革命の後
垂直統合から、水平分業の時代へ。「ガラパゴス」と揶揄される日本の通信業界は、大きな方向転換を迫られようとしています。
例えば日本の携帯電話業界。キャリア主導の垂直統合モデルがずっと続いた結果、日本の端末メーカーは国際競争力を失ってしまった。諸外国を見れば、複数の企業が協力してサービスを提供する水平分業モデルが主流だ。日本も水平分業モデルを追求すれば、国内企業の技術力が発揮され、再び海外に打って出ることができる――
国内で囁かれている声をまとめれば、こんなところでしょうか。確かにキャリアを「王様」とした垂直統合モデルは、一定の価値を生み出しつつも、同時にひずみを生み出してきたのでしょう(それはまぁ、どんなものにも言える話ではあるのですが)。とりあえずこの部分には立ち入らないこととして、今回考えてみたいのは後ろの部分です。果たして水平分業モデルは、日本を救う夢の処方箋になるのでしょうか?
何かとてつもない天変地異が起きて、日本の携帯電話業界がゼロに戻ってしまったとしましょう(そんな恐ろしい事態を想定したくないという方は、近未来に月面に植民地ができたとお考え下さい)。回線を提供するキャリアは「土管屋」に徹し、端末やコンテンツは他企業が彼ら自身の責任で提供する。仮にそんな状況が実現したとして、そこで積極的にリスクを取り、企業を束ねて新しいサービスを提供しようというプレーヤーは生まれるでしょうか。また水平にちらばった業者たちは、1つの目標に向けて一致団結することができるでしょうか。
もちろん、何事にも不可能ということはありません。生物でも企業でも、複数の異なるプレーヤーが存在していれば必ず「エコシステム」が生まれ、そこに何らかの方向性が生まれるはずです。しかしその方向性が、消費者という視点から見て望ましいものになるかどうか。多様なプレーヤーが私欲を抑えて協力し、Win-Win な関係が勝手に生まれてくるのかどうか。それは水平分業とは別の問題であり、「王様がいなくなれば世の中は良くなる!」などとは言えないでしょう。
米国がイラクで泥沼にはまったのは、フセイン打倒後のビジョンをきちんと描けていなかったことに一因があると言われます。また明治維新が評価されている理由の一つは、幕府を倒したことではなく、その後の枠組みを素早く構築できたことでしょう。垂直から水平へ、革命的な移行が避けられないものだとしても、新しいモデル下での力学を慎重にデザインする必要があるのではないでしょうか。