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BR(Blogger Relations)からTR(Twitter Relations)の時代へ?

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仮にあなたが、米国で新しいウェブサービスを立ち上げたとしましょう。PRの専門家を雇い、知名度を上げる戦略を練っているときに「TechCrunch に売り込むのはやめて、Kevin Rose (Digg の創業者)に Twitter 上で言及してもらいましょう」と提案されたらどうするでしょうか?「そんなバカな話があるか」と反発するか、「確かにそれも一案だ」と同意するか――実際に米国で、こんな議論が起きています。きっかけになったのは、以下の New York Times の記事:

Spinning the Web: P.R. in Silicon Valley (New York Times)

シリコンバレーで生まれつつある新世代のPR会社について、パブリシストの Brooke Hammerling (@bhammerling)さんの姿を通して描くという記事です(パブリシストを訳せば「広報」になるのでしょうが、日本語の広報というイメージよりもずっと広い活動を行っていますので、ここではパブリシストのままにしておきたいと思います)。彼女が Wordnik という新しいウェブサービス(オンライン辞書を進化させたようなもの)のPRを行う、というのが記事の中心になるのですが、TechCrunch や GigaOM などのギーク向けブログに売り込もうという提案に対して、関係者からこんな反論が行われます:

But Roger McNamee, a prominent tech investor who is backing Wordnik, is also in the room, and a look of exasperation passes across his face at the mere mention of the sites.

“Why shouldn’t we avoid them? They’re cynical,” he says, also noting his concern that Wordnik would probably appeal more to wordsmiths than followers of tech blogs. “That’s where I would be most uncomfortable. They don’t know the difference between ‘they’re’ and ‘there.’ ”

Without missing a beat, Ms. Hammerling changes course, instantly agreeing with Mr. McNamee’s take. “I love you for that,” she intones. “I’ll leave the tech blogs out. Let them come to me.”

Instead, she decides that she will “whisper in the ears” of Silicon Valley’s Who’s Who — the entrepreneurs behind tech’s hottest start-ups, including Jay Adelson, the chief executive of Digg; Biz Stone, co-founder of Twitter; and Jason Calacanis, the founder of Mahalo.

Notably, none are journalists.

しかし同席していた Roger McNamee (著名なテクノロジー系投資家で、Wordnik を支援している)は、それらのサイトの名前が出ただけで怒りの表情を顔に浮かべた。

McNamee は「彼らは避けてはどうかね?あいつらはシニカルだ」と述べ、さらに Wordnik に関心を持つのは、テクノロジー系ブログの読者よりも言語に興味がある人々の方ではないかと指摘した。「彼ら(テクノロジー系ブログの読者)には良い印象がない。『they're』と『there』の区別すらつかないんだから。」

話の流れを逃さず、Hammerling は方向を変え、McNamee に同意した。「それが良いですね。テクノロジー系ブログは外しましょう。彼らの方からやってくるようにさせないと。」

代わりに、彼女はシリコンバレーにいる著名人の耳に Wordnik のニュースを吹き込むことを決めた。Digg の Jay Adelson、Twitter の Biz Stone、Mahalo の Jason Calacanis など、話題のベンチャー企業を率いる起業家たちだ。

見てお分かりの通り、ジャーナリストは含まれていない。

ということで、「こちらから働きかける相手としては」有名ブログは外すという結論に。確かに TechCrunch は揶揄するような口調の記事も多いですし、Wordnik というサービスの性質上、あえてギーク層を外すという選択肢もあるでしょう。しかし「こちらから追うのではなく、彼らから来させるようにする」というのはなかなか大胆な発想です。

この判断をどう捉えるか。例えば Dave Winer などは、FriendFeed 上でお墨付きを与えたりしているのですが

McNamee is right. I'm much better at starting word of mouth for startups than TechCrunch et al. Little-known.

McNamee は正しい。TechCrunch やその同類よりも、僕の方がベンチャー企業に関するクチコミを起こす力を持っている。あまり知られていないことだが。

一方で批判も少なくありません。当然ながら名指しされた方の TechCrunch は面白くないようで、Michael Arrington がこんな反論エントリをアップしています:

The Reality Of PR: Smile, Dial, Name Drop, Pray. (TechCrunch)

The result? Not much. Wordnik is flatlining at an abysmal amount of traffic. Comscore and Quantcast don’t even register the site as a blip.

