起業の論理と哲学がわかる 書評 - 『直球勝負の会社』
プロセスデザインエージェントの芝本秀徳です。
年始最初のエントリーです。
本年もよろしくお願いいたします。
年初めに読んだ本がとてもよかったので、きょうはめずらしく書評です。
■ 年始1冊目の本を選ぶ
年末30日に帰省のため品川から新大阪に向かい、実家に帰る途中、年始に読む本を買おうと、なんばで途中下車して、学生時代によくいったジュンク堂書店に立ち寄った。読みたい本はたくさんあるのだけれど、年初めに読む本で失敗したくない。さて何を読もうかなと考えていたところで思い出した。
12月25日のプレジデントオンライン。一橋の楠木建教授が「戦略読書日記」で、とても読み応えのある書評をされていた。ライフネット生命、出口治明社長の『直球勝負の会社』である。
出口社長の本は、ほとんど読ませていただいていて、どの本もとても勉強になったのだけれど、この本はタイトルからして「会社の紹介が中心なんだろう」と手に取っていなかった。しかし、楠木教授の書評を読んで「これはぜひ読まねば!」と思ったのだった。
ジュンク堂でうろうろしながら物色したけれど見つからない。店員さんに聞いてみると、「こないだ5冊はいったところ」だという。そんなに新しい本ではなかったはずだから、5冊入れるということは売れてるんだなと思いながら連れられていくと、「ちきりん」関連の特設コーナーに面陳されていた。
さっそく購入して書店を出ると、もう19時を過ぎているのに、朝から何も食べていなかったことに気づいて、千日前筋をすこし横道にそれたところにある「餃子の王将」に入った。東京は「王将」が少ないので、大阪に帰ってきたときの楽しみの一つなのだ。焼き飯と唐揚げ(魔法の粉つき)を注文して待つあいだ、「はじめに」だけ読んでみようと、先ほど買った本を取り出して読み始めた。そこから止まらなかった。
2009年に出た本なのに、今まで読んでいなかったことが悔やまれた。しかし、いつでも本との出会いは、手に取ったときがベストのタイミングだ。まさに今の自分にドンピシャな本だった。
■ ライフネット生命起業プロジェクトの物語
この本『直球勝負の会社』には、ライフネット生命を起業することになったきっかけから、準備会社の設立、免許を取得し、開業するまでのプロセス。そして、出口社長がいかにビジネスプランを練り、ビジョンを形にしていったかが綴られている。途中、日本生命時代のエピソードもあり、読者を飽きさせない展開になっている。出口社長の筆力もさることながら、編集もすばらしいと感じた。
1ページ目から読み進めていくと、こんな文章が目に飛び込んできた。
すべての人間は他者や時代との「関係性」のなかで生かされているのです。
うーむと唸った。いま私はちょうど次の本の構成を練っている。その本の「はじめに」を書いたところだったのだけれど、まさに同じことを書いていたからだ。しかも、出口社長はそれをサラッと書いていて、説得力がハンパではない。なんだろう、この文章の裏から感じる凄みは。
ちなみに次の本のテーマは「設計」である。設計とは「関係性を定義すること」であると思っている。ソフトウェアであれば各モジュール同士の責務の分担であり、やりとりだ。人生やキャリアを設計するなら、その時代や他者との「関係性」をどう定義し、独自性を出し、世の中に価値を生み出していくかを考えることが設計だ。出口社長はそこらへんをサラッと書いているが、この一文はとても深い。
■ 淡々と生きる
出口社長はこの「関係性」について、自分の意思や意欲だけでは物事を成し遂げることはできないのではないかという。そこには人智を超えた力が働いている。であるならば、川の流れに身を委ねて生きていこうと。
ライフネットを創業するにあたっても、出口社長は淡々としている。友人から「知人が生命保険に詳しい人間を探している。生保の現状について少し話をしてやってほしい」と頼まれて会いに出かける。そして、生保業界が抱える課題を説明すると「こんなに保険に詳しい人に会ったのは初めてです。ぜひうちにきてください」と言われて「いいですよ」と即答してしまうのだ。
日本生命のような大きな組織にいて、関連会社の取締役をつとめる人間が、人生を左右するような決断を一瞬でしてしまう。それも「きてください」と言っている人間がどのような人物であるか裏もとらずにだ。これが1章がはじまった2ページ目である。
さらにパートナー選びについて「若くて生命保険を知らない人を紹介してください」と委ねてしまう。ベンチャーを起業するときにもっとも大切なのはパートナー選びだと言われる。そのパートナー選びにも気負いがない。そしてパートナーとなったのが岩瀬大輔氏だ。結果として最良のパートナーを得たことになる。
起業を決めるのも、パートナーを選ぶにも、まったく気負いというものがない。淡々としている。自然体なのだ。
