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猫のベロだまり

ある時はコンピュータの製品企画担当者、またある時は?

予約後待つこと3ヶ月近く、先日ようやく新車が家にやってきた。13年乗った車と比べると、薄いグレーという色合いはあまり変わらないはずなのだが艶が違う。駐車場に置いてあるだけで何となくピカピカしている。燃費の良さも選定基準にはしたが、年間走行距離はたいした事ないので、流行のハイブリッド車ではなくガソリン車である。エコカー助成金狙いということもあって、納車待ち約半年と言われたハイブリッド車だと、新車登録締切日である3月末には間に合いそうになかったのだ。結果的にはこの制度は半年間延長されたようではあるが。

妻も運転するので、この際だからと言われるままに希望するオプションを付けたのが原因なのだが、今時の車はかなりの電子化が進んでいるようだ。要らぬおまけを買ってしまったと言えばそれまでだが、おもちゃみたいなもので、物珍しさも手伝ってあちこちいじり回しているところである。例えばキーをポケットにでも入れたままドアレバーに手をかけただけでロックが解除されたり、別なところに手を触れるとロックがかかると共に、ドアミラーが閉じたりするなんてSFのようだ。乗り降りの際にキーを捜してポケット内をまさぐる必要がないのである。そしてキーが車内に残されている場合は、ドアをロックできないのだとか。賢いものだ。そればかりでなく、ギアをバックに入れるとカーナビのディスプレーが自動的に後方カメラ画像に切り替わり、ハンドルの角度に応じた車の想定後退路が、歪んだ長方形として実際の画像にオーバーラップするように現れる。だからディスプレー上で停止位置を確認しながら、ハンドル角度を調整すれば良いのだそうな。

こういうのをかゆい所に手が届くと言うのだろうか、それとも余計なお節介と表現する方が正しいのだろうか。乗降の際にキーがどこにあるかわからないなんて事が無いなんて事はまず無いし、キーを差し込んで回すくらいの労力を惜しまなければならないほど切迫した事もない。後退時に不安があれば、窓から首を出せば良いし、どうしてもということであれば一旦外に出て確認すれば済む。タイヤの向きがわからないから進路がわからないなんて、とりあえず車をそろりと動かしてみれば、その先はあらかた想像できるものだ。キーに対する注意力や後退路を予想する想像力を働かせたり、後方のスペースに対する感覚を磨いたりするのは、慣れてしまえばどうという事はないのである。

ローテクに生きる僕としては、何となくテクノロジーに居心地の悪さを感じるのである。どうしても後退時は首を後ろに向けてしまう。レンズを通した景色ではなく、直に見る景色でないとどうもピンと来ない。妻に言わせると、他人を信用しないからカメラまで信用しない、ということらしい。いや、そんなに世間を疑いながら生活しているわけではないんだけどな。

安井賢克

桜の花も咲こうという時期なのに、先の日曜日に外出する際には寒さのあまりダウンジャケットを着込むほどであった。今朝だって真冬のコートを着て家を出たのだが、東京近辺で降っていたのはみぞれだったのではないだろうか。咲きかけていた桜の花が寒さに縮こまっている。こういうのを文字通り「花冷え」と言うのだろうなあ。考えてみればこんな風流な言い回しって、あまり日常生活で使うことも少なくなってきたような気がする。

寒さがぶり返したわけだけれど、とうとう今年はスキーに出かけるチャンスを逸してしまった。いつもだったらシーズンに2回くらいは家族でスキー旅行に出かけるのだが、娘の勉強が忙しいとやらで我慢である。家族を振り切ってお父ちゃんだけスキーに行くお誘いもたまにあるのだけれど、娘の手前あまりよろしくない。冬に東京で雨に降られたりすると、ああ山は雪だなと今度行くスキー場に十分な積雪があることを願ったりするのが常なのだけれど、今年は「勝手にしろや」と結構投げやりである。我ながら現金なものだ。

