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【書評】ソーシャルな機械の時代――"Social Machines"

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M2MやIoT(インターネット・オブ・シングス)、そしてウェアラブルコンピュータなど、一歩先ならぬ半歩先のネット+コンピュータのあり方を示す言葉が登場していますが、正直いまいち何が変わるのかイメージしにくい、という方も多いのではないでしょうか。こうした要素の重要性が増すことは確実ですが、一般の視点で考えるとまだまだ「次の社会」のあり方は見えてきていません。そこで各要素を束ねて「機械がソーシャル化する」という概念にまとめた上で、どんな状況が実現されるのか・その中でサービス提供者として活動するにはどうすれば良いのかを論じた本が"Social Machines: How to Develop Connected Products That Change Customers' Lives"です。

Social Machines: How to Develop Connected Products That Change Customers' Lives Social Machines: How to Develop Connected Products That Change Customers' Lives
Peter Semmelhack

Wiley 2013-03-20
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著者のピーター・センメルハック氏は、自らもBug LabsというIoT系のプロダクト/サービスを提供する会社を設立した起業家。以前はアンテナ・ソフトウェアという会社を経営していたのですが、あるきっかけでネット+ソフト+ハードという分野に飛び込むことになりました。

そのきっかけとは、お姉さん(妹さん?)が糖尿病患者で、定期的にインシュリン注射を行わなければならなかったこと。本書で詳しい経緯が語られているのですが、起きている間は大丈夫なものの、睡眠中にも血糖値が低下する場合があり、彼女の旦那さんがそばで付き添っている必要がありました。しかしそれでは旦那さんに負担がかかり、またうっかりミスが起きる場合もある――そこで彼は、機械で血糖値の低下を監視できないかと考えて、担当の医師などと相談。そして血糖値の低下と心拍数の急上昇に相関関係があることを知り、心拍数をセンサーでチェックして、異常があればメールによるアラートを送信・同時にラジオを大音量で鳴り響かせるというシステムを開発しました。これが評判となり、Bug Labsという形でこの分野での取り組みを続けることになったのだそうです。

本書とテーマはずれるのですが、彼の書いた記事を日本語で読むことができます:

Peter Semmelhack(Bug Labs)『医療ハッキング』を語る (Make|Japan)

話を元に戻すと、センメルハック氏は通信機能を持ち、人々とコミュニケーションすることが可能な機械を「ソーシャルマシン」という言葉で表し、本書の前半で「ソーシャルマシンがどのようなビジネスやサービスを可能にするか、人々はどんなメリットを手にするか」、後半で「ソーシャルマシンを実現するにはどうすれば良いか、何に注意する必要があるか」を解説しています。単なる概念論で終わらず、自ら実務に携わってきた経験を活かし、具体的なサービス事例から開発論まで展開してくれるのが本書の大きな価値と言えるでしょう。

特にソーシャルマシンを捉えるフレームワークは、実際にこの分野でビジネスを立ち上げようとしている方々にとって参考になると思います。例えば本書では、ソーシャルマシンは物理的な機体と、デジタル情報で構成されたイメージ=アバターという2つの体を持つと捉え、前者だけでなく後者をどうデザインするかが重要だと指摘。特に後者のデザインは新しく出てきた課題だとして、具体的なヒントを解説してくれています。またソーシャルマシンの顧客について、「物理的な機体を手にする直接の顧客」「アバターを活用して新たなサービスを生み出す開発者」「開発者が生み出した新たなサービスの利用者」の3種類が存在すると捉え、それぞれにどのような対応を行うか、また彼らの関係からどのようなビジネスモデルを考えれば良いのかなども解説してくれます。

例えば本書でも登場する事例、通信機能を持つスケートボードを考えてみましょう。このスケートボードがソーシャルマシンなわけですが、物理的なスケートボードという体と、そこから収集される様々なデータ(位置情報やスピード、走行距離やボードの傾きなど)で構成されるアバターという2つの存在を持っています。この場合、ボードで遊ぶ人が「直接の顧客」になり、アバターをハックする人が「開発者」になり、開発者が何らかのサービスを開発すれば「新サービスの利用者」が生まれることになると。例えば「走行距離で世界中のユーザーと競争ができるコミュニティサイト」や、「遊ばれ方を分析してスケートボード制作者に有意義な情報を提供するサービス」などが考えられますが、前者ならサービス利用者はボード所有者と一緒になり、後者ならサービス利用者は第三者のメーカーになるでしょう。またソーシャルマシンの提供者が開発者であってはならないということはないので、ボードの開発者がコミュニティサイトも運営するということも考えられます。

この場合、どのようなビジネスモデルが考えられるでしょうか。情報提供サービスは個人情報の保護に留意する必要がありますが、ある程度の顧客が期待できそうです。一方でコミュニティサイトへの参加に課金するというのは難しそうなので、この場合はボード開発者がボードを有料で販売+付加価値サービスとして無料でコミュニティを運営、という形になるでしょう。しかしボードの動きを解析して、よりテクニックを磨くためのヒントをくれるプレミアムサービスなどはどうでしょうか?最近日本でも公式販売が始まったFitbitでも、有料のプレミアムサービス(蓄積されたデータを解析して健康/フィットネスに関するアドバイスをくれるというもの)が提供されています。こちらのサービスで人気を集めることができれば、ボード自体は無料にしてしまう、などといったラディカルなモデルも実現できるかもしれません。

このような特徴を理解し、巧みにデザインされたソーシャルマシンは、通常の製品が次第に価値を落としていくのに対して「時間が経てば経つほど価値が増してゆく」とセンメルハック氏は説きます。さらに製品の提供者、その利用者、関係する第三者のすべてにとってプラスとなるWin-Win-Winのモデルを提供するものであると。またこのように長く使ってもらえるソーシャルマシンは、地球環境にも優しい――これはさすがに期待が大きすぎるかもしれませんが、ともあれ「ソーシャルマシン」という概念でM2MやIoTなどを考え直してみると、様々なアイデアが浮かんでくるのが面白いところです。

ポール・グレアム氏が「ハードウェアルネッサンス」を唱えたり、今年のSXSWではハード系スタートアップに注目が集まったり、Google GlassだのiWatch(まだ噂レベルですが)だのとビッグプレーヤーもこの分野への動きを加速させてみたりしている2013年。ちょうどタイムリーな一冊として、注目の一冊だと思います。

【○年前の今日の記事】

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