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IT技術者教育に携わって25年が経ちました。その間、変わったことも、変わらなかったこともあります。ここでは、IT業界の現状や昔話やこれから起きそうなこと、エンジニアの仕事や生活について、なるべく「私」の視点で紹介していきます。

「コンピュータ入門」のカリキュラムについて考える

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今回の記事は、2010年10月11日に公開した記事に若干の加筆をしたものです。 9月に入り、そろそろ新人研修の提案が始まる時期なので引っ張り出してきました。最後に無料セミナーを紹介していますが、これは2010年のものです。2014年に同種のセミナーを開くかどうかは未定です。

なお、以下の見解は私の意見であり、会社としての方針ではありません。個別の案件では、新入社員の前提条件と採用企業の求める教育成果によってカリキュラムは大きく変化します。


来年の新人研修のカリキュラム提案の時期である。新入社員が受講する最初の技術研修は「コンピュータ入門」と決まっているが、その内容は企業ごとにずいぶんと違う。今回は「コンピュータ入門」の中身について考える。

 

●コンピュータ入門に何が必要か

「コンピュータ入門」にどんなものがあるか、ざっと挙げてみた。他にもあるかも知れない。

  • OSとアプリケーションの操作
  • 2進数の計算と論理演算
  • ハードウェアの構造
  • ソフトウェアの構造
  • ビジネスにおける役割

これらのうち、「ITエンジニア」や「ITを利用する非エンジニア」にとって必要な研修は何だろうか。

 

●OSとアプリケーションの操作

今どきの企業ではPCの操作ができなければほとんどの仕事ができない。どんな職種であれ「コンピュータの操作」は必須である。そのため「コンピュータ入門」のカリキュラムとして、ログオンとログオフ、シャットダウン、ファイル操作、そしてMicrosoft Office製品の操作研修を行なう企業が多い。最近ではこれにWebブラウザの操作が追加される。

「コンピュータ入門」と題して、この種の操作研修だけを行なう企業は多いが、どれくらい意味があるかについては意見が分かれる。多くの学生は、大学時代にPowerPointやWord、そしてExcelの操作を経験している。Windowsの操作もWebブラウザの操作も問題ないだろう。

Linux上でFirefoxを使い、OpenOffice.orgを使っていたとしても、WindowsとInternet Explorer、Microsoft Office製品を使うのはそれほど難しくないはずだ。実際、ここ数年、操作関係で苦労している新入社員は非常に少ない。ダブルクリックも全員マスターしている。

操作に関する研修は、全社員に必要なことは確かだし、新入社員の個別の事情にもよるが、最小限に留めても良いのではないだろうか。

結論: 全社員に必要だが既知の内容が多いため最小限に留める。

 

●2進数の計算と論理演算

伝統的な「コンピュータ入門」では、二進数計算や論理演算などを学習する。基礎を知ることは大事なので、基本的な原理を知ることと、簡単な演算を行なうことは重要だ。たとえば、TCP/IPのネットワーク管理には2進数と10進数の変換計算が必要だし、基本的な論理演算操作も行なう。

ただし、あまり複雑な計算をする機会は多くないだろう。そもそも複雑な計算はコンピュータに任せればよい。Windows付属の電卓は2進数でも16進数でも計算できる。昔、数学者の森毅氏(京都大学)が

日常生活では、1,000とか1万とかぴったりした数から半端な数を引くことはあっても、半端な数から半端な数を引くことはあらへんやろ

算数が生活の役に立つなんてウソやね

と喝破なさっていた(氏は「数学なんて役に立たない」が持論で、「じゃあなぜ勉強する必要があるのか」と聞かれて「役に立たないことを勉強できるのは学生の間だけ」と開き直っておられた)。2進数の計算でも似たようなものである。

非エンジニアにとってはどうだろう。知っていて損はないが別に必須ではない。現在、コンピュータを使っていて2進数演算が必要なケースはどれだけあるだろう。新人研修で行なう必要はないと思う。

結論: エンジニアは簡単な計算が必要だが、複雑な計算は電卓を使えばよい。

 

ところで、IT業界の先輩諸氏が、新入社員に対して必ずいうジョークがある。

私の年齢は20歳、ただし16進数で

というものだ。つまり32歳だと言いたいのである。

しかし、もし「20歳」を「にじっさい(にじゅっさい)」と読んだのであれば、これは数学的に間違っている。「にじゅう」は、「10の位の数が2つ」という意味なので、本質的に十進数を意味する。だから「16進数で」という説明を付けることはできない。10進数以外は、各桁の数字を単に並べて「に、ぜろ」のように読み上げる。だから、文字で書いたのであればいいのだが、声に出す場合は「にゼロ歳」としないと16進の可能性はない。

