数字がすべてだからといって、ズルをしてもいいものだろうか
どんな分野であれ、仕事には「結果」が求められる。それも、第三者機関による客観的な評価が望ましい。しかし、客観的な評価もさまざまなズルができる。今回は「良いズル」と「悪いズル」を考える。
アンケート評価
私のような講師業だと、数値目標は受講者の評価ということになる。集計結果は一般に公開されないが、講師、教材、教室の改善をする上で重要な指標になる。
ただし、結果の数字だけを求めるとちょっとおかしなことになる。以前の勤務先は世界各地に支社を持っており、国ごとにアンケート評価の優劣を競っていた。評価が高ければ本社で大きな顔ができるからだろう、マネージャたちは必死だった。そして「数字さえ上げれば良い」となり、大変奇妙な習慣が生まれた。
たとえば、アンケート記入時はこんな説明をするように指導された。
- アンケートには氏名と所属の記入をお願いします。
- (今後の改善に結びつけるため)悪い評価をするときは、必ず理由を書いてください。
- (5段階評価で)「3. どちらでもない」は、印象に残っていない(得るものがなかった)ということで、「悪い評価」だと私たちは判断します。
また、アンケート中は教室内を歩き回り、記入内容が見られているような印象を与えることとも推奨された。他にもいろいろあったと思うが、昔の話だし、ばかばかしいので忘れてしまった。
一般に、日本人は両極端を嫌う傾向にあり、5段階評価だと4や3が多い。最高点を気軽につける上、社交辞令の多い米国人に比べれば平均点は落ちる傾向にある。ヨーロッパも日本と似た傾向があるらしく、社内の電子掲示板には「米国人と違って、ヨーロッパの人間は、あんまり物事をはっきりさせない(だから評価が低くなる)」という愚痴が書いてあった。
部門売却により、他国と無意味な競争をする必要がなくなったため、こうした誘導的な説明は廃止された。氏名の記入も必要ない。私は「いっそ、アンケートから氏名の記入欄をなくそう」と主張したのだが、これは受け入れられなかった。現在はオプション扱いである。
同業他社でも、評価を誘導するような発言はあまり聞いたことがない。もっとも、アンケートの解釈を説明したことはある。「全体として不満」だと教育コースの存続に関わるとか、「テキストの改善を求めるなら高い評価を付けてはいけない」とか、そういうことである。特にITベンダーが制作しているテキストは、アンケートの点数だけで品質を評価しているため、我々がいくら「翻訳品質を上げてくれ」と言っても「アンケートは悪くないので現状維持」となる。講師が現場でどんなフォローをしているかは関係ない。
ただ、講師専業ではない人の誘導発言はよく聞く。本業ではない講師業に力を注ぎたくないのだろうが、あんまり格好のいいものではない。もともとプレゼンテーション力に定評のある、業界でもかなり有名な人が「良い評価を付けてください」とあからさまに言っていたのは興ざめだった。
オリコンチャート
数値目標と言えば、ポピュラー音楽業界では、何と言ってもオリコンのステータスが高い。
オリコンは、売り上げ枚数の集計なので、たくさん買えば順位が上がる。これを全面的に利用したのが、CDに握手券を付けたアイドルユニット「AKB48」である。「そんなに握手がしたいなら、握手券を売ればいい」と、よく言われるが、握手券ではオリコンチャートが上がらない。握手券方式は、握手という体験をファンに与え、オリコンチャートを押し上げる。しかも、余分に買ったCDは友人などの(本来の意味での)ソーシャルネットワークで配布されるため、PR効果も高い。誰も損をしない優れたシステムである。
₁人で複数枚買う習慣は、以前からあることはあった。ただしそれは観賞用、保存用、布教用(貸し出し用)であって、売り上げ枚数を稼ぐためではなかった。アナログレコードは再生するたびにわずかに劣化するし、うっかり傷つけてしまうこともある。貸したものは返ってこないこともある。そのため、観賞用と布教用のバックアップをさらに追加購入することもあった。
