オルタナティブ・ブログ > 仕事と生活と私――ITエンジニアの人生 >

IT技術者教育に携わって25年が経ちました。その間、変わったことも、変わらなかったこともあります。ここでは、IT業界の現状や昔話やこれから起きそうなこと、エンジニアの仕事や生活について、なるべく「私」の視点で紹介していきます。

セミナーの価値は内容ではない

»

たいていの情報が無償で入手できる世の中だが、企業が主催する教育セミナーは相変わらず高価なものも多い。果たして高い参加費を払って出席する価値はあるのだろうか。

私は「ある」と考える。ただし、セミナーが価値を持つには条件がある。今回は「情報の価値」についての話である。

●情報が高価だった時代

Windows Serverがブレークした1996年頃はWindows NT 4.0の時代だった。当時、知っている人と知らない人の情報格差は非常に大きかった。Windows Server関連の雑誌が多く創刊され、すべてが売れていたらしい。特に売れていたのがIDGジャパンの月刊「Windows NT World」だ。私も含めて、当時のWindows Serverユーザーの大半は「Windows NT World」を読んでいただろう。

講習会も盛況だった。私の勤務先では、5日間で20万円を超える教育コースに50人を超える人が参加したこともある。そんな大きな教室はないし、演習のサポートができないので、3クラスの同時開催だった。同じ教育コースを、ほぼ隔週で実施していたにもかかわらず、である。

現在、Windows NT Worldの後継であるWindows Server World誌は休刊となっている。出版元であるIDG社は雑誌メディアから撤退し、Web媒体を運用していたが、ついに日本から全面撤退した。その後、日経BP社と業務提携してWebサイト「Computer World」を運用しているが、以前の勢いはない。その他のWindows Server関連雑誌はもっと前に休刊している。

そして、教育コースに参加する人はいるが、以前ほど多くはない。多くても1クラス20人くらいである。

●無料テキストメディアの登場

マイクロソフトのWebサイトには大量の(しかも信頼できる)技術文書が掲載されている。重要な文書は、マイクロソフト社員がブログで紹介してくれる。場合によっては要約までしてくれる。他にも多くの人が個人のブログやWebサイトで大量の情報を公開している。単に使い方を学ぶだけならそれで十分だろう。雑誌の重要性が低下するのも無理はない(雑誌でしか読めない良質の記事もあるのだが、それは別の回に考えてみたい)。

Twitterというメディアも登場した。インターネット接続さえ確立すれば、Twitterに接続した参加者が連続ツィートを行なうことで、記者会見やセミナーの様子をリアルタイムで中継できる。連続ツィートは「だだ漏れ」と呼ばれる。1分に1行の割合で要約すれば、話の内容はほぼカバーできるそうなので、「だだ漏れ」で骨子はつかめるはずだ。

マイクロソフトが主催した「Active Directory 10周年」記念セミナーは、ハッシュタグ「#ad10th」でのツィートが、主催者により推奨された。おそらく、このハッシュタグを追いかけるだけで内容のかなりの部分が理解できたのではないかと思う(現在でも表示できる)。

●無料動画メディアの登場

動画共有サイトも登場した。YouTubeにより、録画済みコンテンツの公開は極めて容易になった。USTREAMは、リアルタイム動画配信を実現した。いずれも画質は少々悪いし、信頼性にも劣るが、何しろ無償である。

既にいくつかの勉強会ではUSTREAMによる配信が試みられている。私も参加してみた。まだまだ実用的とは言い難いが、ネットワーク技術とインフラは急速に進歩しているので、すぐに実用的な品質になるだろう。

●ビットは無料になりたがるが...

クリス・アンダーソンの著書「フリー」に「ビットは無料になりたがる」という下りがある(この言葉のオリジナルがどこにあったか、どう変化したかは「フリー」を読んで欲しい)。

「ビット」には、あらゆる情報が含まれる。講習会の内容は言うまでもなくビットであるから、放っておくと無料になりたがる。では、講習会の価値は下がるのだろうか。

私はそうは考えない。それは、私が講習会ビジネスで生活しているから言うのではない。仮想環境でない、直接の体験には、それだけの価値があると考えるからだ。

自分や他の受講生が講師に対して行なった質問と回答。実際に自分が操作した体験と、それに対する講師の反応。こうした「対話的な直接体験」は、今のところ他のメディアでは実現できない。

対話こそが講習会の本質である。講師でも受講生どうしであっても、ぜひ何らかの対話を行なって欲しい。多くの技術系講習会では、多くの人が何の質問もせずに帰ってしまう。実にもったいないことである。

●Microsoft TechEd

Microsoft TechEdは、マイクロソフト最大の技術カンファレンスである。日本では毎年8月末にパシフィコ横浜で開催されていた。

なお、このTechEd「ビットは無料になりたがる」ということで、数か月後には、一部の例外を除いて全セッションが無償公開される。TechEdの参加費は通常価格で約10万円。数か月のタイムラグに対する価値としては少々高い。ぜひ、参加者同士やセッション講師とのコミュニケーションに力を入れて欲しい。

なお、TechEdの価値についてはマイクロソフトの高添氏のブログ「Tech・Ed は特別な存在になりえるのか? ~¥73,080 の3日間で得られるもの~」でも触れられている。本記事とあわせて読んで欲しい。

ところがこのTechEd、東日本大震災以降、日本では開催されていない。最初は「電力不足のため」という名目だったが、その後は特に説明もなく実施されていない。

TechEdで得られた人的ネットワークは、オンライン上のSNSではだいたいできない貴重なものだっただけに残念である。

マイクロソフトでは、他に「The Microsoft Conference」のようなイベントも開催しているがTechEdほど技術色(ギーク色)は強くないため、コミュニケーションの場としては少々物足りない。ぜひ復活させてほしいものである。

TechEdハンズオンラボ
▲TechEd会場で行なわれたハンズオンラボの設営風景(2010年)

Comment(0)