最近の若者は、コミュニケーション能力に優れているので、こういうときは愛想笑いをしてくれる。本当に人間ができているが、先輩諸氏はこれに甘えないようにしたい。私の頃は、面と向かって先輩をバカにしたものである。

 

●ハードウェアの構造

CPUの構造や、メモリ、ハードディスクの動作原理について解説した本は多い。「コンピュータ入門」でも、多くのページを割いている場合がある。

しかし、ハードウェアの詳細な構造は、非エンジニアはもちろん、エンジニアにとっても不要なことが多い。もちろん、エンジニアであれば、半導体メモリとハードディスクの速度と容量の違いや、キャッシュの原理などは知っておくべきだろう。インクジェット式プリンタとレーザービームプリンタの違いも知っておいた方がよい。しかし、エプソンとキヤノンのインク噴出技術の違いなどは知らなくてもよい。

また、ハードウェアは、目に見えるため自習が比較的容易である。わざわざ研修時間を取らなくても、参考書を紹介するだけでよいだろう。業務上必須というわけではないのだから、それで十分である。

もしハードウェアについて研修を行なうのであれば、割り込みの原理やポーリング技術、デバイスドライバの概念といったソフトウェア的な要素を取り込む方がよい。

結論: 細かな技術については知らなくてもよい。むしろソフトウェア要素を学習すべき。

●ソフトウェアの構造

ソフトウェアは抽象概念の塊であり、自習するのは難しい。しかも、クラウド時代では非エンジニアがプログラムを作成するケースは増えていくと予想される。そうでなくてもExcelマクロなど、プログラミングの概念を知っていれば役に立つことは多い。

非エンジニアにプログラミングの基礎を教える企業は少ないようだが、ぜひ取り入れたい内容である。理想的にはデータベースの基礎概念も習得しておきたい。

オペレーティングシステムの動作も知っていると役に立つ。自分が使っているコンピュータのメモリが十分なのか不足しているのか、WindowsのSTOPエラー(いわゆるブルースクリーン)とアプリケーションエラーの違いは何か、といったことを知っているとトラブル報告がスムーズに行える。

結論: すべての利用者はプログラミングの基礎を学ぶべきである。

●ビジネスにおける役割

多くの「コンピュータ入門」に抜けているのが、コンピュータがビジネスにどう貢献しているのかという視点である。

コンピュータは道具であり、目的ではない。しかし、コンピュータはあまりにも多くのことができるので、それ自身が目的のように勘違いしてしまう。

特に、ITに詳しい新人エンジニアほど勘違いをしやすい。コンピュータシステムの維持が目的になってしまいビジネスが見えなくなると、無駄な労力を使ったり利用者から嫌われたりする。

ビジネスに必要な機能はもちろん実装しなければいけないが、必要とされない機能は無駄であったり過剰品質だったりして、余計な支出となる。これは会社にとって損失である。

非エンジニアにとって、コンピュータが業務のどこに生かされているのかを知ることは重要である。企業は「ヒト・モノ・カネ」で動いている。現在、どの要素もコンピュータで管理している。特に「カネ」は情報そのものである。銀行預金の全額が現金で保管されているわけではないことは高校時代に習ったはずだ。あるのは「情報」だけであり、コンピュータなしに業務を行なうことはできない。カネの流れは情報の流れである。

結論: ビジネスとコンピュータを結びつけることこそが「コンピュータ入門」の目的である。

●まとめ

「コンピュータ入門」の5つの要素について紹介した。どれも必要な要素には違いないが、軽重はある。また自習が簡単なものと難しいものがある。新人研修のカリキュラムを考えるときの参考にして欲しい。

勤務先(教育サービスを提供している)の「コンピュータ入門」は、概ね以上のような考え方に従って章が構成されている。興味のある方はぜひコンタクトして欲しい。そして、新人研修を委託していただけると大変嬉しく思う。

また「2011年度新入社員研修セミナー~イマドキの新入社員の傾向と最適ソリューション~」と題して無料セミナーも開催した。本年度の開催は未定だが、何らかのイベントは開催することになるだろう。

 

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