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【書評】仮面はバットマンか、それともブルース・ウェインか――'Batman and Psychology'

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最新作『ダークナイト ライジング』がいよいよ公開されるバットマン。もはや単なるエンターテイメント作品の枠を超えて、哲学的な議論を提供する存在にもなっているバットマン・シリーズですが、今回ご紹介する'Batman and Psychology: A Dark and Stormy Knight'はバットマン/ブルース・ウェインの心理分析をしてしまおうという一冊です。

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フィクションを基に「人間とは何か」を考える、というのはある意味で使い古された手法です。そもそも物語という存在自体が、娯楽であると同時に教育的な側面を持つものと言えるでしょう。しかも前述の通り、バットマンという作品はシリアスなテーマを扱うようになってきており(両親の死がきっかけで犯罪と戦うことを決意する、というプロットの時点で最初からシリアスな作品なのですが)、「バットマンと心理学」という仕立ても特に違和感なく読むことができました。

本書の中心となるのは、「コウモリのスーツを着て自ら犯罪撲滅に尽力する、しかも法の枠にとらわれない一方で悪人を死に至らしめようとはしない」という複雑なメンタリティの分析です。マスクを被ることにどんな意味があるのか。子供の頃の辛い経験がどのような影響を及ぼしているのか。なぜコウモリなのか――こういった点について、トラウマやPTSDなどに関する専門的な記述をまじえながら解説が進められます。大学のテキストほどではありませんが、いたって真面目な心理学本と言えるでしょう。

その一方で、本書は心理学に興味がある方だけでなく、バットマンのファンの方々にも十分に楽しめる一冊となっています。アメコミの仕組みをご存じの方も多いと思いますが、バットマンは日本の漫画のように、ごく少数の原作者が同じテイストで書き続けているというものではありません。1939年に初登場して以来、マンガ・アニメ・実写など様々なメディア上での変遷を経ながら、多くのクリエーターたちの手によってエピソードが積み重ねられているわけですね。従って「どのバットマンを分析するの?」という問題が生まれてくるのですが、本書はそこをごまかすのではなく、第2章できちんと「バットマンという作品の歴史」を解説してくれます。

また数々の魅力的な敵役の存在もバットマンの魅力ですが、彼らの心理分析もちゃんと行われています。果たしてジョーカーの脳の中では、どんな心理状態が展開されていると考えられるのか?彼は狂人なのか、それとも狂人を演じているだけなのか?興味のある方は、ぜひ本書の解説を読んでみて下さい。

個人的に最も印象に残ったのは、「(バットマンが被っている)マスクとはバットマンではなく、ブルース・ウェインの方ではないか?」「ブルース・ウェインもバットマンも、『バットマン』という作品の主人公が被っているマスクではないのか?」という指摘です。先日'The Self Illusion'という本をご紹介しましたが、同書のテーマはまさに「自我とは幻想であり、私たちの行動を実際に規定しているのは無意識や周囲の環境である」という主張でした。その主張と同様、本書では「両親の死」という衝撃的な事件の時点でブルース本来の自己は消滅したのであり、ブルース・ウェインもバットマンも、両親の死が生み出した「悪と戦う」という信念をつらぬくためのマスクに過ぎない(そして各々のマスクを被っている時にはその役割を演じている)という分析までが紹介されます。あくまで架空のキャラクターの考察に過ぎませんが、マスクや役割というものの心理的な意味を考えさせられる内容ではないでしょうか。

本書はもちろん『ダークナイト・ライジング』公開前に書かれたものですが、同作品の関係者のコメントも数多く紹介されています。映画の余韻に浸りたいという方にも、もちろん心理学の解説に興味があるという方にもお勧めの一冊です。

余談ですが、実は心理学から考えると、マスクを被って戦うというのは「過剰な行動を引き起こしかねない(つまりブルース・ウェインが守りたがっている「犯罪者を殺そうとはしない」という一線を越えてしまう恐れがある)」危険性があるのだとか。先日「バットマンのマントは滑空には危険」という研究結果も出ていましたし、実はブルースは知らず知らずのうちに大きなハンデを負って戦っていたのかも?

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