アルゴリズムの時代
アルゴリズム――ICT業界に携わっている方であれば日頃から接している言葉だと思いますが、大多数の人々にとっては馴染みの薄い存在かもしれません。簡単に言えば「ある目的を達するための作業を手順化したもの」を意味する言葉ですが、特にコンピュータ内での処理を指して使われるので、自分には無関係だと感じられても無理はないでしょう。しかしアルゴリズムは既に、一般の人々にとっても直接的・間接的に関与しているものであり、その重要性は今後さらに増してゆく可能性が高いことを、最近出版された2冊の本を紹介しながら考えてみたいと思います。
1冊目は『世界でもっとも強力な9のアルゴリズム』です。著者のジョン・マコーミック氏は英ディッキンソン大学でコンピュータ・サイエンスの教授を務められている方で、かつてはヒューレット・パッカードやマイクロソフトといった企業で研究者として働いた経歴も持つ人物。そんなマコーミック氏が、文字通り「世界でもっとも強力な(原題は『未来を変えた』)」9つのアルゴリズムを選び、それがどのような仕組みで動いているのか、どのような用途に活用されているのかといった点について解説しています。
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紹介されているアルゴリズムは「検索エンジンのインデクシング」「ページランク」「公開鍵暗号」「誤り訂正符号」「パターン認識」「データ圧縮」「データベース」「デジタル署名」「計算不能性」の9つ。プログラマーの方々はこのラインナップに違和感を覚えるかもしれませんが、これは「普通のコンピュータユーザーが毎日使っている」「現実世界の具体的な問題を解決する」「コンピュータ科学理論に関係している」という3つの基準で選んだ結果とのこと。本書のオビには「ネット時代のアルゴリズムを直感で理解する」という宣伝文句が書かれているのですが、まさにネットで調べものする・買い物する・コミュニケーションするといったオンラインの日常生活を可能にしているアルゴリズムと言えるでしょうか。
これらのアルゴリズムについて、マコーミック氏は様々な喩えを用いながら、コンピュータ科学に触れたことのない読者にも分かりやすく解説してくれます。私たちがネット上で何気なく行っている行動が、実は非常に考えられたアルゴリズムによって実現されていること、また一見どうやって実現しているか分からない状況も、基本的なアルゴリズムを積み重ねることで可能になっていることが理解できるでしょう。まさにアルゴリズムの力を実感できる一冊といったところですが、さらに注目すべきは、著者自身も驚いたという以下の点です:
この本で取り上げた偉大なアルゴリズムから導き出せる共通のテーマはあるだろうか。この本の著者として私がとても驚いたのは、これら大きなアイデアは、どれもコンピュータプログラミングやコンピュータ科学の予備知識を一切必要とせずに説明できることだ。この本を書き始めたとき、私は偉大なアルゴリズムは2つに分類されるだろうと考えていた。第1のカテゴリーは、単純だが巧妙なトリックを核心部分に持つアルゴリズムで、このようなトリックは、技術的な予備知識がなくても説明できる。第2のカテゴリーは、コンピュータ科学の高度なアイデアに強く依存しており、その分野についての予備知識がなければ読者に説明できないようなものである。私は、アルゴリズムについての面白い歴史上の逸話を織り交ぜ(できれば)、重要な応用について説明し、私は仕組みを説明できないがアルゴリズムは巧妙にできているということをしつこく言いながら、第2カテゴリーのアルゴリズムも本のなかに取り込もうと考えていた。ところが、私が選んだアルゴリズムは、どれも第1カテゴリーに分類されるものだった。
この結果は単なる偶然なのでしょうか。確かにその可能性もありますが、それよりも私は、偉大なアルゴリズムの力をフルに発揮する技術や環境が現れてきた結果ではないかと思います。例えばリンクの参照構造によってウェブページの重要性を判断する「ページランク」は確かに強力なものですが、仮にネットがごく一部の人々によって、ごく限られた用途にのみ使用されていたとしたら(つまりリンクの数が少ないか別の意味を持つものであったとしたら)、「未来を変えた」アルゴリズムにはならなかったでしょう。ますます多くの情報がデジタルで存在するようになってきたために、数値と膨大なステップの組み合わせによって目的を達成するコンピュータ・アルゴリズムの存在が重要性を増した、という見方が可能だと思います。
ともあれ強力なアルゴリズムが存在することで、私たちの未来はどのように変わろうとしているのか。再び本書から引用してみましょう:
