を問わず消費者を観察する
P&Gの人は、よく外に出る。それは技術のことだけでなく、顧客を知るためだ。消費者理解をする専門組織のCMK/消費者・市場戦略本部(Consumer and Market Knowledge)だけでなく、R&Dやマーケティングから店頭担当者まで、消費者の観察を行っている。製品はもちろん、テレビCMや店頭のPOPなど、観察の対象はあらゆる領域に及ぶ。
しかし、単に消費者を眺めていてもイノベーションは起こらない。消費者の声をうのみにするのでなく、なぜそういう発言が出るのか、どういうことかと考えを巡らせてコンシューマー・インサイトを得ることが大切だ。例えば、R&D担当者が洗濯周りではなく、主婦が子育てなどで困っている姿を見て、怒りたくないのに食べ物汚れをつける子供を叱ってしまいストレスを感じる主婦のインサイトから、(イオンポリマーで衣類の表面をコートし食べ物汚れをつきにくくする)アリエールレボの新製品コンセプトが生まれた。
このように消費者とも積極的につながることで、イノベーションの種となるアイデアをつくっているのだ。
チャンスをつかむ組織的取り組み
筆者は、大企業でのビジネス機会の特定(opportunity recognition)のフレームワークを図のように示した(「エコシステム・マーケティング」ファーストプレス刊)が、P&Gのイノベーションへの取り組みはこれによく符合する。「創造」はP&Gではディスカバリーでと呼ばれるニーズやアイデアの特定。そして社内外から技術を「獲得」し、P&Gが持つものと統合したプロジェクトを「形成」して、テストなどを経てローンチ(発売)へと「決定」していく。まだ十分に満たされないニーズはさらに追及し、既存の製品も革新を図るなど、繰り返しトライする。また、個人やチームがバラバラに活動するのでなく、フォーカスを定めポートフォリオ管理により組織としてマネジメントしていく。
歴史的に日本企業ではセレンディピティというか現場からのボトムアップのイノベーションに期待する傾向が強かった。しかしP&Gでは、トップ・マネジメントと現場の両方の取り組みにより、ニュー・グロース・ファクトリーを形づくっている点が特筆される。
これが実現できているから、社内と社外のエコシステム(生態系)を活かしたイノベーション創造が力強く推進されているのだ。
大組織をイノベーションに向かわせるには
もちろん12万9千人の大組織をイノベーションに向かわせるのは容易でなく、様々な工夫と努力がされている。
P&Gはイノベーションを全ての機能・部門から起こるとして、日々の仕事でのイノベーションを期待する。つまり、技術やモノづくりに閉じず、全社員のこととして取り組んでいる。会長・社長兼CEOのロバート・マクドナルドは、人々を動機づけるには心理的な要素も必要だと述べているが、マインドセットや行動面の教育から評価まで、様々なもので社員をイノベーションへと向かわせている。さらに、ツールや仕組みなどを用意して実践にあたり、成果を上げている。
サプライヤーの技術者数万人との連携だけでなく、イノセンティブやナインシグマ、ユアアンコールなど多様な社外ネットワークを活用して200万人の研究者とつながっている。社内ではイノベーション・ネットを基盤とし、カジュアルに社内コミュニケーションするチャットなど、コラボレーション・ツールは10年以上前から当たり前になっている。
中でも、技術担当と事業担当の両方の人材からなる約70名のC+Dマネジャー(英文ではイノベーション・エコシステム・マネジャーの肩書も)は、世界各地で消費者ニーズの発掘とともに社外の研究者やサプライヤーとの人的ネットワーク構築を担っている。例えば、日本担当のラーダー氏は、店頭からベンチャーまでネットワークを広げている。社外の人との連携では信頼や人間関係づくりが重要になるため、スキルや経験とともに、この仕事が好きかを重視しているという。
「Connections are in our blood」(つながることは我々の血に流れている)と、2007年までP&GのコーポレートR&D上級副社長を務めていたNabil Y. Sakkab氏は言う。P&Gに細かいルールはないが、企業文化が重んじられ、「消費者はボス」といった考え方が徹底している。P&Gでは中途採用はまれだが、これも企業文化を大切にしているからだ。
例えば、行動原則8カ条の一つに「相互協力を信条とします」があり、それが日々の実践に色濃く反映している。実際にP&Gには、教えること好きが多く、コーチングやメンターが当たり前となっている。これだけでなく企業文化の実践は、部門や個人の評価にも反映されている。こうした風土があってこそ、C+Dへの転換、そして大きな成果を得ることができたと言えよう。
J.ラーダーキリシャナン・ナーヤ氏(P&Gイノベーション合同会社 グローバル事業開発部 研究開発本部 プリンシパルサイエンティスト コネクトアンドデベロップ マネジャー)。人が好き、方々に足を運ぶ方。