オルタナティブ・ブログ > シロクマ日報 >

決して最先端ではない、けれど日常生活で人びとの役に立っているIT技術を探していきます。

【試論】「現実に追加されるもの」から考えるAR(拡張現実)アプリケーション分類法

»

昨夜は吉川日出行さんのお招きで、みずほ情報総研さんの社内勉強会に参加し、ARについて語らせていただきました。ありがとうございます。で、その際にARの分類法について試論を展開してみたのですが、自分的にもイマイチだったのでこの場を借りて補足説明してみたいと思います。また混乱しそうだど。

***

最近2回ほどARについて分析を書かせていただく機会があったのですが、その際に非常に悩ましかったのが、ARアプリケーションの分類法です。一般的には、その目的から分けるというのが無難なところでしょう。ゲームとか、広告とか、教育とかいった具合ですね。

しかし8月にあった「実物大ARマジンガーZ」という企画を考えてみましょう。以前もこのブログでご紹介していますが、これはバンダイさんが開催された『魂フェスティバル2010~夏の新商品祭り~』というイベントの一環として行われたもので、秋葉原UDXビルの隣にマジンガーZを再現するというものでした。

IMG_0951

これですね。で、このARの目的を考えてみると、バンダイさんにとっては「イベントの集客をするため」、つまりプロモーションのためと言えるかもしれません。しかしユーザー、特にファンの立場からすれば、「楽しみ=エンターテイメントのためのAR」と言えるでしょう。さらにこのマジンガーZのCG、実際に販売される超合金の開発に使用されたデータを表示しているのですが、それを知ったユーザーが超合金を買ったら……このARの目的は「広告」と言えるかもしれません。

ということで、目的から分類するのは実はグレーゾーンが広くなる感じがします。そこで試してみたのが、「現実に追加されるもの」から分類するという方法。これでどのように分類されるかというと、

  1. 見えない現実を拡張するAR ~ 追加されるもの:「実は目の前にある現実」
  2. 別の現実を拡張するAR ~ 追加されるもの:「他のどこかにある現実」
  3. ありえない現実を拡張するAR ~ 追加されるもの:「空想」

となります。順に説明してみましょう。

(1) 見えない現実を拡張するAR

以前ご紹介した「LookTel」というアプリケーションがあります。これは視覚障害者のために開発されたアプリで、簡単に言えば、目の前にあるものが何かをカメラで解析して音声で伝えてくれるというもの。視覚に問題がない人にとっては、このアプリは何も「拡張」してくれません。しかし視覚障害者の方々にとってはどうでしょうか?誤解を恐れずに言えば、現実は1つしかありませんが、視覚障害者はその一部を感じることができません。その不足を補い、「現実」に近づけてくれるのがLookTelだと捉えられるでしょう。

もちろん五感がすべて揃っている人間が完璧なのだと言いたいのではありません(「不足」という表現には、価値判断は含まれていないと考えていただければ幸いです)。それを示すために、別のケースを考えてみましょう。最近、「地球の歩き方 パリAR2010」というアプリがリリースされました。

PAR

これですね。ご覧のように、パリの実際の風景に観光情報を重ね合わせてくれる、というものになります。あえて言い切ってしまいますが、パリに長年住んでいる人にとってはこのアプリは不要でしょう。ラルザコが何なのか、どこにあるのか、教えてもらわなくても分かっているからです。しかし観光客に見ることができる「現実」とは、そのような情報が欠けた、「不完全」な世界なわけですね。それを補ってくれるのが「地球の歩き方 パリAR2010」だと言えるでしょう。

この視点で考えれば、他にも様々なARが考えられるはずです。撮影した外国語の文章、はたまたマイクで拾った外国語の音声を即座に翻訳してくれるAR。山の名前を教えてくれるAR。空を飛んでいる飛行機の行き先を教えてくれるAR……実は目の前にあるのに、私たちが「見る=知る」ことのできない現実が大量にあります。

(2) 別の現実を拡張するAR

"SnapShop"というiPhoneアプリがあります。現実の風景に3D風の家具を重ね合わせて表示してくれるというもので、マーカーも使わない(単に画像を上書きしているだけ)単純なものなのですが、これで検討中の家具を実際の部屋に置いたイメージが確認できるわけです。念のため紹介ビデオはこちら:

ということで、このアプリが拡張してくれるのは「別の現実」です。目の前の何も無い部屋には、本当に何もありません。ですからそこに家具を置くARは、「見えない現実を見えるようにする」とは言えないでしょう。もちろんユーザーの脳内には、もしかしたらゴージャスな部屋の妄想が広がっているかもしれないわけで、それを可視化するのだと捉えれば無理やり(1)の範疇に入れられないこともありませんが……。

このカテゴリーに入るのは、主にシミュレーション系のアプリケーションと言えるでしょう。例えばこちらもARの典型例として紹介されることの多い、米Zugara社のバーチャル試着室システムです:

ここで拡張されているのは、これからユーザーが買うかもしれない「服」という別の現実。ユーザーが持っていなくても、お店に行けば現実に存在しています。では、以前ご紹介した次の例はどうでしょうか?

江戸東京博物館の所蔵写真にジオタグがつく日

ここで紹介した"Museum of London: Streetmuseum"というアプリは、過去にロンドンで撮影された写真を、現在の風景の上に重ね合わせて表示してくれるというものです。考え方によっては、次の(3)ありえない現実を拡張するAR、に入るかもしれません。しかしここでは、「過去から未来までの間に実在した、あるいは実在する可能性のある状況」を現実と捉え、過去の風景や遺跡を再現してくれるアプリケーション(バーチャル飛鳥京プロジェクトなどもその一例ですね)は(2)の範疇に整理してみたいと思います。また同じ理由で、ブラジルで行われた「建設予定のビルを表示する世界最大のAR」もここで紹介しておきましょう。

またこのカテゴリーのARは、物販に結びつけやすいという点も特筆すべきでしょう。先ほどの"SnapShop"は気に入った家具があったらそのままオンラインストアにジャンプすることができますし、バーチャル試着室はそもそも服のオンラインショッピングの補助機能として開発されています。

(3) ありえない現実を拡張するAR

さて、最後はある意味で最もイメージしやすいARですね。冒頭で紹介した「実物大ARマジンガーZ」などがこの好例ですし、またこちらも典型と言えるでしょう:

最近はカノジョたちとの熱海旅行まで実現してくれた『ラブプラス』。バーチャルな女の子が、しかも彼女として登場してくれる!という二重の意味でありえない現実をもたらしてくれます。こんな子が彼女になった時のシミュレーションだ!と言い張れば、(2)の範疇に入るかもしれませんが……。

傾向としては、(2)のカテゴリーがシミュレーション系と親和性が高かったのに対して、こちらはやはりゲーム/エンターテイメント系のアプリとの親和性が高いと言えるでしょうか。ただし最近注目されているAR教科書のように、「地球のミニチュアや元素模型を表示して理解を助ける」といった教育面での活用も可能かもしれません。

***

この分類法はあくまでも試案で、またMECEな整理が可能なものだとも思ってはいません。例えば「実物大ARマジンガーZ」は、キャラクターそのものは空想ですが、3DCGとして表示されたものは実際に存在する超合金(を開発したデータ)なわけですし。ただ「何を追加するのか」という考え方は、新しいARアプリケーションを考える際に何らかの発想を促してくれるものではないかと感じています。例えば地域活性化をテーマにAR活用を考えた時に、(1)の方向性だと「地球の歩き方 パリAR2010」が、(2)の方向性だと「ベルリンの壁を再現するAR」が、(3)の方向性だと「熱海 ラブプラス現象キャンペーン」が出てくるといった具合に。

ということで、1つのフレームワークとして。本には書ききれなかったので、勉強会とこの場を借りて、少し形にして置いてみたいと思います。

AR-拡張現実 (マイコミ新書) AR-拡張現実 (マイコミ新書)
小林 啓倫

毎日コミュニケーションズ 2010-07-24
売り上げランキング : 43111
おすすめ平均

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

【○年前の今日の記事】

ワシントンポストのソーシャルメディア・ポリシーが引き起こした騒動 (2009年9月29日)
ゴールドラッシュで儲けたのは・・・ (2006年9月29日)

Comment(0)