ソニーと3.5インチフロッピーディスク
東京・銀座のソニービルで「It's a Sony展」が開催されている。現在のソニービルでのイベントはこれが最後になるそうだ(「ソニー70年の歴史を振り返る「It's a Sony展」――銀座ソニービル建て替えを前に最後のイベント)。
ソニーは、創業から現在に至るまで、さまざまな「画期的な」製品を出してきた。フィリップスと共同開発したCDは大成功したが、エルカセットのように、いまだに笑われている規格もある。家庭用ビデオ規格ベータマックスはVHSに負けたが、放送・業務用カムコーダではベータカムが事実上の標準となった。
■3.5インチフロッピーディスク販売終了
ソニーが策定した、IT業界でもっとも有名な規格は3.5インチフロッピーディスクだろう。
ソニーが3.5インチフロッピーディスク(FD)の販売を終了したのは2011年3月末である(ニュースリリース)。当時既に、多くの会社が販売を終了していたが、規格制定会社の撤退には特別な意味を感じた人が多かった。
私が3.5インチFDを初めて見たのは1982年、ソニーSMC-70の製品発表会会場である。SMC-70は、8ビットCPU(Z80)を搭載したPCで、当時としてはグラフィック機能に優れたソニーらしい製品であった。その後、ソニーはSMC-70の改良型普及機SMC-777を投入し、MSXパソコンとともにHitBitブランドを展開した。
MSX HitBitのイメージキャラクターは松田聖子で「私よりちょっと賢い」というコピーが使われた。「松田聖子よりもちょっと賢いくらいじゃ、大したことないな」という軽口が叩かれたものである。
SMC-70発売当時、私は大学生で、発表会のあとも残ってエンジニアの方にいろいろ質問していたら、3.5インチFDを1枚くれた。このFDは後にSMC-777を買った後輩に上げてしまったのだが、今思えば残しておくべきだったと後悔している。
SMC-70に採用された3.5インチFDは、シャッターを開くための切り欠き(写真)と、シャッターを自動的に閉じるためのスプリングがついていない。そのため、手で開いてからドライブに挿入する必要があった。
SMC-777の頃にはシャッターの自動開閉機構が追加され、スプリングとシャッターを固定する切り欠きが追加された。後輩はカッターナイフで削って切り欠きを作ったようである。当時のFDは1枚1000円ほどしたはずなので、学生にとっては大事な1枚だった。
▲SMC-777以降のFDにはシャッターを自動的の閉じるスプリングと、
シャッターを開けたまま固定する切り欠きがある。
SMC-777は、内部にCP/M 1.4互換のOSを搭載していたが、当時主流だった2.1とは互換性がなく、あまり大きな意味はなかった。
一方、内蔵BASICは非常にユニークなものだった。たとえば、ユーザー定義関数に名前を付けて再帰呼出しを行うことができた。設計者はLispの心得があるようで、関数定義内での変数代入命令はSETQだった。SETQはLispの関数で、Qは直後の引数を評価しない(変数名として扱う)quoteの意味である。BASICでquoteには何の意味もないので「SETQのQって何やねん」と仲間内で笑い合っていた。
■3.5インチフロッピーディスクの用途
私の勤務先は、プロフェッショナル向けコンピュータ教育会社だ。3.5インチFDの用途は主に2つあった。
1つはPCのセットアップ用だ。システム管理作業の演習を行なうため、講習会の前日には人数分のPCをセットアップする必要がある。MS-DOSとネットワーククライアントを組み込んだFDから起動することで、サーバーからOSイメージをダウンロードしてインストールを行なった。
その後、FDイメージをネットワークに置き、仮想FDから起動するシステムを構築した。FDイメージの作成には仮想PCの仮想FDを使えるので、物理FDを使う必要はない。
ただし、Windows Vista以降は16ビットDOSベースのセットアッププログラムが存在しないため、FDからMS-DOSを起動してセットアップすることはできない。セットアップにはWindowsのサブセットである「Windows PE」をDVDまたはCDあるいはネットワークから起動する必要がある。
現在は、Windows Server標準のWDS(Windows展開サービス)を利用し、ネットワークブートしたWindows PEからセットアップを自動的に行っている。
もう1つは演習中に作成したファイルを持ち帰ってもらうためだ。演習とはいえ、講習会によってはかなり複雑なシステムを構築する。持ち帰って復習したいのは当然だろう。
こちらの用途では、3.5インチFDほど安価なメディアは見つかっていない。教室のPCはCD-Rが使えるが、演習用OSによっては書き込み機能が備わっていない。一般的にはUSBメモリということになるのだろうが、FDほど安価ではない。
受講者が持ち込んだUSBメモリを使うことは可能だが、USBメモリの使用が会社で禁止されている場合もあるし、都合良くUSBメモリを持ち合わせていない場合も多い。
Webベースのストレージ機能や電子メールを使って自分に送るのが現実的なところであろう。幸い、一部の教育コースを除き、演習環境はインターネットに接続できる。
■The Network is the Storage
このように、現在はFDを使っていない。WDSはWindows PEをネットワーク起動するため、FDもCDも使わない。演習中に作成したファイルは、インターネット上のサービスを使ってファイルを転送する。
ちなみにWindows Server 2012のHyper-Vは物理FDを扱えないし、第2世代仮想マシンに至ってはそもそもFDが使えない。FDは、もはや過去の遺物となった。
マイクロソフト、シスコ、オラクルの各ベンダー提供の講習会では講習会評価アンケートのためにインターネット接続が原則として必須となっている(例外は認められている)。また、オンライン教材を使う講習も増えているので、インターネット接続がなければ講習会自体が成り立たない。
"The Network is the Computer" はSun Microsystems社の創業以来のキャッチフレーズである(会社がなくなって、今はどうなのだろう?)。そして、現在はストレージもネットワークとなった。起動システムもデータもネットワーク上に配置できる。現在、起動システムは社内LANのみをサポートするのが普通だが、将来、きっとインターネット上のOSイメージをロードして起動するシステムができるだろう。既にWAN越しにシステムをロードし起動する技術はあるのだから不可能ではないはずだ。
すべてがネットワーク上に集約されるのは時代の流れである。現在、サーバーエンジニアとクライアントエンジニアの境界はあいまいだが、ネットワークエンジニアとは明確に分かれていることが多い。しかし、サーバーとクライアントとネットワークはセットで設計しなければならないはずだし、今後はますますその傾向が強くなる。
フロッピーディスクの終焉を思いながら、そんなことを考えた。
本稿は、2010年4月26日付けで公開された記事に加筆したものです。