娘には小学1年くらいからスキー板を履かせている。最初はプラスチックのおもちゃだったのだけれど、ぺらぺらに薄くてエッジなんぞ全く利かず不安定で、平地の足慣らし程度の役にしか立ちそうにないので、じきにちゃんとした子供用の板をレンタルするようになった。怪我のリスクが常に付きまとうので、とにかくスピードは常にセーブするように言い聞かせてあるのだが、最近は板のとり回しにも慣れてきたせいか、ボーゲンと直滑降の混じったようなスタイルでかっ飛ばしてくるので親の方は気を遣う。特に怖いのはもらい事故なので、なるべくスノボー立ち入り禁止区域に留まるようにしているのと、万一に備えてヘルメットを着用させている。

娘の雪遊びデビューは実は1歳の時のそり遊びである。当時滞在していたミネソタ州ロチェスターは氷点下20度なんて当たり前の地域で、真冬はひどく乾燥していたので降るのはさらさらの粉雪である。雪が降っても風が吹くと、埃が払われていくように飛ばされてしまう。日本のスキー場の謳い文句にあるパウダースノーとは、パウダーの度合いが全く違う。そして積雪があると近くのゴルフ場脇の適当な駐車スペースまで出かけて行って、やおらプラスチック製の2人乗りそりを取り出すのである。おもちゃとは言ってもブレーキまで装備された結構立派なやつだ。真冬は閉鎖されているゴルフ場だからリストなんぞあるわけではないが、適度な起伏があるのでそりで直滑降を楽しむにはちょうど良い。前に娘を乗せて粉雪を蹴散らしながら、直線で100メートル以上の距離を滑り降りるのはなかなか爽快だ。だいたいこういったスポットというのは皆知っていて、他にもそり遊びをしているグループが何組かある。こっちは娘を遊ばせてやろうと思っていたわけなのだけれど、滑り終えてふと振り向くと顔中雪だらけにしながら固まっている。初めての経験で何が起こっているのかわからなかったのだろうか。遊ばせるという名目のもと、実際には娘をダシにして親の方が楽しんでいた事にそこで気付かされたのである。

安井賢克

娘が通う進学教室の保護者会なるものに出席してきた。教室では子供にどのように教育していているから、家庭においてはどのようにフォローして欲しい、と伝えるのが目的らしい。まあ進学教室の立場からすると、一流校・難関校と呼ばれる中学校にどれだけ進学者を生み出すことができるかが勝負なわけだし、我が子を思う親にとってもそういった学校に進学してくれればありがたい。つまるところは利益を同じくする「同志」というわけなのだろう。

せっかくの祝日に積極的に参加しようなどと殊勝な考えを持ったわけではなく、僕自身はどちらかと言うと妻に引きずられるようにして参加したクチである。暇があったら娘の勉強を見てやるように心がけているつもりなのだが、自分勝手な思い込みではなく、進学教室が提供する正しく最新の進学事情を理解せよとの指令である。似たような境遇の父親連中は他にもいるらしく、暇つぶしに数えてみたら、1クラスの全出席者27人中、僕を含めて父親は7人もいた。進学教室が近づくにつれて、「父親が参加するのなんて僕くらいなものに違いないからやっぱり行きたくない」と駄々をこねたのだが、仲間がいてちょっと安心感した。少なくとも好奇の目で見られることはなくて済む。

駄々をこねたもう一つの背景に、進学教室出入り禁止令を妻から食らっていたというのもある。保護者会なるものの出席は今回が二度目だったのだが、初回はあまりのつまらなさについ居眠りをしてしまい、妻から受験生の親としての自覚がなっとらんと非難されたのである。当初は出入り禁止令に素直に従う旨を申告したのだが、それ以上に娘の置かれた環境を理解する方が優先されたのである。だから保護者会に参加せよ、でも離れて座れと言われていたのだが、一家に一部の配布資料を受け取るとそうもいかず、神妙に妻の隣に腰を下ろしたのである。

