岡田斗司夫FREEexとは何か?
前回は少し寄り道をしたが、「仕事」の話を続けてみよう。今回は、評論家の岡田斗司夫氏のサポート組織「FREEex」である。内容的には以前に書いた「書評『僕たちは就職しなくてもいいのかもしれない』(岡田斗司夫FREEex)」と重複する部分もあるが、ご容赦いただきたい。
FREEex(フリックス)は、岡田斗司夫氏の造語で「FREE(自由・無料)」を「拡張する(expand)」意味である(岡田斗司夫なう「FREEexとは?」)。「フリーソフトウェア」の「フリー」を「無料の意味」というと怒る人が多いが、FREEexのFREEは自由と無料の両方の意味を含む(フリーソフトウェアの「フリー」は「自由」の意味である)。
FREEexが誕生した頃は「オタキングex」と呼んでいた。岡田斗司夫氏が自称「オタキング(おたくの王様)」で、氏の個人会社が「株式会社オタキング」、その拡張版が「オタキングex」である。「オタキングex」が誕生した背景は、ブログ「岡田斗司夫なう」の「【社長日記】オタキングEXとは?(オタキングEX創世記目次)」を読んでいただきたい。かなり長いが、私は毎日わくわくしながら読んでいた。
こうして誕生した「オタキングex」だが、岡田斗司夫氏の活動範囲は既に「おたく」領域を越えており、非おたく系の人から「恥ずかしくて組織名を人に言えない」という意見が頻出したため、「FREEex」に改称された。FREEexは、個人の自由な活動をサポートする一般名称であると同時に、岡田斗司夫氏をサポートする組織の名前でもある。紛らわしいときは「岡田斗司夫FREEex」と表記する。もっとも、現時点でFREEex組織は「岡田斗司夫FREEex」しか存在しないため、具体的なことはすべて「岡田斗司夫FREEex」についての話になる。そもそも、どこまでが一般的に成り立つもので、どこからが「岡田斗司夫」固有のことなのかもまだよく分かっていない実験的な組織である。そのため、厳密な言葉の使い分けができていないことはご容赦いただきたい。
岡田斗司夫氏は「オタキングEx(FREEex)」を作る時「会社であり、家族であり、学校である組織」とした。仕事をするから会社、学びがあるから学校、仲間だから家族である。
初期段階では、以下のような単純な組織だった。言葉遊びの意味もあって、当時はFREEexを「会社」、岡田斗司夫氏を「社長」、参加者を「社員」と呼んでいた。給料は「年俸マイナス12万円」、つまり社員が社長に支払う。会員専用SNSにログオンすることが「出社」で、日記を書くことは「日報」だ。現在は、岡田斗司夫氏は「代表」、参加者は「メンバー」である。ただし、今でも「日報」など一部の言葉は残っている。
この頃、岡田斗司夫コンテンツは完全に無料で、出版社からも印税はもらっていなかった(通常、印税率は6%から10%程度なので、原価が1割ほど安くなる計算である)。また、メンバーは完全にただ働きである。ただ働きだから仕事は強制できず、自分のやりたい仕事だけをする。現在でも「仕事は義務ではなく権利」がキャッチフレーズだ。私も「猫写真のテツヤ」名義でいくつかの書籍を少しだけお手伝いした。
この時のお金の流れは以下のようになっていた。
平たく言うと、中世の芸術家に対する「パトロン」を、多人数で分割したものだ。私は「マイクロパトロン制度」と呼んでいるが「株主制度」の方が分かりやすいかもしれない。
かつて、大きな事業を行うには王侯貴族の財源が必要だった。たとえば、コロンブスの大西洋航海の費用の多くはスペイン王室が出した。しかし、王室と言えども巨額の費用とリスクを負担するのは難しい。そこで生まれたのが、小口資金を集める「株式会社」である。株式会社では、少数の株主が株を手放しても、別の株主を見つければよいため、全体としては安定した経営ができる。
