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【書評】『ジェフ・ベゾス 果てなき野望』

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今月初め、アマゾンから「ドローンを使った超即日配送サービス(プライム・エアー)を2015年に開始する」という計画が発表されました(参考記事)。アマゾンを文字通りのオンラインショップとだけ捉えている人にとっては、このニュースは「ただのネット書店がなぜ?」という驚き以外の何物でもなかったでしょう。アマゾンがAWS(アマゾンウェブサービス)のようなサービスも提供していることを知っていて、「アマゾンならあり得るかも」と感じた人でも、流石に2015年開始というのは盛り過ぎじゃない?と思ったのではないでしょうか。しかし本書『ジェフ・ベゾス 果てなき野望―アマゾンを創った無敵の奇才経営者』を読んだ後であれば、アマゾンがドローンを飛ばすという未来に、何の疑問も感じなくなるのではないかと思います。どんなに非現実的で、実現不可能と思えるようなアイデアであっても、必要とあれば全力を傾けることができる存在――それが本書で描かれるアマゾンという企業と、ジェフ・ベゾスという経営者です。

ジェフ・ベゾス 果てなき野望―アマゾンを創った無敵の奇才経営者 ジェフ・ベゾス 果てなき野望―アマゾンを創った無敵の奇才経営者
ブラッド・ストーン 滑川海彦(解説)

日経BP社 2014-01-09
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スティーブ・ジョブズが2012年に無くなってから、彼の座を継ぐカリスマ経営者として何人かの名前が挙がっていますが、ジェフ・ベゾスもその一人であり、最近ますます注目度が高まっています。昨年も『ワンクリック』という本が出版されていますが、『ジェフ・ベゾス 果てなき野望』はベゾス/アマゾン研究本の決定版となる一冊でしょう。ベゾスの生い立ちから、アマゾンの原型とも言える「エブリシング・ストア」というアイデア、ライバル企業との激しい争い、そしてキンドルやAWSなど各種サービスの開発に至るまで、約480ページというボリュームに詰め込まれています(これで1800円+税というのが信じられません)。評価も高く、フィナンシャル・タイムズ紙とゴールドマン・サックスが共催した「ビジネスブック・オブ・ザ・イヤー2013」を受賞しているとのこと。

とはいえ本書は、「ベゾス/アマゾンの経営手法に学ぼう!」「ポイントはこの5つ!」的な分かりやすいビジネス書ではありません。読み物として読ませる構成にはなっていますが、細かい出来事までが網羅されており、参考書的なまとめは期待しない方が良いでしょう。また2000年前後のドットコム・バブル期に繰り返された近視眼的な行動や、「ブラック企業」さながらに社員に限界まで働くことを要求する姿、要求をのまない相手に対する超攻撃的な姿勢、そして税制や独占禁止法などのルールに対するグレーな姿勢など、逆に真似などできない部分も多く含まれています。

しかしこうしたごった煮的なスタイルは、アマゾンという異質な存在を正しく理解し、そこから何らかの教訓を得るために必要なものと言えるでしょう。プロローグの中に、こんな印象的な場面が登場します。

 私の本をテーマとした1時間の面談が終わりにさしかかったころ、ベゾスが体を乗りだし、こう尋ねてきた。

「講釈の誤りにはどう対処するつもりなのですか?」

 講釈の誤り?このものすごく頭がいい上司から予想外の質問をされ、冷や汗をかいたアマゾン社員はここ20年でたくさんいたはずだが、このときの私もそういう感じだった。ベゾスによると、講釈の誤りとは2007年に出版されたナシーム・ニコラス・タレブの『ブラック・スワン』に登場する言葉で、複雑な現実にはなにかと講釈を並べ、耳当たりはいいが簡略化しすぎた話にしてしまう人間の性質を指す。タレブはまた、人間は脳の限界により、関係のない事実や出来事のあいだに因果関係を見いだし、わかりやすい講釈をこしらえてしまう傾向があると言う。そのように講釈を並べることで、人間は、現実世界の偶然性や経験という混沌、物事の成否にかかわる運・不運といういとわしい要素から目を背けるのだ。