話の内容は案の定といったところだったのだが、要するに家庭学習としてどんな事柄にどのくらいの時間を割いて取り組め、というネタのオンパレードである。講師の方は、ちょっと気が弱そうだがいかにもベテランといった風情だったり、子供達からきっと怖がられるだろうなと思わせる気の強そうなのがいたりと、メモを取るのはもっぱら妻に任せて、娘の「先生」と呼ばれる人達がどんな人間なのかを観察する方が面白い。それにしても会社では決して目にすることがない、学校の先生然としたオーラを放っている人達ばかりである。そういった講師にこれだけはやって欲しいと言われた事を素直に全部やろうとしたら、かなりの量と時間になるはずだ。一番大変なのは当の娘であろう。そして過去に自分自身が経験したのとは全く違う、「お受験」という独特の世界が形成されているのだと感じた次第である。中学校と進学教室が醸し出す不可抗力によって、受験生としての娘と、自覚が足りないまでも受験生の親としての妻と僕が、いつの間にかその構成要素として組み込まれてしまっているのだ。保護者会はそれを理解させるための、洗脳プログラムだったのかもしれない。

安井賢克

最近増殖して困っているものと言えば、各種システムやWebサイトのユーザーIDとパスワードである。特にインターネットで何らかのサービスを受けようとすると、大抵は個人情報を提供する羽目になり、ユーザーIDとパスワードを登録することになる。あまりあちこちに情報をばらまくのも薄気味悪いので、必要最低限に抑えるように心がけているのであるが、どうも何だか人質を取られているようで気分が落ち着かない。だからと言って、インターネットを使わないとまで割り切る程の信念があるわけでもないのである。ま、しょうがないかとぼんやりしていたら、ユーザーIDとパスワードを仕事用と個人用のを含めて全部で52も抱え込んでいた。

こんなに多くのユーザーIDとパスワードを記憶するのは不可能なので、どこかにまとめてメモしておかねばならない。手帳か何かに書き付ける人もいるようだが、万一手帳を落としてしまったらということを考えると、あまり持ち歩くのも望ましくないだろう、というわけで、結局僕はデスクトップPCのハードディスクの中に記録したものを置いている。これならば少なくとも落としてしまうリスクはゼロであるが、万一侵入されるようなことがあれば脆弱なことこの上も無い。結局どうするのが正解なのだろう。

仮に望ましいパスワード管理の方法がわかったとしても、ある一定のインターバルを置いて常に更新していかなければならない。そして更新する都度、次は何にするかで悩んでしまうのを防ぐためには、パスワードに何らかの規則を適用するようにしておけば良いかもしれない。例えば僕の知り合いの「鉄っちゃん」は、かつて東京駅を基点に東海道線を西に向かって一駅ずつ進むというやり方を採用していた。僕自身はおひつじ座、おうし座から始まる12星座の英語名称を順に使っていた。昨今はアルファベットだけのパスワードは許してもらえないので、これらをそのまま使うわけにも行かず、さらに数字を混ぜ込んで一ひねりをしなければならないようだ。

パスワードの必要性に疑問を差し挟むつもりはないが、管理をより簡単に行なう仕組みはないものだろうか。ふと疑問に思ってGoogleで「パスワード管理」をキーワードに検索をかけると、各種ツールやら個人のノウハウやらが多数引っ掛かってくる。なあんだ。管理しきれなくなっているのは僕だけではない、どうやら皆の共通の悩みであるとも言えそうだ。会社で使用するPCに勝手にフリーソフトを導入するわけにもいかないのだが、少なくとも個人用PCには何か定評のあるやつを導入してやろうと考えている。

安井賢克

先日PCを騙し騙し使っていることを書いたが、奇しくも「使おうと思ってスイッチを入れてから10分以上も待たされるのはたまらん」というクレームを受けるに至ってしまった。ま、確かに10年近く経過したマシンだし、1.6GHz Pentium4、メモリ容量256MB、Windows2000搭載というスペックは現在ではかなり見劣りがするだろう。ではそろそろ我が家のメイン・コンピュータも刷新するかとばかり、週末から検討を始めてみた。DVDが全く使えないのでもらったデータにアクセスできない、必要最低限のスペックを満たしていないのでiTunesが稼動しない、といったように何度か寂しい思いをしたのも事実である。今に見てろよ、最新鋭のマシンに入れ替えてやるぞという意気込みはさておき、地道に概算要求作りからとりかかろうとするところが我ながらしみったれている。