実際、AIの発展により、こういった業務に対する私たちの見方は、根本的に変わってきた。1990年代には、飛行機で何ヵ所も飛び回るような旅行のルートの立案には、人間の知的なインプットが異論なく必要だった。そういう仕事をしている人々は、まさにその専門的な能力のために稼ぎを得ていたのである。1990年には、便利で安い旅行ルートを見つけるということでは、優秀な人間と機械との間では非常に大きな差があった。しかし、2010年までに、この仕事は人間よりもコンピュータの方がうまくこなせる仕事になった。コンピュータがこの業務をどのようにこなすかは、魅力的なアルゴリズムがいくつも使われているだけに、それ自体でも非常に面白い話だ。しかしもっと重要なのは、このようなシステムによって、私たちの旅行ルート立案業務に対する見方がどのように変わったかである。2010年までに、旅行ルートの立案という業務は、大多数の人々から純粋に機械の仕事と見られるようになった。これは20年前と大きな違いである。
アルゴリズムが何らかの目的を達成するための存在であれば、それは必然的に人間の手による仕事と被ることになります。しかしいくら偉大なアルゴリズムでも、人間社会の大部分がアナログ情報の中で進められる状態では、それが人間の仕事を奪うことはあり得ない話でした。一方で十分なデジタルデータとコンピュータの処理能力が揃えば、優れたアルゴリズムは人間以上のパフォーマンスを発揮することが可能になるでしょう。そんな「人間の仕事が次々にアルゴリズムへと置き換えられてゆく」という未来を、より詳しく考察した本が、2冊目にご紹介する'Automate This: How Algorithms Came to Rule Our World'(自動化せよ――いかにアルゴリズムが世界を支配したか)です。
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こちらの著者はクリストファー・スタイナーという方で、Yコンビネーターの支援企業であるAisle50のCEO。技術に関する専門知識を活かし、フォーブスやシカゴ・トリビューン等にも寄稿している人物です。
「機械が人間の仕事を奪う」というテーマでは、先日ご紹介した'Race Against the Machine'という本がありましたが、同書よりも具体的な事例の解説に力が入れられている一冊です。証券取引におけるアルゴリズム取引の事例(この点については最近'Dark Pools'という本もありましたね)や、アルゴリズムに作曲させる・医療行為をさせる・人間の性格を見抜く等々の驚くような事例が紹介されています。『世界でもっとも強力な9つのアルゴリズム』がアルゴリズムの構造と将来性を理解できる本だとすれば、'Automate This'はサブタイトルの通り、既にアルゴリズムによる支配が進んでいる世界を実感できる本と言えるでしょうか。
また本書が取り上げているのは、ごく最近の事例だけではありません。『9つのアルゴリズム』同様、コンピュータとは関係のない世界で、またコンピュータが登場するずっと前から「アルゴリズム」という存在が自動化を進めてきたことが解説されています。従って本書からも、アルゴリズムが魔法の杖のように世界を一変させているのではなく、社会の情報化やデジタル化といった環境変化がアルゴリズムの重要性を増しているという状況が見て取れるでしょう。
例えば第4章には「情報ネットワークの速度」という、一見するとアルゴリズムとは関係のない話が登場するのですが、実はこれも「処理の速さ」というアルゴリズムの威力を活かす環境要因の1つであることが描かれます。アナログの現実世界がデジタルに置き換えられ、アルゴリズムによって処理され、さらに導き出された結論が再びアナログの現実世界に戻され、活用されるまでの流れが整備されつつある状況――その全体像をとらえることで、社会におけるアルゴリズムの重要性を正しく理解し、またこれからの人間に求められていることを理解できるのではないでしょうか。
最近はビッグデータという言葉が登場してきていることからも分かる通り、デジタルデータの生成と処理が大規模に行われるようになってきています。前述のようなアルゴリズムの後押しとなる状況が、今後ますます広範囲・高密度で整備され、本格的な「アルゴリズムの時代」が到来することでしょう。今回ご紹介した2冊+これまでご紹介した2冊は、一足先にそれを理解する手助けをしてくれると思います。
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