 アマゾンの交流はそういう複雑な話なのではないかとベゾスは遠回しに言ったわけだ。アマゾンが始めたクラウド事業、アマゾンウェブサービスは、いま、多くのインターネット企業が活用しているが、そのような製品がどのように開発されたのかなども簡単に説明できるわけではないとベゾスは感じている。ベゾスは言う。

「社内でアイデアが育まれるプロセスというのは意外にぐちゃぐちゃなもので、頭に電球がともる瞬間などありません」

 アマゾンの歴史を単純化して語ると、現実と異なり、すべてが明快な印象になってしまうのではないか――そう、ベゾスは心配したわけだ。

本書を読む限り、ベゾスの心配は杞憂に終わったと言えるでしょう。本書は良い意味で、アマゾンの成功を分かりやすく解説することはありません。複数の要因が複雑に絡み合い、時には運も作用して、結果として誕生したのが現在のアマゾンの姿であることを示してくれます。しかし分かりにくいかと言われれば、決してそんなことはありません。ある決断が下された時に、ベゾスやアマゾンはどのような状況に置かれていたのか、何を考えていたのか、そしてその決断が成功や失敗につながったのにはどのような要素が影響していたのかを理解することができるでしょう。「実は~が成功の秘訣だった!」という派手さはありませんが、非常に誠実な一冊であり、ビジネスパーソンにとって本当の意味で参考になる内容だと思います。多くの人々にとって、2014年最初の必読書となることは間違いありません。

必読書である理由はもうひとつあります。本書の解説で、滑川海彦さんが「アマゾンとその舵を握るベゾスについて確実な知識を得ておくことは、我々全員にとってこれからますます重要になりそうだ」と述べられているのですが、その意見にまったく賛成です。冒頭で書いたような、「アマゾンはただのネット書店」という認識しかもっていない人は流石に少数派だと思いますが、アップルやグーグル並みに注視が必要だと感じている人はそれほど多くないのではないでしょうか。しかし本書を読めば、アマゾンが様々な側面において、一般の人々の生活までも大きく左右し得る存在になっていることが(あるいはなり得ることが)十分に実感できると思います。

既にアマゾンの配送サービスの実力を理解している人や、AWSという存在の大きさを実感している人々にとっては、いまさら言うことではないかもしれません。しかし現在では「あって当然」と思われているようなサービスであっても、かつてベゾス/アマゾンが狂気と言えるほどの熱意を持って、ギリギリで実現してきたものであることを本書は描き出します。アマゾンがいなかったら、いくつかのサービスはいまでも実現されていないか、現実になるまでにもっと長い年月がかかっていたのではないかと感じることでしょう。逆にアマゾンがやると言ったら、どんなに実現が難しくてもいつかは達成してしまうかもしれない――それが「ドローンによる宅配」などという奇想天外なアイデアであっても、と思うようになるはずです。

その意味でアマゾンという企業の動き、ベゾスという経営者の考え方は、出版・小売関係者やAWS利用者以外の人々にとっても、これからさらに注目が必要になるでしょう。ベゾスがどれほど敵に回すと手強い相手なのか、その敵対的な姿勢以上に示してくれるエピソードとして、彼の右腕として長年働いた経験のあるリック・ダルゼルという人物の言葉を紹介しておきたいと思います:

「いろいろな人のもとで仕事をしましたが、ジェフには何点か、ほかの人より優れているところがあります。ひとつは、現実を受け入れること。現実について語る人は多いのですが、現実に一番近いと思われることを前提に意思決定をする人はまずいません。

 もうひとつ、彼は因習的な考え方にとらわれることがありません。物理法則以外に縛られるものがないのです。物理法則はさすがの彼にも変えられませんが、それ以外はすべて応談だと考えているのです。」

そんな現実的で、ルールに縛られない人物が、「プライム・エアー」や「アマゾン・フレッシュ(生鮮品の宅配サービス)」といったプロジェクトにゴーサインを出しているのは何を意味するのか。アマゾンを大手オンラインショップと考えていた人は特に、本書を読む前と後では、まるで違う風景が見えてくるはずです。

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