NPRが示す「マスメディアによるFacebook活用モデル」
停滞する既存メディアと、躍進するソーシャルメディア。では既存メディアもソーシャルメディアを巧みに利用すれば良いのではないか?という意見がありますが、当然ながら彼らにとってはまったく新しい世界であり、読者や視聴者との関係を再構築しなければなりません。様々な企業がソーシャルメディア活用で試行錯誤する中、NPR(National Public Radio、米国の公共ラジオ局)がFacebook活用で成果を上げているとのこと:
■ 1.4 million fans can’t be wrong: NPR’s Facebook page (Nieman Journalism Lab)
NPRで戦略担当という立場にあるAndy Carvin氏が、Facebook本社で開かれたイベントにおいて語った内容をまとめたもの。従って若干Facebookを持ち上げ気味のところもありますが、マスメディアにおけるFacebook活用の成功例として、非常に興味深い内容です。
箇条書きで失礼しますが、気になったポイントを列挙してみましょう:
- NPRはFacebook上にファンページを開設しており、約140万人が購読(「いいね!」ボタンを押したということですね)している(※ちなみにこのファンページは、もともと英国のNPR愛好家が立ち上げたものとのこと)。
- ファンページ上ではウェブコンテンツへのリンクが掲載されており、コメントを付けることが可能。そしてNPR自身の公式サイト上で付けられるコメントよりも、ファンページ上の方のコメントが良質になる傾向がある(スパムが無い、荒れないなど)。またユーザー自身も、コメントの傾向が適切であると感じているとの調査結果が出ている。
- ユーザーはNPR公式ページを「ニュースを消費するための場」として捉えている一方で、ファンページを「家族や友人と会話するための場」として活用している。
- こうした傾向があるため、例えば死産を扱った記事のケースでは、無数のユーザー達が自身の体験を語るということが起きた。これはNPR公式サイト上では考えられないこと。
- FacebookからNPR公式サイトへ流入するトラフィックは、月450万ページビュー。その約半数が、ユーザーがシェアしたリンクからのもの。
- ファンページ上に掲載するリンクは、その日のトップストーリーや速報というよりも、「自分の友人はこの話題について話をしたいと思うだろうか?」という基準で選ばれている。
- 情報を得るツールとしては、Facebookの検索機能よりもTwitterの検索機能の方が使えると感じているが、ファンページも最重要な情報源の1つとなっている。情報を求めるNPRからのリクエストに対し、平均で750~800件の回答があり、300件を下回ることはまれ。
- ヘイトスピーチのようなコメントは削除しているものの、通常はユーザーのコメントをブロックすることはなく、自主性に任せている。ユーザー達も偽アカウントを報告するなど、保守に協力してくれている。「(ファンページは)私たちのものであると同時に、ユーザー達自身のものでもあると感じている」。
とのこと。最後のユーザー達と一緒に築いてゆくという姿勢は、コミュニティ運営の鉄則と言えますが、批判を許容するというのは企業にとっては難しい決断でしょう。一方で実名が原則のFacebookにおいては、匿名ユーザーによる愉快犯的な行動を回避できるという考え方もありますから、実際にNPRのファンページで起きているように「むしろユーザーとの交流を持つ場としては自社サイトより適切」と言えるかもしれません。
またファンページにどのコンテンツへのリンクを置くか判断する基準が、「自分の友人が会話したいと思うだろうか」という点であることも示唆的でしょう。死産を扱った記事のケースのように、ユーザー自らの経験や意見を引き出すようなコンテンツかどうか――よく考えれば当然かもしれませんが、「友人や家族達と会話する場所」と捉えられているコミュニティにおいて、それを促すようなコンテンツを提供することが重要になってくるわけですね。メディアのソーシャルメディア活用と言うと、メインの媒体で流したコンテンツを機械的にウェブ転載しただけという場合がありますが、それとは異なる姿勢が求められると。