概算を知るのが目的だから、最初にチェックしたのはやはり某大手PCメーカーのWebサイトである。デスクトップ型PCについて、自由に構成を変更しながら予算枠を見ていこうというわけだ。近所の量販店の広告に掲載されているのは、テレビとPCを足して2で割ったようなやつだったり、ノートPCだったりするので僕の目的には合わない。家庭に普通のテレビはあるわけでわざわざPCを使おうなどと思ってもいないし、特にノートPCはコンパクトである反面、使い勝手に無理というか窮屈さを感じるのである。

それにしてもここしばらくPCのスペックを眺めていなかったので、昔と大分様変わりしていることに気付かされる。何気なく構成を組んでみたら、クアッドコア・プロセッサーだったり、メモリ容量が4GBもあったり、ハードディスクに至っては320GBもある。これで最小構成だと言うものだから恐れ入る。オフィスの延長、プラスアルファ程度の使い方しかしていない我が家のPCでは、デジカメのファイルを目一杯突っ込んであるにも関わらず、データ使用率は80GBディスクのせいぜい半分を越えた程度である。一体どういうつもりなんだとあらためてメーカーのWebサイトを見てみると、エンターテインメントをさらに快適な環境で楽しめると主張している。なるほど。オフィスではなくて、ゲームを主要な用途として想定するから必然的にスペックがどんどん成長しているというわけなのだろう。

どうやら個人用PCの世界においても、機能として提供されるスペックが需要を追い越すという現象が見られつつあるということだろうか。これって確か「イノベーションのジレンマ」の中で、ハードディスク・テクノロジーを引き合いにしながら述べていたやつだ。だから需要のレベルを引き上げるために、オフィス用途だけではなく、ゲーム機としての要素を強めているのだろう。確かにゲーム用途の方が、高速で大容量のデータを取り扱う必要性が強そうだ。でもゲーム目的だったら、専用機を買った方がずっと安く済ませられるのではないかな。そして一方ではミニ・ノートが市場には登場しているので、いずれ性能が上がってきたら、オフィス用途に使えるレベルに達する日が来るのだろうか。

安井賢克

PCは家電か 2010/03/02

ふと指折り数えてみると、過去10数年の間に洗濯機はコントローラ部分を2度取り替えた。家電のカテゴリには入らないが、湯沸かし器のコントローラは、3度の交換を数えているばかりでなく、交換後のコントローラの配線ミスというおまけがついた。掃除機本体は問題ないのに、ホースが破れて3台目になる。ガムテープで何とかしようとしたところで、あのでこぼこでぐにゃぐにゃしたホースにできた穴を長期的に密閉することはできなかったし、何より見栄えの悪さが不評だった。コーヒーメーカーに至っては、ガラスの容器を何度破損したことか。これはこちらの取り扱いミスだから仕方ないのだけれど、食器洗いの最中に、ちょっと手を滑らせて陶器の皿を落とした位で割れるなよと言いたい。一方冷蔵庫、電子レンジ、テレビ、は何事もなく元気である。ついでながら交換するのに多大な労力がかかるので、奥さんが丈夫でいてくれるのは助かる。家電と同列に書くべきではないけどね。

そして10年近くにもなるデスクトップPCも、過去2度ほど内蔵のバッテリーを交換したが、目立った障害に会うことなくヨタヨタと稼動を続けている。このご時世で1.6GHz Pentium4、256MBメモリ、80GBディスクを装備したWindows2000搭載機である。スペックとしては骨董品的かもしれないが、スピード、特に電源立ち上げ時のブート完了まで10分近くかかる事に多大な忍耐を強いられる他には大きな欠点はない。いやこれだけでも致命的と感じる方もいるかもしれないが、スピードは習慣である。速いのに慣れればそれが当たり前だし、遅いのだってそんなものだと思えば何とかなる。電源を入れるや否や直ちに使おうとするからいけないのだ。そろそろ使おうかなと思ったら、10分前にスイッチを入れておけば良いだけのことだ。後はたまにわけのわからないエラー・メッセージを吐くので、適宜無視すれば済む。一方で電器屋に出かけて陳列されている最新PCを見ると、テレビやオーディオ機器との境界を曖昧にするような機能を標準搭載している機種も珍しくないようだ。PCは今や家族皆で使える電器器具だなと実感するのだが、いわゆる「家電」という技術的にこなれたイメージを持つ機器類の仲間入りをする領域には未だ達していないように思われるのである。

