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考える監視カメラ

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ある画像の中に何が写っているのかを把握するという、画像解析の技術。その高度化については改めて指摘するまでもないでしょう。静止画だけでなく動画も解析できるようになり、対象が人間であれば性別は男女どちらか、年齢は何歳ぐらいか、あるいは表情は笑っているのか怒っているのかといった情報まで引き出せるようになりました。判断材料があれば個人特定も可能ですし、さらにその処理速度が高速化され、リアルタイムで「画面の中で何が起きているのか」を把握できるようになっています。

こうした画像解析の活用先として有望なのが、当然ながらセキュリティの分野。既に防犯カメラで捉えられた映像をリアルタイムで解析、万引きなどの怪しい行動を識別するといった実験が行われるようになっています。そしていよいよ、この発想は「ひとつの未来像」というレベルを超え、現実の世界で展開されるようになったのだとか:

Mass Transit Cameras Spot Bad Guys, No Human Judgment Required (Fast Company)

MUNI(サンフランシスコ市営鉄道)が導入する新しい監視カメラシステムについて。開発したのはBRS Labsという会社で、カメラで捉えた映像をリアルタイム分析し、問題を察知した場合にはSMS等を通じて即座に関係者にアラートが送られるそうです。「無数のモニタが設置された監視ルーム、その前に座る警備員の一瞬の隙をついて、主人公が秘密裏の潜入に成功する!」というハリウッド映画ばりの場面は、これからは不可能になると。

面白いのが不審な行動を判別するアルゴリズム。実はシステム側であらかじめ用意した条件だけで判断するのではなく、カメラからの映像(現場の日常の光景)を数週間にわたって解析し、何が問題のない状態かという「ベースライン」を構築。そこを基準にして異常を判断するという、機械学習の手法が取り入れられています。また時間帯や曜日による傾向(平日にはラッシュアワーがあり、ラッシュアワーには人々の歩くスピードが速いなど)も考慮に入れられるとのこと。つまり配置された場所に最適化されるわけで、人間の目では見落としてしまうような、あるいはそもそも重要だと思われてないようなちょっとしたしぐさまで見逃されなくなるでしょう。

さらに分析されるのは行動パターンという「現象」に過ぎませんし、人間の警備員が映像を目にすることもありませんから、BRSの監視システムはプライバシーの面でも望ましいものになる可能性があります。「機械に監視される」と聞くと漠然とした不安を感じてしまいますが、そこさえ受け入れられれば、こういった画像解析型の監視システムが急速に普及するかもしれません。

ただ一抹の懸念も残ります。最近"Cognitive Fingerprint"という概念が研究されているのですが、これは何らかのインターフェースを操作する際に現れる「体の動きのクセ」を捉えて、個人特定に利用しようというもの。例えばタイプミスのパターンや、マウス操作のパターンといったものから、「いまこのPCを動かしているのは○○さんだな」という判断ができるわけですね(BRSのシステムを個人レベルで展開するものと言えるでしょう)。これを応用すれば「ID/パスワードをいちいち入力しなくても安全に操作可能なPC環境」といった価値を実現することができます。変装や整形をして逃亡した犯人を、ちょっとした体の動作から見つけ出すというアイデアも考えられるでしょう。しかしそれが進めば進むほど、プライバシー侵害の領域に近づくこととなります。

また画像の確認にマンパワーがいらなくなることで、より多くの監視カメラが街中に配置されることにつながる可能性もあります。さらにデータ量が判断の精度に影響するとなれば、BRSのような先行企業に需要が集中し、街中の監視映像が集約されるということも考えられるでしょう。「ある区画全体で住民がどのように行動しているか」に関するデータを、ワンストップで提供できる企業が登場する――まだ空想のレベルに過ぎませんが、その可能性のメリットとデメリットについて考えておく価値はあると思います。

特にこれからオリンピック、ワールドカップという大規模なスポーツイベントが控えており、これらを契機として次世代型の監視システムが実社会へと大きく進出するという予測もあります。そこでどのようなテクノロジーが使われているのか、関心だけでも持っておいた方が良いのかもしれません。

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