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【書評】新たな「知識」のあり方を問う一冊"Too Big to Know"

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デビッド・ワインバーガー氏の新刊"Too Big to Know: Rethinking Knowledge Now That the Facts Aren't the Facts, Experts Are Everywhere, and the Smartest Person in the Room Is the Room"が発売されました。ワインバーガー氏は以前の著作(日本では『インターネットはいかに知の秩序を変えるか?』などの邦訳がありますね)から好きだったので、今回も期待していたのですが、期待通り非常に刺激される一冊でした。

何か分からないことがあれば、サッと検索して情報を得る。得た情報をブログに書いたり、ツイートしたりしてシェアする。シェアされた情報が新たな情報と結びつき、思いもつかなかったようなアイデアが生まれる……このような例を引き合いに出すまでもなく、ネット時代には情報や知識というもののあり方が変わってきていることは明らかでしょう。その変化を受け入れ、試験中にインターネットへのアクセスを許可する大学が現れたり、あるいは逆に『ネット・バカ インターネットがわたしたちの脳にしていること』のような警鐘を鳴らす本が登場したりと反応は様々ですが、何らかの変化が起きているのは確実です。本書は過去における「知識」のあり方を振り返るとともに、新たに生まれてきた「知識」を求める様々な事例を通じて、変化の全体像を捉えようとしています。

本書を通じて繰り返し登場するのが、以下のような表現です:

  • 知識は個人の頭の中や、一冊の書物の中にあるのではなく、ネットワークの中に存在する。
  • かつて書物が知識の構造を規定したように、いまはネットワークの構造が知識の構造を規定する。

例えば紙の本を考えたとき、かつてそれは知識の拠り所となるものでした。有名な学者が書いた、有名な出版社から発売されている本であれば、そこに書かれていることは「知識」であるとして何の疑いもなく頼ることができます。しかし現在のネット、例えばブログの場合はどうでしょうか。仮に出版物と同じ内容が掲載されていたとしても、それを書くために使用した資料へとリンクが貼られていれば、リンク先に飛んで書かれている内容が本当かどうかその場で検証することができます。あるいはもっと一般的な現象として、記事に対するコメント、あるいはトラックバックやブックマークコメントといった形で、内容に対する意見が表明されます。最初に記事を読んだ時には納得したのに、その後で各種コメント類を読んでみたら、とたんに内容に対する疑いが湧いてきた……という経験をお持ちの方も少なくないのではないでしょうか。つまり知識は一冊の本の中で完結するものではなくなり、いまやネットワークで結ばれた情報の集合体が「知識」と呼べるような存在になったのだ、とワインバーガー氏は主張します。

従って、かつて書物という存在が「編集者によって内容が吟味され、そのフィルターを通過したもののみが世の中に登場し、出版された時点で完結する」というプロセスを通じて知識のあり方を規定していたように、ネットワークが持つ「誰でも・何でも書き込むことができ、誰に対してもオープンで、決して完結しない」という性質が、新たな知識のあり方を規定することになります。それは善し悪しの問題というよりも、ピラミッド型なのかネットワーク型なのかというトポロジーの問題であり、それをどう活用してゆくのかが本書後半のテーマとなって行きます。

本書の最終章では、こんな印象的なストーリーが描かれています:

The next Darwin is likely to do her work in public, which is to say, on the connected Net. Rather than waiting to publish final results, she will post early results and perhaps a speculative hypothesis. As word gets out, a web of links will grow around her. Some nodes will turn into hubs, at least for a day or a month. There is no predicting whether the owners of those hubs will be professionals or amateurs, scientists or businesspeople, scholars or wags. We can predict, however, that many of the nodes and the threads that connect them will disagree, will agree, will get it wrong, will be childish and egoistic, will be a waste of the digital silk that links them. Nevertheless, we will now see how the idea spreads and the effect it has as the competent and the crazy take it up, make it their own, and pass it on.

次世代のダーウィンは、自らの研究成果を誰からもアクセス可能な環境、つまりインターネット上に置くようになるはずだ。研究結果を最終化するまで公開を控えるのではなく、初期の結果や仮説なども公開することだろう。話題になるに従って、彼女の周囲には無数のリンクが形成される。そして数日から1ヶ月程度で、ノードのいくつかがハブとなるはずだ。そのハブがプロの研究者なのか、それともアマチュアなのか、もしくは科学者なのかビジネスパーソンなのか、学者なのか素人なのかは分からない。ノードやスレッドの多くは「ダーウィン」が表明した意見に賛成したり反対したり、誤解したり、子供っぽい反応や利己的な反応を見せたり、せっかくのネットワークを無駄にしてしまうような行動を見せたりすることだろう。しかしいまやアイデアを広く拡散させることができ、優秀な人からクレイジーな人まで多くの人々がそれに触れ、自分自身のものとし、そしてまた別の人へと伝えて行くという流れを目にすることができるのである。

自分自身、本書の内容について十分に咀嚼できているとは思いません。幅広い議論の出発点になり得る本だと思いますので、機会があれば、ぜひ手に取ってみて欲しい一冊です。

Too Big to Know: Rethinking Knowledge Now That the Facts Aren't the Facts, Experts Are Everywhere, and the Smartest Person in the Room Is the Room Too Big to Know: Rethinking Knowledge Now That the Facts Aren't the Facts, Experts Are Everywhere, and the Smartest Person in the Room Is the Room
David Weinberger

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