一方、芸術分野では、王侯貴族がパトロンとなり、その成果が宮殿などで公開された。その後「著作権」の発明により芸術家自身が収入を得ることができるようになったため、株式会社的な展開は行われなかったが、「著作物を作品単位で直接販売する」というのは、「一般受けする作品を、継続的に出さなければならない」ことでもある。事実、優秀な画家が当時の社会に認められなかった事例は多い。現在では「不正コピー」というもっと大きな問題もある。
パトロン制度の欠点は、パトロン1人に気に入られなければ契約が打ち切られてしまうことであるが、マイクロパトロン制度なら、少しくらい反対者がいても、別の賛同者を取り込めばよい。もともとファンの集合体なので、「一般受け」を考える必要もない。作品単位ではなく期間による契約なので、継続的に作品を出す必要もない(岡田斗司夫氏の場合は、FREEexを始めてからの方が著作物は圧倒的に増えている)。
また、ただ働きを何年も続けるのは(岡田斗司夫氏自身がメンバーに)申し訳ないということ、学校としての側面も考慮して、給料を支払う時期(正社員?)は3年の期限が設定された。3年を過ぎた場合は「卒業生」となり、一部の権利を失うが、「外郭団体」に所属すれば一部の権利は留保される(完全に同じではない)。外郭団体は、FREEexメンバーおよび卒業生を3人以上集めれば誰でも作れる。現在は、書籍出版、電子出版、イベント運営などの外郭団体ができている。外郭団体にはFREEexメンバーまたは卒業生であれば誰でも所属でき、兼務も自由である。忙しいときだけ手伝ってもらうこともよくある。外郭団体への労働に対しては、外郭が得た利益の中から報酬が支払われるため、(一般労働よりは安いものの)「ただ働き」ではない。
外郭団体の導入により、現在のお金の流れはこうなっている。
外郭団体は、岡田斗司夫氏のコンテンツを自由に使えるが、利益が出た場合は、団体毎に設定された印税をFREEex管理室に納める。これは外郭団体に任せられない作業のために使われる。
多くの著作物が一般に無償公開されるが、一部は「クラウドシティ」限定公開である。「クラウドシティ」は、岡田斗司夫FREEexが主宰する会員制の有料SNSで、会員は岡田斗司夫コンテンツを、原則として無償で閲覧できる。一緒に仕事をするほどでもないが、岡田斗司夫コンテンツを定額で楽しみたい人が中心に参加している。書籍出版の相談なども行われるので「FREEexの仕事の一部をのぞき見する」ことも可能である。
一般書籍は出版社と書店を経由するため特に安価にはならないが、電子出版は外郭団体が直販するためかなり安価に販売している。このように、安価なものや無償公開部分が多いとは言え、形式的には普通のコンテンツと変わらない。印税の支払いも外郭団体が直販する電子書籍を除き通常の仕組みになった(ただし印税を受け取るのは外郭団体)。
一見、通常の仕組みと変わらないが、コンテンツの利益を得るのは外郭団体であり、岡田斗司夫氏ではない。岡田斗司夫氏は相変わらず売り上げを気にせずに、メンバーからの「給与」で生活する。そのため、不本意な仕事をする必要がない、メンバーの希望は「岡田斗司夫と一緒に仕事をして、岡田斗司夫らしいコンテンツをもっと見たい」なので、利害が一致する。外部に販売した売り上げは外郭団体に入り、「必要だけど面倒なこと」を担当するため、作業が滞らない。岡田斗司夫氏が岡田斗司夫らしい仕事をし、生活を支えるFREEexメンバーが一定以上いる場合はよい仕組みである。
その他、岡田斗司夫FREEexでは「仮想通貨」の実験もしている。前述の「外郭団体に任せられない作業」のひとつが仮想通貨の管理であるが、あまりに複雑になるので、今回は解説を省略する。
以上、自分で書いていて頭がクラクラしてきた。これでも簡単に説明したのだがお分かりいただけただろうか。要点は「1人のクリエイターを、多数が定額で支える」ということである。
次回は、FREEexが与えたパラダイムシフトについて書く予定である。今度は、もう少し簡単になる予定だ。