オルタナティブ・ブログ > シロクマ日報 >

決して最先端ではない、けれど日常生活で人びとの役に立っているIT技術を探していきます。

相手を肯定する力

»

ニューヨークにて

あけましておめでとうございます。何を隠そう、2009年は年男の僕。牛歩にならぬよう(?)気をつけつつ、一歩一歩着実に前進していきたいと思います。今年もどうぞよろしくお願いします。

*****

あなたはなぜ値札にダマされるのか?―不合理な意思決定にひそむスウェイの法則』を読了。ある方にご紹介いただき、さらに以前読んで参考になった『ヒトデはクモよりなぜ強い 21世紀はリーダーなき組織が勝つ』(原著のレビューをこちらこちらで書いています)の著者による本ということを知って、取り寄せて読んでいました。内容は最近話題になった『予想どおりに不合理』と『人は意外に合理的』の2冊と被ってしまっているため、両書を読まれた方はあえて手にする必要はないかもしれませんが、個人的には本書が最もすっきりまとまっているように感じました。「行動経済学を学ぶ」などという肩肘張った態度ではなく、人間の不思議な心理について軽く楽しみたいと思われる方には、本書がお勧めだと思います。

さて、本書の中に「カメレオン効果」という話が登場します。いったいどんな効果なのか、関連部分を引用すると:

これが評価バイアスの第三の罠だ――誰かにラベルづけすると、その人が実際にその特徴を身につける。期待を反映するこの現象は心理学の世界では、ピグマリオン効果(他人から与えられたプラスの特徴を私たちが身につけること)、ゴーレム効果(マイナスの特徴を身につけること)として知られている。だがここでは、包括的なカメレオン効果という用語を使うことにしよう。

と定義されています。例えば「教官に『この生徒は能力がない』と言ってトレーニングを始めるよりも、『この生徒は能力がある』と言ってトレーニングを始めた方が、生徒の成績が伸びる」などといった実験結果を聞いたことはないでしょうか。これがカメレオン効果、正確にはピグマリオン効果なわけですが、これに関してさらに面白い実験が紹介されています。

実験に登場するのは男性グループと女性グループ、そして彼らとは全く関係のない第3者のグループ。各グループの間には面識はなく、直接会うこともありません。まず男性に、女性の紹介文と顔写真を渡し、それからその女性と電話で会話をしてもらいます。男性には会話の前に、これから話をする女性の印象を書いてもらうのですが――実は男性に手渡される顔写真はまったくの別人のもので、しかも「かなりの美女」「平凡な女性」という2つのパターンが存在しています。で、どんな傾向が生じたかだいたい予想が付いてしまうかもしれませんが、男性は紹介文の内容には影響されず、美女の写真を見た方はこれから会話する女性を「愛想がいい、落ち着いている、ユーモアがある、社交的」などといった肯定的な印象で捉え、平凡な女性の写真を見た方は「内気、扱いにくい、まじめ、社交的でない」などと予想したとのこと。

「ああ、やっぱり印象は顔に左右されるのか」などと言うのがこの実験の趣旨ではなく、奇妙なのはここから先です。男女間で行われた会話は録音されているのですが、録音内容から男性の声を消し、女性の声だけを第3者のグループ(陪審団)に聞いてもらいました。その結果、彼らは女性をどのように評価したかというと――

注目すべきことに陪審団は、男女のあいだで踊られた秘密のダンスに知らないうちに参加していた。相手の女性に対して、男性が偽の顔写真からくだした評価と同じような評価を、その女性の声を聞いただけでくだしたのだ。

とのこと。陪審団は男性・女性のどちらとも実際に会ったわけではなく、さらに男性が抱いていた先入観を教えられていたわけでもないのに、カメレオン効果によって「変身」した女性の姿を声だけで感じ取ったわけですね。なかなか興味深いというか、恐ろしい結果です。

「コイツはこういうヤツだ」と誰かにラベルを貼ると、そのラベルが相手を変化させるだけでなく、ラベルは第3者の目にも見えるものとなって現れる。実験ではそこから先は触れていませんが、第3者もラベルを共有するとすれば、今度は第3者によって貼られたラベルが相手の「変身」を強化するに違いありません。始めは誰か一人によって貼られた恣意的なラベルでも、時間の経過によって大きな違いを生じる可能性があるというのがこの実験の教訓なのではないでしょうか。

僕らは日常、様々な人々と付き合っていく必要があります。決して相手の言うこと、行うことを全て肯定しろというわけではありませんが、根拠の薄い「ネガティブなラベル」を貼ってしまっていないか、注意しなければいけないのではないでしょうか(しかも上記の実験によれば、そのラベルは誰か別の人によって与えられた可能性があります)。どんなラベルを貼るか如何で、相手がどんなパフォーマンスを発揮するかまで左右されるのですから、少なくとも仕事でチームワークが要求される場面では「相手を肯定する力」が必須になるのだと思います。

Comment(4)