複数枚、というより大量購入の習慣が一般化する前はどうだったか。たとえば、70年代を代表するアイドルユニット「キャンディーズ」にはミリオンセラーがない。実質的な最終シングル「微笑みがえし」は、ファンが(オリコンチャートの記録を残そうと)複数枚購入を呼びかけたが、それでも80万枚程度である(それでもヒット曲「春一番」の2倍強の売り上げ枚数である)。同時代のアイドル「ピンクレディー」は、ミリオンセラーを連発したように見えるが、それでも77年下半期から78年上半期に発売された5曲だけである。ところがAKB48は2011年以降、現在に至るまで実に20曲以上がミリオンセラーである。CD(レコード)市場が縮小していることを考慮すると、驚異的な売り上げである。
もちろん、これはCDのおまけに握手券を含め、各種の特典をつけたことで、複数枚購入(大量購入)が一般的になったためである。これは、一種の「裏技」であり、「ズル」であるが、私はあまり悪い印象は持たない。素直に応援したい気持ちになる。
12月22日には、アイドルユニット「まなみのりさ」のシングルCDが発売された。実質的に3年ぶりのシングルに、彼女たちは「オリコンデイリーランキング1位を狙います」と公言し、レコード会社の担当者は「無理のない範囲で(複数枚購入を)お願いします」と呼びかけた(結果は残念ながら2位)。これに対して、ファンは「頑張りましょう」と発言する人が多かった。「アイドルはパフォーマンスに、運営は営業に、ファンはCD購入とPR活動に頑張りましょう」という意味である。
数値目標にはこうした一体感がある。会社の売り上げ目標もそうだろう。もちろん、ファンの中にも複数枚購入に否定的な人もたくさんいるが、結果としてのチャートランクインは嬉しいものである。
アンケート評価と売り上げはどう違うのか
アンケート評価の誘導も、CDの複数枚購入も、一種の「ズル」である。両者の違いはなんだろう。
アイドルの場合は、高い評価は次の仕事に確実につながる。これはファンにとって非常に大きな意味がある。複数枚買うことで、次の仕事につながれば、自分のメリットになる。たとえば、テレビCMの企画があって、制作会社が「アイドルユニット『まなみのりさ』はどうですか」と言ったとする。担当者は「聞いたことないが、どういうアイドルなんですか?」と尋ねたとき「オリコンチャート上位にいます」と言うのは説得力がある(かもしれない)。しかし、「ハーモニーがきれいです」「ライブで回るんです」と言っても意味がない。CM効果を推定するには、ファンの性別や年齢層、観客動員数、CDの売り上げなどが重要であり、パフォーマンスの内容は二の次である。つまりCDの複数枚購入は、アイドルの次の仕事に貢献し、そのことで自分の満足度も上がることにつながる。
これに対して、アンケート評価には「みんなで作る」という意識があまりない。また、講師の評価が良くても受講者のメリットはあまりない。極端に評価が低い講師は交代するが、それは受講者とは関係ない。同じ研修を何度も受ける人はいないからだ。つまり、アンケート評価の誘導の結果、得をするのは講師だけである。
要するに、自分に対する利益誘導は格好悪く、サービスの提供側と受け手側の両方にメリットがある場合は気にならないということだろうか。
そういうわけで、アンケート評価は素直に、アイドルのCDは応援する気持ちに応じて買って欲しい。あと、まなみのりさのCDが欲しい方は差し上げます。
【告知】まぐにゃむフォト
12月29日(火)、東京国際展示場(ビッグサイト)で開催される「コミックマーケット(通称コミケ)」の初日に「まぐにゃむフォト」として出展します。まだ仕事中の方も多いと思いますが、年末休みに入っている方は「東4モ50b『まぐにゃむフォト』」へどうぞ。
新作は犬猫混在写真集『CATs and aDOG』、友人の「ねこやま猫道」による頭のせ猫写真『乗せルンです』。旧作は、CD-R写真集『COPYCAT Digital』、残部僅少ですが紙版の『COPYCAT』シリーズがあります。また「ねこやま猫道」から『おもちゃのチャチャちゃん』、『ねこまんが』シリーズもあります。
▲『CATs and aDOG』より
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