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失敗にポジティブになるという命題を掲げたい──サラリーマンの『イノベーションのDNA』

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イノベーションを奨励している会社は多いと思うが、実践することは難しい。実践するにはコンピテンシー(能力)の問題が立ちはだかる。つまり「どうすればできるようになるのか?」という問題だ。

例えばアップルがiPodを出してポータブル音楽プレーヤー市場を席巻したことは有名だが、「どうやってiPodという製品を市場に出したか」を知ってもあまり参考にならない。アップルが成し遂げたイノベーションは、アップルだからこそ成し得たものであって、アップルという主語を抜きにした分析をしても意味がないということだ。

だからイノベーションの実践論においては「どうすれば(アップルのように)できるようになるのか?」が重要な問題となる。

Dna

イノベーションのDNA ~破壊的イノベータの5つのスキル~
クレイトン・クリステンセン(著)、ジェフリー・ダイアー(著)、ハル・グレガーセン(著)、櫻井祐子(翻訳)

本書はイノベーションを「どうすればできるようになるのか?」という疑問に答えようとした本である。イノベーションをコンピテンシーとして扱い、それを実践書として展開している。──その点において、クリステンセン氏が以前に書いた『イノベーションのジレンマ』『イノベーションへの解』とは印象が違って見える。しかし総じて、イノベーティブな会社をめざした能力開発や組織作りを託されている人には非常にヒントが多いだろう。

イノベーションの担い手が多くの場合、経営トップにではなく一般社員に期待されている日本企業にとってはとくに、本書のヒントは有益だと思われる。イノベーションのモデルもある程度限定されるこのになると思うが、逆にそのモデルも明確になる。

その線で考えれば、アップルの創業者スティーブ・ジョブズ氏のようにCEOの立場で終始イノベーションのリーダーシップを執ってきた事例は例外的であり、実践可能なモデルにはできない。逆に、デザイン会社のIDEOのように、イノベーションを一般社員の実践課題として組織的に定着させている事例のほうがモデルにしやすいだろう。──つまり"創業者イノベーション"ではなく"サラリーマン・イノベーション"のモデルを追求するということだ。

中でも留意しておきたいのはリスクテイクへの奨励がイノベーションに繋がるという点だ

そして実はこれが日本企業のアキレス腱になっている。著者クリステンセン氏らも序文「日本語版刊行によせて」で次のように言及している。

「日本企業は現状に異議を唱え、実験を行い、リスクをとるよう社員を奨励するにあたって特有の問題に悩まされる」と。

これは日本企業の幹部向けにクリステンセン氏たちが実際にテストした結果分かったことだそうだ。

とはいえ、日本企業がイノベーションを「実際には進めようとしていない」、というわけではない。

私見だが経営者がイノベーションを標榜している企業は多く、たいてい社員のリスクテイクを奨励している。総じて日本企業はリスクテイクに寛容ではないかという印象がある。またチャレンジしない部下に「ハッパをかける」上司が多いというのも実態で、それは病的な現象にすら見える。それなのにいったい何が問題なのか?ということである。

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ここで、本書の内容から少し逸れさせていただく。

実は、リスクテイクを奨励していても、失敗への受け止め方に大きな差があるというのが、この病的現象の原因になっているのではないかと私は感じている。リスクテイクを奨励すること以上に、失敗をどれだけポジティブに捉えられるかという問題があるのだ。

感覚的には、リスクテイクを奨励する企業のなかでも、失敗への受け止め方の程度には3つぐらいのレベルがある印象を持っている。敢えて言うがリスクと失敗は違う。リスクには成功の可能性が残っているが、失敗は失敗でしかない。

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<レベル1>

失敗に最もポジティブなのは「失敗を奨励する」というレベル。社員によるイノベーションを進めるにはこのレベルをめざすしかない。経営は失敗のプラスをマイナスより大きいと考えている。失敗によって失うものより、顧客との新しい関係や知的資産が増えていくことのほうを高く評価する考え方だ。