確かに機能は家電的である。極端な比較かもしれないが、例えば冷蔵庫と比べてみると良い。利用するにあたってかなりの量の前提知識を必要とするし、障害とまで行かなくてもわけのわからない挙動をする頻度ははるかに高い。いつものプログラムをいつものように動かそうとしているのだけれど、何故か動作しなかったりするので、ブートをやり直す事がある。そんな経験があるのは僕だけではないだろう。それでも何とかどうにか大騒ぎすることなくPCを使っている。僕らは不安定であることに慣れてしまっているのかもしれない。不安定でも何とか対処する術を持っている事をスキルと称しているのだろう。

安井賢克

僕が今住んでいるマンションは築12年以上を経過し、いよいよ大規模修繕工事の時期に突入しようとしている。ビルの周囲に足場を組んで、さらに全体をネットで覆ってやるやつである。幸か不幸かちょうどそのタイミングでたまたま管理組合の役員を引き受けることになったため、修繕積立金なる資金をどの工事会社に投じて修繕工事を行なうべきかを決定する機会に遭遇することになった。小規模マンションとはいえ12年間全世帯が積み立ててきた資金であるから、千万単位の額である。数人で構成される管理組合理事会としての合議制とは言え、これだけの投資を決定する立場になるというのはちょいと気分が良い。普段の仕事では売る立場に立って、製品を売り込む口上を述べたりすることが多いのであるが、売り込んでもらう立場で、しかもこれほどの大きさの金額だから、思わず舞い上がってしまいそうである。こういうふうに思ったりするところが貧乏根性なのだろう

さて管理組合といったところで、修繕工事にはずぶの素人の集まりである。候補となる会社をマンションの管理会社に推薦してもらい、工事見積もりの説明会を開催したのであるが、工事の内容については何を言っているのかよくわからない。業界用語らしい言葉が出てくると、いちいち質問をするはめになるのが少々物悲しい。工事会社のプレゼンが終わると、次は質疑応答である。マンション管理会社代表による鋭い(ように感じられる)質問と工事会社の応酬を見て、なあるほど、そういう点が課題になるのかと傍観者的感想をもってぼんやりと眺め、質問を促されると、生活にどういった影響があるのかという点の確認を行なう。

で、結局どういった会社を選択したのかであるが、プレゼンのわかりやすさとか、質疑応答の的確さとか、現地入りするであろう工事監督役の人格など、およそ技術力とは無関係の要素が決定要因になったのである。素人が心配しそうな点をあらかじめ把握し、その不安を取り除くかのように先回りして用意された資料を見せられれば、きっと実際の工事の際にもその気配りは発揮されるだろうと予想してしまうのである。工事監督役の人格にしても、年齢とか社歴などを判断基準にした程度のものだ。この人なら会社の中でそれなりの発言力を持っているだろうから、何かあったら会社を動かして適切に対処してくれるだろうと思わずにはいられなかったのである。だから業界における経験年数ばかりでなく、社歴の長さも意外に重要だろうと考えたのである。

会社が行なうべき投資を決定することに比べれば、自分達の積立金であるからより身近で真剣になるはずである。しかしながら工事の技術力を測る尺度を持ち合わせていなかったため、工事会社を決定するための判定基準は、結構いい加減なものだったように思う。でも世間でなされる数千万円規模の投資って、案外こんなやり方で決定されるものなのかもしれない。