そして、ハーバードに留学中だった岩瀬氏が帰国するまでのあいだ、出口社長はライフネット生命のビジョンを「保険料を半額にしたい」「保険金の不払いをゼロにしたい」「比較情報を発展させたい」という3つに整理するのだ。
■ すべてに根拠がある
起業のきっかけも、パートナー選びも半ば偶然というのに近いが、一方で出口社長の行動にはすべて根拠があり、論理で貫かれているのが面白い。
生命保険会社は国の免許事業である。開業するには国から免許をもらわないといけない。ふつうなら既存の保険会社を親会社として立ち上げるだろう。そのほうが人的サポートやノウハウの移転が容易だからだ。しかし、ビジョンを実現するには、親会社が既存の生命保険会社だと制約が生じる。しかし、戦後70年以上、独立系の生命保険会社の設立は例がない。それでも出口社長は「すべての物事はトレードオフ、いいとこ取りはできない」と、独立系を選択する。
当然、出資を募るにも「本当に免許は取れるのか?」と聞かれることになる。それに対して出口社長は「必ずもらえます」と断言している。なぜなら、先立って金融庁のウェブサイトを5年分も読み込み、「金融庁は健全な競争を望んでおり、新規参入を忌避しているわけではない。必要な条件を備えさえすれば、親会社に保険会社がなくても必ず免許を取得することができる」という確信を得ていたからだ。
さらに資本を集めたときの論理も明確だ。出口社長は「私たちがチャレンジするのは、公共性の極めて高い生命保険会社であって、単なるベンチャーではない」と考えた。そこで、理念とビジネスモデルを前面に出して、知人・友人には頼らずに新たに出資者を募っている。その際、ベンチャー起業が成功する要因として、
①市場の規模が大きい
②商品・サービスに対する消費者の不満が大きいこと
③凧を揚げる風が吹き始めていること
④明確なソリューションを持っていること
⑤参入障壁が高いこと
の5つを挙げ、ライフネット生命はこの条件をことごとく満たしてることを説明している。さらに事業成功のカギは「どれだけ生命保険が売れるか、すなわちトップラインの伸び率にかかっている」として、ネット証券の普及度合いなどを参考に、複数のトップラインを想定して収支を計画している。
後に、ライフネット生命は今年3月に上場しているが、これも起業当時から決めていたことらしい。「生命保険業が公共性の高い事業である以上、日々の経営が株価という形で評価され、市場から厳しくチェックされる形が望ましい」と書かれている(この本が出版されたのは2009年)。
起業のきっかけは、流れに身を任せたものだったのに対し、目標が決まってからの出口社長の行動、判断にはすべて論理的な理由があり、根拠がある。この両面性が出口社長の特徴であり、魅力なのだろう。
経営では、論理的にはそうであっても「そうはいっても」と現実を目の前にして妥協してしまうことも多い。しかし、出口社長は論理と行動が一致している。まさに知行合一の人というにふさわしい。
■ システム開発にも発揮される論理性
この本を読んでいて、驚いたのはシステム開発の部分である。生命保険業の要となるのはシステムだ。20年、30年と安定的に稼働するシステムを構築しなければならない。さらにネットライフ生命は、販売チャネルはインターネットしかない。できるだけリスクは避けたいところのはずだ。しかし、ここでも出口社長は「取るべきリスクと、取らざるリスク」を論理的に考えている。
システムをいちから作るとき、ましてはこれまでにないシステムを作りたいと考えるならば、「うち独自のシステムを」と考えてもよさそうなところだ。しかし「ここでリスクを取るつもりはないと基幹システムはパッケージの導入を決めている。
一方でインターネットまわりでは、ふつうに考えればリスキーな選択をしている。誰でも知っているような大企業による「ウォーターフォール型」の開発と、ベンチャー企業による「イテレーション型」開発、どちらかの選択を迫られたとき、「まだ約款が最終的に決まっていない状況で、詳細な要件定義は事実上不可能」とベンチャー企業に決めているのだ。
銀行や生命保険会社のシステム開発は、いまでもウォーターフォール型の開発が大半を占めている。ほとんどの経営者は、開発プロセスに種類があることも知らないだろう。ましてや、それぞれの開発プロセスごとの長所、短所など知るべくもない。
しかし、出口社長やそれぞれの開発プロセスの特徴を理解し、「イテレーション型でなければシステム開発ができないおそれがある」と、過去の実績や慣習にとらわれることなく、論理的に答えを出している。失礼だが、とても還暦前(当時)の人とは思えない。
さらに、ウェブサイト開発の優先順位も「①ユーザビリティ、②SEO、③デザイン」と明確に指示している。これだけはっきりと明確に優先順位を決めてくれる経営者は少ない。「ぜんぶ優先」という経営者のなんと多いことか。ここにも「すべてはトレードオフ」という出口社長の考えが現れている。
