「仕事の報酬は仕事」
技術者(technician)の場合
「仕事の報酬は仕事」という言葉がある。ソニー創業メンバーの1人、井深大氏の言葉らしい(『文藝春秋』2010年3月特別号)。
データゼネラルという会社で、新しいコンピュータの開発リーダーをしていたトム・ウエスト氏は、ノンフィクション『超マシン誕生』の中で、
プロジェクトはピンボールと同じ
と言っている。
1ゲーム勝てばもう1ゲーム遊べる。このマシン(開発中のコンピュータ)で勝利すれば次のマシンを作らせてもらえる。
という意味だ(このあたりのことは、以前に別のブログ記事「会社はなぜ成長しなければならないのか」で紹介した)。
これも、「仕事(コンピュータ開発)の報酬は仕事(別のコンピュータ開発)」である。
アーケードゲームでハイスコアを出しても、お金がもらえるわけじゃない(もらえたら違法である)。ただ、もう1ゲームできるだけだ。ゲームによっては、あるいはゲームセンターによっては名前を残すこともできる。つまり「名誉」である。私の学生時代、学校に出てこなくなった友人の名前をゲームセンターのハイスコアリストで見かけ「あ、一応元気にしているのか」と安心したことがある。
人によって、仕事の何を重視するかは違うだろう。給与や地位が一番大事という人がいてもいいが、技術者の場合は「次の仕事ができる」ことを重視する人が多いような気がする。
多くの技術者は「仕事の報酬は仕事」に同意するのではないかと思う。1つのプロジェクトをやり遂げたら、次にやりたいのはもっと大規模なプロジェクトだったり、もっと技術的に難易度が高いプロジェクトだったり、もっと新しい技術を使ったプロジェクトではないだろうか。「もっと儲かるプロジェクト」「もっと楽なプロジェクト」というのも大事だが、2番目以降の優先度ではないかと思う。
artistの場合
絵や音楽など、芸術分野の場合も似たような感じのようだ。イラストレーターも写真家もミュージシャンも、みんな収入よりも「次の仕事」を求めている。
もともと、芸術家(artist)と技術者(technician)は親戚関係にある。「art」の語源は、ラテン語の「ars」であり、ギリシャ語の「techne(テクネー)」に相当する。テクネーは「technical(技術的)」「technology(技術)」などの語源となった。また、「art」から派生した言葉に「artificial(人工的な)」などがある。つまり、人間が作ったもの(自然にできなかったもの)はすべて「art」である。
何度か紹介しているシンガーソングライターの風見穏香さんは、自分のCDをイベントや路上ライブではなく「タワーレコード渋谷店で買って」と呼びかけた(共感ビジネスとオンラインセミナー)。「自分のCDを店頭で見たい、予約が増えれば店頭にCDが並ぶ可能性が高まる」ということだったが、業界での注目度を上げることも考えていたに違いない。業界で注目されれば次の仕事が来る。「仕事の報酬は仕事」である。
路上ライブを中心に活動している宮崎奈穂子さんは、最近しきりに「CDをお店で買ってください」と呼びかけている。彼女は毎日のように路上ライブやイベントに出かけているため、CDを本人から直接入手するのは難しくない。手売りの場合は、流通コストがかからないため、その方が利益も大きいはずである。それでも「お店で買ってもらった方が励みになります」というのだ。
あ!予約これからするよ〜!という方は、よろしければぜひお近くのタワレコ店舗さんにてよろしくお願いします( ´ ▽ ` )ノ* (特典はWebでも店舗でもつきますー!どちらでもありがたしです!) 既にご予約くださったみなさま、ありがとうございます(>_<)♥️
-- 宮崎奈穂子@1/17「神戸在住」公開♫ (@MiyazakiNahoko) 2014, 6月 11
これはどういうことか。以下は全くの想像なので、的外れかもしれないことをお断りしておくが、それほど外れてはいないと思う。
宮崎奈穂子さんが、以前所属していた事務所から出たCDは、原則として事務所からの直販か、Amazonの委託か、手売りに限られていた。利益率は高いだろうが、販路は限定されており、一般のCDショップに並ぶことはあまりなかった。タワーレコードで扱っていたものもあるが、あまり重視していなかったようである。
一方、2014年4月に事務所を移籍してから出したCDは、すべてタワーレコードで購入できる。一部の店舗では店頭に並んだし、取り寄せれば、全国どこでも買えるようである(取り寄せを拒否された例も聞くので、「どこでも」ではないが、通販ならどこからでも可能である)。
一部店舗であっても、売り上げが大きくなれば、タワーレコードのほかの店舗に並ぶ可能性も上がるだろう。タワーレコードの売り上げは業界でも注目されているらしいので、仕事が増える可能性も高くなる。
つまり、流通コストを払っても、次の仕事につなげる方が大事だということだ。これも「仕事の報酬は仕事」である。
次の仕事につなげる
機能が全て実装され、予算内で納期通りに完成し納品されたとしよう。この仕事を評価するポイントはどこか。顧客に大きな価値を提供できた、技術者が成長できた、利益率が高い、売り上げが大きい、などさまざまな視点があるだろう。しかし、一番大事なことは「次の仕事がもらえるか」ではないかと思う。
逆に、予定の機能が実装できなかった、予定納期に間に合わなかった、赤字だった、こういう「失敗プロジェクト」であっても、「今回は駄目だったけど、この点に注意して、次回は必ず達成してください」と、次の仕事が来たら、その失敗は無駄ではない(失敗は失敗なので「良い」とは言えないが)。
コンペで負けても、オーディションで落ちても、担当者に「今回は駄目だったけど、筋は良さそうなので、次は使ってみよう」と思ってもらえれば決して無駄ではない。
米国のビジネス用語では「失敗」のことを「lessons to learn(学んだこと)」と言い換えるが、次につなぐことができれば、それは失敗ではなくまさに「lessons to learn」である。
【お知らせ】
書籍「僕たちは就職しなくてもいいのかもしれない」の電子版が出版されました。
解説として、以前書いた記事「書評『僕たちは就職しなくてもいいのかもしれない』(岡田斗司夫FREEex)」にわずかな加筆と修正を行ったものが使われています。
もしよろしければご覧ください。