安井賢克

僕にとってのここ一週間のハイライトと言えば、POWER7プロセッサー搭載のPower Systems新モデル発表である。発表に関わる立場にあった身としては、やっとここまで来たかという思いがする。ああ終わった、と言っている暇もなく、これからまた新情報を多くの関係者の方に届けるべく飛び回ることになるのだろう。これまでPOWER7について思いつくままに、その特徴を何回か書き連ねてきたが、少しはお役に立てただろうか。とにかくわかりやすさを最優先として書くことを心がけたので、この手の話題に詳しい方にとっては正確度に欠けていたと思うし、事実そのような指摘も受けたが、プロセッサー・テクノロジーに馴染みのない方が、興味を抱くきっかけにでもなれば幸いに思う。わかりやすさと技術的正確さとは時に相容れないので、どのあたりで妥協するべきか常に頭を悩ませる。もっとも僕自身プロセッサー・アーキテクチャーの専門家でもないので、あまりきちんとした説明を求められても困るのであるが。

従来からPower Systemsに携わっていた方からよく受ける質問の一つに、「・・・で、POWER7になった事によって、何か画期的な新しい機能が登場したのでしょうか?」というものがある。実はこの問いには答えに詰まってしまう。POWER7はあらゆる点において技術革新がなされていると言えるのであるが、ユーザーの立場にとって何か革新的な新しい価値をもたらすかと言うと、おそらくそうではないかもしれないのである。プロセッサーが備える属性にはどのようなものがあって、どう改善されるのが望ましいか、という問いの答えを考えてみよう。例えばそれは、速い、安い、信頼性が高い、旧来製品との互換性がある、使いやすい、といったものだろうし、昨今ではこれに消費電力が少ない、というのも付け加えることができるだろう。これらの価値は突然降って湧いたものではなく、全て過去からの延長線上にあって、連続的な繋がりを保ちながら改善が施されている。技術的には革新かも知れないが、必ずしもそれが市場価値の非連続性を実現するものではないという事なのだろう。製品に関わる立場としては、技術論に浸るだけでなく、一方で素人の目をもって技術を評価する必要もあると思うのである。

だからと言って意義が無いと断じているわけではない。地味かもしれないが、あらかじめ製品としての計画、すなわちロードマップが確立され、それに従って開発投資が行われ、想定通りのスケジュールに従って登場してきたことに意義がある。製品に対して投資を継続するというコミットメントが守られていることに価値があり、結果として市場において、(僕が信じて期待するに)競争力ある製品として評価される強さも備えているに違いない。

まだ製品としては市場に登場したに過ぎなくて、僕らの活動もまだ緒に就いたばかりである。それらの成否はこれから市場が決める。発表時の評価はまずまずの滑り出しだったと思うが、真価が問われるのはいよいよこれからなのだと思っている。

安井賢克

3年目の講師業 2010/02/09

2010年度も大学で講義を受け持つことになった。今年で3年目である。内容は大きく変えないが、資料の方は時勢に合わせながら少しずつ更新していくつもりである。ビジネスにおけるコンピュータといったような内容なので、ある程度の業界の流行は追いかけて、学生にできるだけ新鮮なネタを提供するよう心がけねばいけないだろう。大学へのシラバス提出にあたって、今年は一点だけ過去2年間とは大きく違うことをやってみようと考えている。それは成績の評価方法である。従来は講義の出席状況と論文のみで成績を決定していたのだが、今年は他の多くの講義がそうであるように、期末テストを実施しようというわけだ。

そもそもコンピュータに関する話だからといって、ビジネスの世界で行なわれている事は、ほとんどの学生にとっては未経験の出来事である。だから一生懸命聴講したところで、実感を伴って理解するのはまず不可能に近いはずだ。とばかり、テストの現場で問題を見て途方に暮れてしまうのも気の毒かなと思ったりもしたのだが、論文だけで成績をつけるのは大変に難しい事がわかってきたのである。課題を出す以上は、こっちにも書いて欲しいポイントがいくつかあって、それを基準に採点したいところなのだが、どうしても思い込みやらどこかでの聞きかじりやら、どうにかすると誤解まで一致する論文が見つかることがある。理解するのは難しいにしても考えてみて欲しかったなあと、僕の狙いが外れていることを思い知るのである。

