コンテキスト化されたユーザーの未来像を持ちたい
IT業界にいる企業経営者にとって、今はまさに自社のビジョンを描きにくい時期ではないでしょうか。クラウドへの対応は確実に増えてきていますが、「クラウドへの対応」では未来像になりません。クラウドは確かに対応しなくてはならないものの一つでしょうが、その先にあるものは何かが見えてこないのです。自ずと、自社が未来にどんなビジネスをしているのかも想像しがたいものになってきます。
「ユーザーのコンテキストへの対応」は有力な未来像の一つではないでしょうか。ロバート・スコーブル氏は著書「コンテキストの時代」で、コンテキスト対応が次の10年の大きなうねりになる言っています。コンテキストとは「文脈」として訳されますが、ここでは「前後の事情、背景」という意味になります。コンピュータがユーザーの事情や背景を知り、ユーザーが必要とするサービスを的確に判断したり、予測したりできるようになるということです。
コンテキストの時代―ウェアラブルがもたらす次の10年
2014/9/20
ロバート・スコーブル(著), シェル・イスラエル(著),
滑川海彦(翻訳), 高橋信夫(翻訳)
コンテキスト化をうながす5つのフォース
スコーブル氏によれば、コンテキストは5つのフォース(力)によって作られています。①モバイル、②ソーシャルメディア、③ビッグデータ、④センサー、⑤位置情報の5つです。
これらを簡単に言うと以下のようになります。
①モバイル
スマホが、我々にとって、常時身につけて頼りにするメインのコンピュータになるということ。
②ソーシャルメディア
企業、ユーザーが一方的に情報を送りつけるのではなく、双方向のコミュニケーションができるようになっているということ。
③ビッグデータ
我々にとって欲しい情報はわずかで、それがたった一回のリクエストで得られるということ。データの巨大さ自体に意味はない。
④センサー
ありとあらゆるモノや生体に装着され、人間の五感のように環境の変化を測定して報告する簡単なデバイスのこと。
⑤位置情報
地図の膨大なデータと位置情報がリンクすることで、我々の置かれたコンテキストが正確に理解できるようになるということ。
この5つのフォースを一覧すれば、今後獲得すべき技術の体系は既存の技術体系とは大きく違うことが予想されます。クラウドが要素技術の一つになることは言うまでもありませんが、クラウドに対応したことで全てが見えてくるわけではありません。恐らく、CTO不在の(あるいは機能していない)企業においては、技術獲得への指針がすべて後手にまわり、営業基盤がガタガタと崩れていくのではないかと危惧を感じます。しかし日本のIT企業にはこのタイプが多いのではないでしょうか。
余談ですが、スコーブル氏は、これら5つのフォースを、我々の住む空間にあまねく存在する力になるであろうと考え、スターウォーズに登場する伝説の騎士オビ=ワン・ケノービが主人公らに伝える宇宙のエネルギーに喩えています。
フォースとは、すべての生命によって作られるエネルギーの場だ。フォースは我々のまわりにも、我々の内部にも浸透している。フォースは宇宙をつなぎ止める力だ。 オビ=ワン・ケノービ(スターウォーズ) |
コンテキスト時代の重点市場
コンテキストの時代においては市場の対象も大きく変化します。既にエンタープライズ需要ではないことを感じとっている企業は多いと思いますが、ではどこに移り変わるのでしょうか。
簡単に言えば、ユーザーのコンテキストへの感度の高い産業ということができますが、スコーブル氏は、自動車、住宅・建設、小売り・サービス、医療・ヘルスケアなどの産業分野の事例をあげています。これらは、いずれも生活に密着した商品・サービスを持った産業です。
既に未来への変化は起きていて、スコーブル氏はスタジアムでのアメフト観戦が既にコンテキスト化されてきているという例を紹介しています。NFL(全米プロフットボールリーグ)がペイトリオッツのホームスタジアムにおいて実験して盛況を収めたという話です。
- 7万人の観客が同時アクセスできるWi-Fiネットワークを構築し、テレビに勝る精細映像を見られるようにした
- ベンチに座ったまま食べ物を注文できるようにした
- どのトイレの行列が一番短いかが分かるようにした、などです。
生活者にとって観戦をスタジアムでするか自宅の居間でするかはトレードオフになっていました。しかし興奮で勝るスタジアムに居間の便利さを持ち込んだとあれば、スタジアムが盛況になるというのもうなずける話です。
さて改めて、これまでのインターネットの世界と何が大きく変わるのでしょうか。ユーザーはこれまでインターネットの外側でも自身の身体を使い、情報収集を不断に行ってきました。店舗やスタジアムなどの商業空間においては、インターネットの外側で行われる情報収集が顕著に多かったといえます。
スコーブル氏は、「人々が店舗に持ち込むデバイスが、知らぬ間に店舗に設置されたデバイスと会話する」ようになると言っています。コンテキストがもともと「織られた糸のように密接に絡み合ったもの」を意味するように、ユーザーの情報収集は、今よりも格段にコンテキスト化されていくようになるのでしょう。
本書はこれから10年後のユーザーの未来像を想像する上で示唆の多い一冊です。IT企業、のみならずユーザー企業においても経営ビジョンや技術戦略を考える上で大変参考になる著作だと感じました。
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