海外メディアによるFacebook活用という点では、先日英インディペンデント紙が、記事ではなく記者/ライター単位で「いいね!」ができるようにし、お気に入りの記者が書く記事をFacebook上でフォローできるような仕組みを整えています(参考記事)。NPRの話、あるいはFacebook以外での事例も含め、メディアによるソーシャルメディア活用は今後も進化して行くことでしょう。日本のメディアでもTwitter活用、Facebook活用に乗り出す企業が珍しくなくなりましたが、彼らがどのような成功モデルを打ち出せるのか、注目に値するのではないでしょうか。
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< 追記 >
ちょうど今朝の日経ビジネスオンラインに『フェイスブック 若き天才の野望 (5億人をつなぐソーシャルネットワークはこう生まれた)』の著者デビッド・カークパトリック氏のインタビュー記事が掲載されているのですが、彼はFacebookとメディアの関係についてこんなコメントを行っています:
―― フェイスブックはジャーナリズム、メディアをぶっ潰してしまうのでしょうか。
ジャーナリズムを殺すとは思わない。フェイスブックやツイッターは、基本的にはメディアの声を増幅することができるブロードキャスト基盤だと私は考えている。正しく使えば、フェイスブックはメディアのオーディエンスを増やすツールになる。私は記事を書くとフェイスブックとツイッターにアップする。多くの人がコメントしてくれて、友達に転送してくれる。僕が書いたことが的を射ていれば、ものすごい勢いで広がっていく。メディア側は、顧客や読者やオーディエンスが再送・転送したくなるようなメッセージを作り出すという発想の転換が必要なのかもしれない。
―― 我々メディアはフェイスブックを怖れる必要はないと。
怖れるべきはフェイスブックではない。フェイスブックのような新しいツールが既に存在していて、誰でもが使えるようになっているということを認めようとしないことが一番危ない。古いやり方を続けていれば大変なことになるだろうね。このクチコミ・メディアはフィードバックのループを持っていて、時々とんでもない反発や反感も返ってきたりするけど、メディアが発信するメッセージを再パブリッシュしたり、再ブロードキャストしたりして、メディアの風景を全く変えてしまうってことを頭に叩き込まなければならない。それさえ、しっかり押さえておけば、逆に活用する道も開けてくる。
この言葉、まさにNPRがいま実現しようとしていることを言い当てているかもしれませんね。
< 追記2 >
もう1つ追記を。ちょっと検索してみたところ、日本人の方で実際にFacebook経由でNPRと接点を持たれた方がいらっしゃいました:
■ facebookのパワーとNPRへの招待 (独り言 in New York)
再び少し長くなりますが、非常に印象的ですので引用させていただきます:
今朝、いつものように職場でコーヒーを飲みながら朝一のネット・サーフィングをしていた時のこと。
facebookにログインしてふと気付いた記事の1つが私がファンであるNPR (National Public Radio)からのポストだった。『NPRでは今年のアメリカ独立記念日に向けて最近アメリカ市民になられた方からの参加レポートを募集しています。ご希望の方は出身国、いつ市民になられたかの情報と共にご連絡ください。』と書いてある。
それを見て『あ~、来週のJuly 4th(独立記念日)はアメリカ人になって初めてのものになるんだ…』と改めて実感。そうなると何だかもの凄く特別な事のような気がしてきてその勢いと共にそのNPRのポストにコメントを残す事にした。『私は日本の出身でアメリカ生活21年目にしてアメリカ市民になった者です。幼稚園児だった頃から大きくなったら絶対“アメリカ人になる”と夢みてました。』と書いて約15分もしないその後に何とNPRのプロデューサーからメッセージが!!!
それは今週、セグメントのインタビューの為に録音するのでスタジオに来ませんか?という内容。これにはあまりの反応の速さと突然の出来事に驚いた。
まさしく「平均750~800件のレスポンス」の1つが生まれ、NPRが即座に反応した瞬間ですね。こうした関係をFacebookという場で構築できているNPRは、改めてソーシャルメディアの活用に成功している企業の1つと言えるかもしれません。
【○年前の今日の記事】
■ オバマ大統領、就任演説は? (2009年1月21日)
■ 日本は捨てたのか、捨てられたのか (2008年1月21日)
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