そうなると予め想定していた採点基準は何の役にも立たなくなってしまうので、全論文に目を通して採点基準をどこら辺に置いたらよいのかをまず最初に見極める。今度はその基準に照らしながら再度全論文に目を通して評価別にグルーピングし、最後にそれが妥当かどうかをもう一度検証する。というわけで、少なくとも一つの論文に3回は目を通すことになる。これが結構時間のかかる作業で、少なくとも土日二日間は丸々これでつぶれてしまう。もちろん期待通りに書かれている論文も相当にあるので、そういうのに遭遇すると、ああ講義を聴いてくれているんだなと嬉しくなってしまう。ついでながらテストを実施しなかったもう一つの理由は、テストを監督するために大学に行かずに済むので、時間を節約できることである。

こうなる原因はやはり学生個人の個性が論文に現れにくいからだろうか。全て自分の力で知恵を巡らせるのであれば、おそらくこうはなるまい。という仮説に基づいて、今度はテストを実施してみようと思い立ったというわけだ。出来栄えにばらつきが生じればそれだけ採点がしやすくなるし、テストの監督に時間がかかったとしても、大した事はないかもしれない。ならば一度やってみるか、という発想である。ただしおそらく問題作りに注意を払う必要がある。他人の話を聞いて何となくわかったと感じる事と、自力で同じ事を述べて主張する事との間には、雲泥の差があるはずだ。学生にとって慣れない異次元の話題にどこまでついてきてもらえるか、こちらとしても低い評価をつけるのは本意ではないので今から考えあぐねているのである。

安井賢克

IT業界が賑ったごく最近のニュースと言えば、やはりオラクルによるサンマイクロシステムズの買収が完了したことだろう。発表されてから9ヶ月というかなりの長期間を要した結果、オラクルは今やハードウェアからミドルウェア製品やアプリケーションまでの幅広い品揃えを得るに至ったということになる。マスコミ情報によると、社長のCharles Phillips氏は1960年代のIBMが掲げたビジョンに倣ったそうだが、かつてのIBMとの違いは「オープン」なシステムを提供することなのだそうな。

確かにオープンであることというのは、システム構築においてよく見られる要件だし、何かとオープン性を強調することは受けが良い。何が何だかよくわからないけれども、単純に開放的で明るいイメージがある。おそらく元はと言えば、システムの全てを特定ベンダーのテクノロジーに縛られるという、旧来のしきたりの対極として、90年代に広まったマルチベンダー志向を意味する概念だと僕は考えている。だとすると旧来のソフトウェア製品群に加えて、ハードウェアとかOSとかオープンソース製品までをも一社のラインアップに加える事は、ユーザーから見ると特定ベンダー製品に偏る傾向が強まることを意味するわけだから、当初のオープンの概念に反することになりはしないか。要するにオラクルの行動は、社長の説明とは裏腹にオープンへの逆行だということになる。

この矛盾が生じてしまうのは、オープンをマルチベンダー志向であるとする仮定が間違っていたために違いない。単一ベンダー製品のみで作り上げられたシステムであっても、オープン性を主張できなくてはいけないのだろう。だからと言って、自社製品にはオープン性があるけれども、他社製品にはそれがないといった具合に、製品機能の代名詞として定義するのは正しいのだろうか。業界標準と言われるようなテクノロジーを実装する事をもってオープンと称するのだとしたら、今やオープンでないシステムを探すのが難しい。アプリケーションの可搬性を言うのだとしたら、逆にかなり限定されてしまう。結局何だかよくわからない。

要するにオープンとは、とりあえず唱えていれば救われた気分になるありがたいもの、といった程度のものなんだろう。シングルベンダー・システムだろうが、接続性がどうだろうが、構築しようとしているシステムが用件を満たしてくれさえすればそれで十分なはずだ。受けの良い修飾語程度のものだと思えば良いかもしれない。

なあんて、オープンではないと言われる事のある製品を担当していると、他人の言葉にも敏感に反応してしまうのでした。オープンに何を期待しますかと問えば、僕の経験上はマルチベンダー志向を答えるケースが圧倒的に多いようだが、それってシステム構築や保守の事を考えると、現実的には茨の道だと思うんだけどな。

安井賢克


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安井 賢克

安井 賢克

日本IBMで「System i」という名前のコンピュータの製品企画を担当しながら、製品の宣伝活動も積極的に行なっています。

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