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ソーシャルメディアが社会の断層を埋める?

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「ネットや携帯電話を使う人の方が、他人とのつながりを維持している」。こんな調査結果が、お馴染み Pew Internet and American Life Project から発表されています:

ネットや携帯電話は社会性を高める、米調査 (AFPBB News)

一般的に信じられていることとは異なり、テクノロジーの進化は人びとを社会的な孤立に向かわせることはなく、インターネットや携帯電話を使用する米国人の多くが、より広く多様な社会ネットワークを築いている――。こうした事実が、米民間調査機関「ピュー・インターネット・アンド・アメリカン・ライフ・プロジェクト(Pew Internet and American Life Project)」が4日に発表した調査報告書『Social Isolation and New Technology(社会的孤立と新技術)』で明らかになった。

報告書全体は、こちらからダウンロードすることができます:

Social Isolation and New Technology (Pew Internet & American Life Project)

Pew の調査なので対象は米国なのですが、ソーシャルネットワークに関心がある方は読んでおいて損のない内容でしょう。忙しい、あるいは英文はちょっとという方は、最初の Executive Summary だけでも読んでおくことをお勧めします。

さて、この調査報告書は「ネットや携帯電話が社会性を高める」ということを(これまでの社会風潮を反映して)「意外」と表現していますが、最近のソーシャルメディアを使っている人であれば特に驚きの話ではないでしょう。新聞・テレビ型の一方通行なウェブの時代は終わり、双方向、あるいはユーザー間でコミュニケーションできることがウェブサービスのスタンダードとなっています。また報告書の中では「ネットや携帯電話を使う人の方が地元のコミュニティに参加している」という結果も出ているのですが、これも「オフ会」という現象があることを思えば、さほど意外な話ではないはずです(Twitter からも「つい飲み」なんてイベントが生まれていますよね)。

しかし、個人的に予想外だったのは以下の部分(報告書の Executive Summary から抜粋):

Social media activities are associated with several beneficial social activities, including having discussion networks that are more likely to contain people from different backgrounds. For instance, frequent internet users, and those who maintain a blog are much more likely to confide in someone who is of another race. Those who share photos online are more likely to report that they discuss important matters with someone who is a member of another political party.

ソーシャルメディア上で活動することは、異なる背景を持つ人々が参加するディスカッション・ネットワークに参加するなどといった、有益な社会活動へとつながる可能性がある。例えばネットを頻繁に利用する人や、ブログを更新している人は、自分とは異なる人種の人を信頼する傾向が高い。オンライン上で写真を共有している人は、自分とは異なる政党の支持者とでも、重要な事項についてディスカッションすることがあると回答する傾向が強かった。

とのこと。「集団正極化」や「サイバーカスケード」などという言葉があることからも分かるように、ネットは意見が同じ人々が集まる「蛸壺」を生み出すだけという議論がありますが、Pew の調査結果はそれを否定するものになります。個人的には蛸壺化理論の方が納得感が強かったので、この結果は意外でした。

しかし、確かに最近のソーシャルメディア上での行動を振り返ってみると、いわゆる「緩い紐帯」を増やすことの方が多くなっています。Twitter で誰かをフォローする/フォローされるなどというのは、まさに「緩い紐帯」を増やすことに他なりませんよね。彼らの中には、当然僕とは違った思想や主義を持つ人々が数多く含まれていることでしょう。そういった人々が発する意見に、ごくわずかでも触れられるということは、それが全くない状態よりも異なる思想・主義を理解する可能性を高めてくれるはずです。

もちろん、本来ならばつながらない人々がつながってしまったために余計な対立が生まれる(最悪の場合は炎上が起きる)などという可能性もあるはずです。しかし、対立状態が潜在化しているよりも、顕在化してお互いの主張をぶつけ合うというプロセスが重要な場合もあるのではないでしょうか。だとすれば、ソーシャルメディアに必要なのは対立を避けるような仕組みではなく、対立が発生した場合にどうやって有意義な議論につなげるかという発想なのかもしれません。

いずれにせよ、私たちの社会はリアルのつながりだけでなく、バーチャルのつながりによっても構成されるようになりました。たとえバーチャルのつながりによって問題が生まれたとしても、もはやそれを否定し、排除することはできません。ならばそれを積極的に研究して、どうマネージしていくかを考えなければならないのではと思います。

【○年前の今日の記事】

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Comment(2)

コメント

アロハ

近代化が進んでも根強く残る、インドのカーストとかは、IT化によって変わってきつつあるのでしょうか?
IT社会の情報が、カルフォルニア文化中心視点になってしまっていないか、気になります。

アロハさん、コメントありがとうございます。

ちょっと脱線しますが、カーストという話では、カーストによる差別を逃れるためにキリスト教に改宗する人がインドで増えているという記事を先日読みました。インドでどの程度ネット、そしてソーシャルメディアが普及しているか知識がないのですが、キリスト教と同様に、差別を乗り越える手段として活用されることを願います。

> IT社会の情報が、カルフォルニア文化中心視点になってしまっていないか、気になります。

「カルフォルニア文化」がどういうものかは分かりませんが、ある程度ネットを設計した人々の思想、あるいはソーシャルメディアを設計した人々の思想が、そこに集う人々に影響をおよぼすということはあると思います。その長所・短所については、コメント欄で語るには重すぎるテーマなので避けますが(笑)、気に留めておおかなければならないポイントなのでしょうね。

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