「垢BAN祭り」はFacebookの価値を損ねない
昨日Facebook上で、ちょっとした騒ぎがありました。運営側から「実名で登録されていない」と判断された(と思われる)アカウントが次々停止され、中に著名な人々も含まれていたため「祭り」状態となってしまったのです:
■ Facebook、春の垢BAN祭りが始まったよ! (Togetther)
まとめられた@kanoseさんまでBAN(停止)の対象になってしまっているということで、「こんな著名人までBANしてたら日本でユーザー増えないだろ!」的な感想も多いようですね。確かに「Facebookは実名主義」という点は知られていても、ここまで強権的に取り締まると思っていなかった方が多いでしょうから、短期的にはネガティブな印象を持たれてしまう可能性があると思います。ただ長期的に見れば、この対応はFacebookにとってプラスになるのではないでしょうか。
※ただしFacebookにとってプラスというだけで、実名主義で行くのが正しいという意味ではありません。実名か匿名か、という議論はここでは踏み込まないでおきたいと思います。
先日「Facebookは実名制をあきらめて『革命』を支援すべきか?」という記事を書きましたが、その際にも解説したように、いまFacebookは「これだけ社会にとって重要なコミュニケーションプラットフォームになった以上、民主化活動家のような人々には(当局に個人特定されてしまわないように)匿名での使用を許可するべきではないか」という意見に直面しています。実際にエジプトでの抗議活動で注目されている"We are all Khaled Said"と"6th of April Youth Movement"という2つのファンページ/グループ(詳しくはこちらの記事で解説しています)については、その運営者を「実名登録していない」という理由で、過去にアカウント停止処置を行ったことがあったそうです。仮にそのまま活動ができない状態だったとしたら、今回の事態にも何らかの影響があったかもしれません。
そのような経緯があったにもかかわらず、未だに匿名は許可していないわけですから、いかにFacebookが実名制にこだわっているか理解できるでしょう。しかし別の側面に目を向けると、逆に実名制を捨ててしまった場合のリスクがあることも分かります。例えば『Facebook 世界を征するソーシャルプラットフォーム』には、次のような事件が取り上げられています:
未成年の女性が、初対面の「なりすまし」男に殺された事件。
2009年10月、イギリスのダラム州でアシュリー・ホールさん(17歳/以下、カッコ内は当時の年齢)の遺体が見つかった。彼女はその前日、母親に「友人の家に泊まる」と言って、家を出たという。
遺体が見つかったその日、警察は過去に性犯罪歴があり、保護観察処分を受けていた32歳の男を、誘拐と暴行殺人容疑で逮捕した。
取り調べの結果、この男はかっこいい少年の写真を使ってフェイスブックに偽アカウントを作り年齢も16歳と詐称し、アシュリーさんと「友達」になっていたことがわかった。「お父さんが迎えに行くから」という「少年」のメッセージを信じたアシュリーさんは、何の疑問も抱かず、男の運転する車に乗ってしまったという。
このような偽アカウントによる事件は他にも発生しており、Facebookは対応を余儀なくされています。「けっきょく実名制なんて幻想なのだ」ということも言えると思いますが、だからと言って運営自らが「じゃあ実名制捨てます」とは言えないでしょう。そんなことをしたら、今度は取り締まりの強化を求める側からの集中砲火を浴びることとなります。
一方、実名制を採用するプラス面は何か?これはもう、盛んに指摘されていることですが「企業側に都合が良い」という点です。実名のユーザーが溢れていて、デモグラフィックな属性まで確認した上で彼らとコミュニケーションが行えるプラットフォーム。これも「どこまでそんな状態が実現できるの?」という問題はあるものの、実名制という看板を外してしまったら、たちまち価値が半減してしまう要素です。
従ってFacebookは、実名制を維持するため、実名を登録していないと思われるユーザーを取り締まる必要があります。しかしそれにはある程度人力に頼らざるを得ず、とても全てのユーザーをチェックすることはできない――であればちまちまと1人1人取り締まるのではなく、警察の「一斉検挙」のようなやり方で目立つように行動すれば、アナウンス効果で「匿名で登録してるとこうなりますよ」というメッセージをユーザー達に送ることができます。そして企業や市民団体に対しては、「私たちは本気で実名制を維持しようと思っていますよ」というメッセージを送ることになるでしょう。それは長期的に見れば、短期的なユーザー減少より確実にプラスになるはずです。
繰り返しになりますが、だから今回の「垢BAN祭り」は大歓迎だ!と言っているわけではありません。そのような価値判断を抜きにして、Facebookにとって極めて合理的な行為だったのではないか、という意見です。そしてこの一件によって、Facebookは日本でも実名制を本気で貫こうとしているのが明確になったわけですから、Mixiなど他の国内SNSにとっては分かりやすい対立軸ができたと言えるかもしれません。ただし匿名を許可すれば上記とは裏返しの問題が起きるわけで、簡単に飛びつける要素ではない――とすれば、国内SNSの運営者にとってはコメントするのが難しい事態をFacebookは引き起こしたのかも?
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< 追記 >
ちょっと追記。うがった見方をすれば、これでFacebookは「SNSには偽名でアカウントを作るユーザーがいるよ、でも俺たちは実名・属性を明らかにするユーザーしか集めないよ!」という姿勢が(日本国内で改めて)明らかになったわけで。これでユーザー数が伸び悩もうが、誤解を恐れずに言えば「企業にとって良質な会員」がいますよ、とアピールできることになります。それじゃ国内の他のSNSはどうなの?会員数は多いけど、どこの誰か分からないユーザーばっかじゃん?的な切り返しをしてくるようになると、今回の「垢BAN祭り」はさらにFacebookにとってプラスである、と評価できるかもしれません。
【○年前の今日の記事】
■ 感染列島に Twitter を (2009年2月9日)
■ 危機か、チャンスか (2008年2月9日)
■ カメラとパッケージツアー (2007年2月9日)