Compare Wordnik to Topsy, another recently launch service. Topsy launched on TechCrunch exclusively. The domain now has 577,000 results on Google, compared to 56,000 for Wordnik.

(Hammerling らが取った戦略の)結果はどうだったか?芳しくない。アクセス数のグラフはずっと低いところを低空飛行している。(ネット視聴率調査会社である)Comscore や Quantcast は彼らを調査対象にすらしていない

Wordnik と、同じく最近リリースされたサービスである Topsy と比べてみればいい。Topsy は TechCrunch が独占的に報じた。いま Google で検索してみると、57万7,000件がヒットする。対する Wordnik は5万6,000件だ。

と、他にもグラフを掲載するなどして、Hammerling の戦略が「失敗であった」と結論づけています。

では、Hammerling の戦略は本当にバカげたものだったのか。元の New York Times の記事では、こんな結果が紹介されています:

When Wordnik went live last month, Mr. Adelson tweeted about it. Digg’s founder, Kevin Rose, later tweeted to his then 759,310 followers that Wordnik was “truly amazing.” Most of the other tweets and blog posts described Wordnik as “an ongoing project,” adopting the language the P.R. team had decided on.

BY 6:30 p.m. on the day Wordnik went live, Brew’s staff had calculated that 1.43 million people had seen tweets about it. CNET and a handful of blogs also wrote about the site. None of the coverage was in print, and most wasn’t by professional journalists.

The publicity sent 40,000 people to Wordnik’s Web site to perform 170,000 searches the following week and caught the attention of reporters at USA Today and The Wall Street Journal who hoped to write articles. A couple of media companies have contacted Wordnik to talk about potential partnerships and mentioned that they read the tweets of Mr. Adelson or Mr. Rose.

先月 Wordnik がリリースされた際、Adelson はそのことを Twitter に書き込んだ。Digg の創業者である Kevin Rose は、759,310人のフォロワーたちに向かって、Twitter 上で Wordnik が「非常に素晴らしい」と発言した。他の多くのブログや Twitter 上の書込みでは、PRチームが設定した「Wordnik は現在進行形のプロジェクトである」という表現が使われていた。

Wordnik リリース初日の午後6時30分までに、143万人の人々が Twitter 上で言及したと Brew のスタッフは計算した。CNETや他のいくつかのブログで言及されたが、紙媒体では取り上げられず、ブログの多くもプロのジャーナリストによって書かれたものではなかった。

こうしたネット上での紹介により、Wordnik のサイトには4万人の訪問者が訪れ、17万回の検索が行われた。USAトゥデイやウォール・ストリート・ジャーナルが関心を示し、記事を書こうとしている。いくつかのメディアからの接触を受け、パートナーシップ締結に関する提案を受けた。彼らは Adelson や Rose の Twitter 上での発言を読んでいたそうである。

と、メジャーなブログの代わりに Twitter が重要な役割を果たしたとのこと(興味深いことに、雑誌に記事を書いてもらうためではなく、Twitter や Facebook 上で言及してもらうために Forbes 誌の記者に接触することもあったのだとか)。もちろんあらゆるケースでこうした戦略が使えるとは限らないのでしょうが、Hammerling が設立したPR会社では3分の1のクライアントで同様の手法を使っており、その数は増加傾向にあるそうです。Twitter に代表されるクチコミネットワークを活用するという点で、PR(Public Relations)ならぬTR(Twitter Relations)戦略といったところでしょうか。

「ウェブサービスを立ち上げようというのに、TechCrunch を無視しても良いのか」という問いに対する答えは、結局のところケースバイケースだと思います。むしろここで重要なのは、BR(Blogger Relations)の重要性が認識されつつある中で、既にTRの事例が生まれつつあることではないでしょうか。PR/BR/TRのどれが正解というわけではなく、時と場合に応じてそれらを組み合わせること。そんな姿勢が求められる時代になってきているのではないかと考えています。

マスメディアが唯一の「マス」なメディアだった時代から、有力なブロガーがマスメディア的な役割を果たす時代へ、そして Twitter のネットワークが大きな情報伝達力を持つ時代へ。変化に応じてPRの手法も変化していくのはある意味で当然のことでしょう。「ウェブサービスのPRだから、TechCrunch に売り込む」――そんな単純な考え方が成り立たない世界、あるいはそれだけが唯一の正解ではない世界になりつつあることだけは確かなのではないでしょうか。

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