iPhone妄想ストーリー
「やはりホイールは取ってしまおう」
スティーブ・ジョブズの決断にフィル・シラーは驚愕した。タッチホイールは自分が発明したものだし愛着もあったが、それ以上にiPodのアイデンティティであり、それがなければiPodとは言えない。しかし、CEOはそれをやめろ、というのだ。
「代わりに、shuffleと同じ方式でいこう」
つまり、指をくるくるまわしても何も起きない、見せかけだけのiPodになってしまうということだ。これはシリーズ中で一番安いshuffle程度の価値しかないことになる。
それではわざわざモトローラと提携して作ったこの携帯電話の勝ちが大きくそがれてしまう。失敗するのが目に見えるようだ。これでは旧知の仲であるモトローラCEOのエド・ザンダーに顔向けできない。
「曲数の制限も入れておこう。100曲もあれば十分だろう」
ジョブズはとどめをさした。
「これではヒットは見込めませんよ」
ひっくり返せるとは思っていなかったが念のためにシラーは反論してみた。しかし、ジョブズは冷徹にこう言った。
「失敗させることが目的なのだ」
モトローラがハードウェアを作り、iTunesの簡易版を組み込んだ携帯「ROKR」はこうして2005年9月に発売された。
・MotorolaのiTunes携帯「ROKR」、米欧で発売
AppleのiTunesを搭載したMotorolaの携帯電話「ROKR」が9月7日、正式発表された。米国では携帯キャリアのCingular Wirelessが独占提供する。ROKRはMacまたはPCのiTunesジュークボックスからUSB経由で音楽を転送でき、最大100曲の保存が可能。専用の音楽キーで携帯電話と音楽プレーヤーを切り替えられ、通話中は自動的に一時停止状態となる。カラーディスプレイとデュアルステレオスピーカー内蔵で、ステレオヘッドフォンとUSBケーブルが付属する。Cingularの2年契約を結んだ場合の価格は249.99ドル。
ジョブズは最初からROKRを失敗させるつもりだったのだ。その理由が分かったのは、iPhoneの極秘プロジェクトが始まってからだ。
「この超小型インターネットデバイスは、いずれどこかがやることになる。特にMicrosoftには注意しなければならない。やつらは盗むからな。彼らがWindows Mobileを一から作り直そうと考えず、せいぜい音楽プレーヤーを組み込むだけですむ、そんなふうに思わせなければならない。少なくとも2年は先行しなければ」
「ROKRはその役割を十分に果たした」
モトローラの「iTunes携帯」の意図的な失敗は、この2年をかせぐための捨て石だったのだ。
MicrosoftがOSとデバイスの大幅な改訂に取り組むことは、とりあえず避けられた。しかし、その当時は形もなかったAndroidが急速に追い上げてきている。App Storeライクなアプリケーションのワンストップショップも用意するらしい。
Cocoaで開発できるiPhoneアプリを売るためのApp Store。最初からやることは決まっていた。それでも1年先延ばしにしたのは、その動きを悟られないためだ。
「次はWindowsだな」
シラーは誰となくつぶやいた。
iTunes、QuickTimeに仕込まれた罠に彼らが気づくのはいつになるだろう。布石が結実するさまを早くこの目で確認してみたい、と思うのだった。