世界的に有名なデザイン会社のIDEO社が「早く成功するためにしょっちゅう失敗しろ」と教えていることは、このレベルの典型的なモデルになるだろう。

<レベル2>

次にポジティブなのは「失敗を不問にする」というレベル。これは文字通りニュートラルな立場をとっている。少なくとも失敗がマイナスに評価されることはないので社員は安心して新事業などにリスクテイクできる。ただし経営は失敗したときのマイナスをできるだけ減らすことを意識しており、評価はニュートラルなものに落ちつくとしても社員は失敗のマイナスを打ち消すよう意識せざるをえない。そのため、一生懸命な姿勢を示し続けることがとても大事になってくる。

このレベルは、新事業開発の奨励を制度化した会社に多くみられ、一見聞こえのよい制度になっていたりするが、実際にチャレンジしてくる社員は少なく、あまり上手くいっていない。また一生懸命な姿勢というのは評価が難しく、本音と建て前が違ったものに見えてくるにしたがい形式主義に陥っていく。当然だがニュートラルなレベルではリスクテイクが加速されていかないのだ。

<レベル3>

最後は「失敗を忘れない」というレベル。これはリスクテイクが奨励されているが、結果が失敗だと評価が本当にマイナスになるというもの。例えばその期の賞与が減らされたりすることがある。別のプロジェクトで成功すれば評価はプラスに戻るが、失敗は一時的にでもマイナス評価される。信賞必罰な点が分かりやすいので、レベル2の「失敗を不問にする」より、かえって社員が気兼ねなくリスクテイクできる面もある。

このレベルは商社やIT系など事業開発機会に恵まれた市場にある企業に多く見られる。概してイノベーションのパフォーマンスはレベル2よりも実際は良かったりすると思われるが、経営者の意識はレベル2より低いと思われる。失敗がハンデになりつつも、環境変化の勢いに助けられてモチベーションの高い社員が果敢にリスクテイクしているという実態があると想像されるのだ。

またレベル3はおろか、<リスクを許容しない>会社も存在するだろうがこれは問題外だろう。

総じて日本には寛容の精神が溢れていても、こと失敗に関して多くの日本企業はレベル2やレベル3に留まっており、レベル1をめざすには障壁を抱えているという印象がある。

このことは、クリステンセン氏らが「日本企業は現状に異議を唱え、実験を行い、リスクをとるよう社員を奨励するにあたって特有の問題に悩まされる」と言っているように、失敗にポジティブになることを阻む問題が根深く潜んでいるように思われる。

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さて冒頭に書いたように、本書は「どうすれば(イノベーションを)できるようになるのか?」という疑問を投げかけ、それに答えようとして書かれた本だ。

この問題を解く上で、こと日本企業においては失敗にポジティブになりきれない経営者の意識が一番のネックになると私自身は感じている。だから「失敗にポジティブになる」という命題を掲げてみたい。意識をそう簡単に変えられるとは思えないがこれは重要な命題だ。

クリステンセン氏らも言うように、「創業経験を持たない」経営者が失敗からの恩恵を体感として持っていないことが大きな原因だと思うが、こればかりはどうしようもない。

大事なことはジョハリの「盲点の窓」に気付くことだ。つまり「リスクテイクを奨励している"つもり"」であるという自意識と、傍目にはそう思われていないこととのギャップを明らかにすることが一歩になるのだと思われる。──社員が失敗にポジティブになれないことの原因が、経営者が意識していない考え方に由来するということを、経営者自身がよく知ることが肝心なのだ。

本書を読みながら、決して目新しいことではないが日本企業にとって根深い、意識上の問題に突き当たってしまった。しかし問題がピンポイントされるというのはとてもありがたい。この問題をクリアすることを念頭に置き、本書が説くイノベーションの方法論を実践することが素晴らしい変化をもたらすのではないか。

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