■ 保険料を半額にしたい
先に上げたように、ライフネット生命は設立にあたり3つのビジョンを掲げている。
「保険料を半額にしたい」
「保険金の不払いをゼロにしたい」
「比較情報を発展させたい」
の3つだ。
まず、商品設計をするにあたり、出口社長は日本国民の所得状況を調べる。その結果、わかったことは、年齢階級別に見た一世帯あたりの所得は、29歳以下が最低で、30代でも平均を下回っているという事実だ。それに対して、大手生保が提供している商品は1件あたりで月額1万5398円もする。小さくない負担だ。
この統計データを前にして、出口社長はライフネット生命の主戦場を「20代、30代、40代の子育て世代を対象とした死亡保険」と決めている。
論理的に考えて「現時点でこれ以外の選択肢はない」という答えを出しているのだ。
■ 保険金の不払いをゼロにしたい
出口社長がライフネット生命の構想を練っていたころ、ちょうど保険の不払いが社会的な問題になっていた。金融庁のレポートでは、不払い問題の原因を大きく5つにまとめている。
①経営管理(ガバナンス)体制の不備
②内部監査体制の不備
③保険金等支払管理体制の不備
④研修および教育体制の不備
⑤契約管理体制の不備
この5点の根本原因を出口社長は「販売を最優先したため、(複雑な商品を売るのであれば)当然に必要とされる被保険者単位での名寄せシステム開発等、必要十分な支払管理体制を構築するに足る経営資源(ヒト、モノ、カネ)を支払管理部門に配分しなかった」こと、つまり販売優先の供給者の論理が不払いを招いたと喝破している。
出口社長はこの不払いの発生確率を限りなくゼロに近づけるために、商品をシンプルにすることにこだわった。具体的には支払い事由(どんなときに保険金や給付金が支払われるか)を明確にした。支払い事由の「手術」を国民健康保険制度に合わせたことにより、どの診療行為が給付の対象となるのか、争点となる余地がほとんどなくなったのだ。
さらに支払いのプロセスに「システムチェック」「迅速かつ正確な支払い」「リスク管理部による全県チェック」の3つの段階を設け、チェックを厳重化している。
問題を解決するとき、問題の現象にとらわれてしまうと、現象を抑え込もうとして解決策が複雑になってしまう。しかし、現象を引き起こしている「構造」を見抜き、問題そのものが起こらない構造を再構築することが、問題解決の極意である。そのためにはシンプルに思考することが必要になるが、出口社長はそれを地で行っている。
■ 比較情報を発展させたい
驚くことに、生保業界には、契約前には約款を渡さないという商慣習があるという。この本を読んではじめて知った。多くの顧客はあの小さい字で書かれた分厚い約款を読むことはないかもしれない。しかし、契約してからでなければ約款を渡さないというのは「ハンコを押せば、契約内容を見せてやる」と言っているに等しい。
人や比較対象があるからこそ、価値の判断をすることができる。契約前には約款を渡さない。保険料表も公開しないというのでは、情報の非対称性を不当に利用していると言われても仕方がない。
出口社長は「保険も他の商品と同じように、比較して納得して加入する」ことが必要だと考えた。だから、ライフネット生命では、約款や保険料表を名前もメールアドレスも入れることなく、ダウンロードできるようにしている。
■ 理解と共感を集める
ライフネット生命の経営をひと言で表せば、「理解と共感を集める経営」だ。「生命保険は比較して納得して加入すべきだ」「そのために、お客様に選択肢を提供したい」といった哲学に理解と共感を得られるからこそ、開業3年半で保有契約10万件を突破できたのだ。
現代の消費者は単に機能、スペックにお金を出すのではない。価格の多寡だけで選ぶわけでもない。製品やサービスの背景にある考え方、そしてそれを生み出す会社の姿勢を理解し、共感するからこそ、それを購入するのだ。いいかえれば、応援したくなる会社でなければならないのだ。
この本を読んで、果たして自分は、自社は、理解や共感を集められているかを自問せずにはいられなかった。出口社長のように「これしか選択肢はない」と一貫した論理に裏打ちされた経営ができているだろうかと反省せずにはいられなかった。
経営のヒントもてんこ盛りである。自社の参考にしたいと思ったことがいくつもあった。
出口社長は1948年生まれ。私が1976年生まれだから28歳年上ということになる。あと30年足らずにあいだに、追いつけないまでも、経営者として、人間として、少しでも近づきたい。強くそう思った次第だ。
おかげで新たな年を迎えるにあたって、気を引き締めることができた。新年一冊目の本として、このような本に出会えた幸運に感謝したい。