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隠れた真実は非常識にしか見えない ~Zero to Oneを読んで~

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イノベーションのあるべき姿について様々な意見がありますが、国内ではイコール技術革新では無いということが最近はよく強調されてきたように思います。それでも技術革新を偏重した議論になりやすいと感じるのですが、市場起点に立ち返らねばといいつつ、常に技術面の革新性に視点が集まってしまうか、せいぜい市場側に遡ったところで要件の議論に留まってしまうからではないでしょうか。

確かに、技術革新は市場側のトレードオフ(排反)した要件をかなえる上でとても重要な手段になりますが、イノベーションの全てではありません。やはり市場の性質をしっかり理解するところから入らないとイノベーションの十分条件が見えてこないのではないでしょうか。

ベンチャー投資家ピーター・ティールが最近著した「ゼロ・トゥ・ワン」は、我々が見落としがちな、市場側の理解について単純明快な視点を打ち出してくれましたのでご紹介します。

ちなみに、ピーター・ティールは、1998年にペイパルを創業した後、ユーチューブ、フェイスブック、テスラなどのベンチャーへの投資に関わってきたことで有名な人物です。彼をとりまく起業家、投資家たちは「ペイパル・マフィア」とも呼ばれ、シリコンバレーのベンチャーに大きな影響力を持っていると言われています。

本書はピーター・ティールが、母校スタンフォード大学で行った起業講義録をまとめたものです。

zero2one.jpg

ゼロ・トゥ・ワン 君はゼロから何を生み出せるか
ピーター・ティール(著)、ブレイク・マスターズ(著)
関美和(翻訳)、瀧本哲史(序文)

ここでは本書での理解を発展させ、とくに技術革新とならんでイノベーションのもう一つ大事な要素である市場側の理解について、私なりの解釈をご紹介させていただきます。本書に描かれている図表から、私なりのアレンジを加えていることもお断りさせていただきます。

未来を創る2つの進歩

未来を考えるとき、今よりも進歩していることを我々は垂直的進歩か水平的進歩のいずれかで考えています。垂直的進歩とは新しい何かを行うことで、これは技術革新によってもたらされます。水平的進歩とは成功例をコピーして起きることで、市場の拡大、あるいはグローバリゼーションという結果をもたらします。敷衍すれば、イノベーションは垂直的進歩と水平的進歩の合成として考えられるのではないでしょうか。

図1.png

これを定量的に言い換えます。

垂直的進歩はいわば0→1と変化するものと言い換えられます。これは本書のタイトル「ゼロ・トゥ・ワン」です。目盛も1つずつで、次も1→2、2→3と続きます。

水平的進歩はいわば1→nと変化するものになります。広い市場を想定すると、水平的進歩は対数目盛を当てはめるのが妥当です。1→10、10→100、100→1000と続きます。

図2.png

ワン・トゥ・エヌのべき乗則になかなか気づけない

市場観を対数軸で捉えることはイノベーションを考える上でとても重要なことですが、我々はこの性質を見逃していたと言わざるをえません。その意味で、「ワン・トゥ・エヌ(1→n)」は、本書のタイトル「ゼロ・トゥ・ワン」とは裏腹に洞察すべきメッセージではないかと思います。

ピーター・ティールは「プロのベンチャーキャピタリストさえ、べき乗則に気づけない」と言っています。べき乗則とは、同じペースで拡大を続けるのではなく、10倍、100倍、1000倍と拡大のペースが速まっていくさまをいいます。

そして対数軸で捉えると10倍のときも1万倍のときも刻みの長さは変わらないように、市場の性質がどこかで変わるわけではないという見方も持っておきたいところです。つまり、ニッチ市場で成功することもグローバル市場でも成功することも、成功としてはそう変わらないのです。

ピーター・ティールは、「どんなスタートアップも非常に小さな市場から始めるべきだ」と言っています。将来大きな市場を支配できるかどうかは、ニッチ市場を支配できたかどうかで決まるということです。

図3.png

「隠れた真実」は非常識にしか見えない

逆に垂直的進歩の「ゼロ・トゥ・ワン」が難しい理由は何でしょうか。技術革新を果たせばすむものではない難しさがあることは、水平的進歩の軸も含めて考えれば明かです。垂直的進歩は常に人々の常識のカベに阻まれてしまうからです。

「賛成する人がほとんどいない、大切な真実はなんだろうか。」

これはピーター・ティールが採用面接の際に必ずきく逆説的な問い。垂直的進化を可能にする真実は、多くの人々にとって非常識にしかみえず、賛成する人がほとんどいないということです。

人々の常識をこのグラフ上に描いてみるとこのようになります。「今の常識」は「今の非常識」に比べると安定多数です。常識が安定多数の意見として留まっているのは、仮に新しい真実が今よりも進歩したものであっても、その真実は非常識に隠れて見えず、常識的な人々からみると非常識にしか見えないからです。

図4.png

以上、私なりの解釈と図表アレンジを加えて、本書の一部を説明させていただきました。イノベーションを垂直的進化(技術革新)と水平的進化(グローバリゼーション、市場拡大)の合成として解釈した点は、ピーター・ティール氏が本書で主張したことではありませんので、ご了承ください。

さて、イノベーションに関わる書籍は沢山でていますが、市場観を1→nのべき乗則で捉えている点と、0→1のカベを技術革新の問題ではなく、市場に広がる常識・通念の問題として捉えている点は、とても説得力がありました。

企業で事業開発に関わる方々、起業家やその予備軍の方々にはお薦めしたい図書です。志の持ち方や、目標設定について大きなインスピレーションを受けるのではないでしょうか。

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